10 複数の学友に一度に説明するのは難しい。まずは、異世界で鳴弦の儀
登場人物
そら原みみ子 異世界の入り口を見つけた年金生活の婆さん
猫田 ゆかり 美術短大の同窓生。猫好き
犬井 咲子 美術短大の同窓生。ケアマネージャー
安藤 ひとみ 短大の同窓生。噂好き
事件の報道は長引いた。
医者と外来患者が各一名、死亡した。
病院スタッフが二人、患者が一人が重傷を負った。
その他にも多数のけが人が出ていた。
犯人の母親が、入院中に死亡していた。
犯人の男は、入院中の母親から、病院の悪口や文句の手紙を、毎日のように受け取っていた、ということが明らかになった。
「ヤブ医者ー。人殺しー」の他にも、訳の分からない叫び声を上げながら、刃物を振り回して暴れたのは、そういうわけだったらしい。
続報が続き、コメンテーターや関係者と親しいと自称する一般人やらから、様々な憶測も流れた。
町名と同じ「月見病院」という名前だったため、町の名前が全国規模で有名になった。
そんなこんなで、町の雰囲気が騒がしい。
忘年会にやってきた三人の友人からも、とりあえず、その話が出た。
「怖いわねえ。問題のある病院だったのかしらねえ。
どうせ個人病院なんて、金を稼ぐ事ばっかりだから、
あちこちの患者に恨みを買ってるんじゃないの。
空原さんは診てもらったことがあるの?」
安藤ひとみが言った。
「ない。何年も健康診断以外で医者にかかった記憶がない。
あの病院、近所の評判は悪くないわよ。
それより、面白いものを見つけたんだけど、知りたい?」
みみ子は、身を乗り出した。
「なになに、知りたーい!」
猫田ゆかりが話に乗ってきた。
犬井咲子は、黙ってみんなのコップにビールを注ぐ。
みみ子は三人を手招きした。
三人は、訳が分からないままに、耳を寄せた。
「まだ、ここだけの話にしてね。内緒だよ」
猫田は、うんうんと面白そうにうなずいた。
「あらまあ、内緒なのね」
犬井は、冷静に受けた。
「異世界への入り口を見つけた」
「……」
「あれ?」
「なにそれ、分かんない。面白くない。
近所の人しか知らないあの病院のスキャンダルとかないの?
どうせ医者なんて、ぼろ儲けしてロクなことをしてないに決まってる。
マスコミに目をつけられたから、これから色々出てくるんじゃないの」
安藤は、さっさと話題を変えた。
みみ子の告白は、あっさりと流されて、話は次々と移り、
テレビで聞く巷の話題にさらわれた。
宴会が終わって帰り際、猫田が聞いた。
「異世界に行ったの?」
みみ子は、軽くうなづいた。
犬井が、さりげなく聞く。
「最近どう? 体調は大丈夫? 物忘れがひどくなったりしてない?
相談に乗るわよ。私、こう見えてもケアマネやってるし。
何か困った事があったら、相談に乗るから言ってね」
みみ子は、心療内科に連れて行かれることを警戒した。
「妖エネルギー研究会」に入った時も、
猫田は面白がったが、犬井は心配そうだった。
安藤は、そもそも研究会の件は知らない。
怪しい話は切り出し方が難しい。
四人は、同じ美術短大の卒業生だ。
みみ子と犬井と猫田は、細く長い付き合いがつづいている。
恒例の忘年会には、犬井に連絡があったメンバーが加わる事がある。
今回の安藤が、それだ。
突然の<異世界>発言は、失敗だったかもしれない。
みみ子は、もっと慎重になった方が良いだろうかと思った。
同士を集めるのは、なかなかに難しい。
◇ ◇ ◇
「町の雰囲気が、騒がしいわね」
長い棒状の物を担いで、谷戸晴美がやって来た。
「ちょっと試してみたいの。異世界に連れてって」
ということで、やって来ました異世界。
矢戸は、持ってきた長い棒のような物を袋から取り出した。
和弓だ。さっそく弦を張る。
谷戸は、元々科学的な思考をする人間だが、弓道を嗜むくらいだから理論ばかりに拘ることはない。
妖エネルギー研究会に入るくらいだから、不思議現象にも興味はある。
研究会の会員がやっていたエネルギーによる雲消しには懐疑的だったが、ふとした思いつきが、若い頃からやっていた弓道に結びついた。
弓には、昔から、魔を祓う儀式がある。
鳴弦の儀とも、弦打ちとも呼ばれるものだ。
魔や邪気は、弦の音を嫌うともいわれている。
ガメハメハに多少なりとも雲を消す効果があるなら、弦打ちで雲を消せないだろうか。
試してみようとやって来た。
駄目で元々。
やってみなけりゃ分からない。
谷戸は凭浜高司尊も元まで行き、弓を携えたまま、その前に跪く。
瞑目して、心を鎮めた。
すっくと立ち上がリ振り向くと、数歩進み、小高くなった場所で立ち止まった。
弓を構え、ゆっくりと弦を引き絞る。
雲の一角に向かって、弦を打ち鳴らした。
一度姿勢を戻し、再び弓を弾くと、弓鳴りの音が空に向かった。
ぽかりと雲に穴があいた。
一条の光が差し込んで、ちょうど二人が立つ場所を中心に明るくなった。
空から地上へ、淡い光が届いた。
異世界の荒れ具合が、分かりやすく見えた。
離れたところに、かろうじて立っているように見えた木は、
明らかに枯れ果てて、化石のようになっていた。
地面には、わずかに苔らしきものがあったが、草は見えない。
「無惨ねえ。このままだと、この世界は滅びるねえ」
谷戸が言う。みみ子にも反論できない。
二人で、あらわになった廃墟のような世界を見回した。
「救えるものなら救いたいなあ。
この世界に出会ったのも、縁のような気がするし。
この世界の青空も見たい。
私にできるかは分からないけど、復興したい」
みみ子が言うしみじみとした言葉に、谷戸が応えた。
「計画はあるの?」
「無い。まだ情報が圧倒的に足りない」
この世界の情報収集……万事これからだ。
分かっている事は少ない。
まとめて整理して、得意な人が居たら、解析して欲しい。
この世界の知的生命体は、樹木だ。意思疎通ができる。
白いカラスを使役することがある。
何かしらの力が満ちれば、「をちみづ」という若返りの水(?)が湧く泉がある。
ずんぐりむっくりの切り株は、たまに未来予知をするらしい。
ガメハメハで、ちょっぴり雲を消せる。
弓の弦打ちで、それなりの雲を消せる。
現在、分かっているのはこれくらいだ。
みみ子一人では、やはり手に余る。
同士になってくれる仲間が欲しい。
頼りになる仲間が欲しい。
そうだった。<ぴかり>
何がなんだか今も分からないが、人間が触ると、この世界の樹木に良い事があるらしい。
異世界の樹木と言うのも、そろそろ面倒になって来た。
山本老人の大叔父が書き残したと言う「樹という呼び名は良い。
それでいこうと思うみみ子であった。
つらつら考えているうちに、雲の穴は閉じ、中途半端な闇に閉ざされた。
その後、谷戸が何度も弦打ちをくり返し、片っ端から雲を消したが、雲は厚く、残念ながら青空までは届かない。
婆さんの体力には限界がある。
その日は、諦めて帰る事にした。
復興計画……今は、影も形もない。
ユニークアクセスが、トータルで100になりました。
読んでくださった方々、ありがとうございます。




