愛に肥えた町
(1)
ゆらゆらと踊るように、赤いワンピースの少女は歩を進めます。
両手には二本ずつ、合わせて四本の手綱。手綱の先、繋がれたものに「そろそろ帰ろっか?」と声を掛けると、それぞれが小さく頷きました。すれ違う大人たちは彼女を見て目を細め、それぞれの手綱を少しだけ強く握り締めました。
子犬を模した玩具です。大人も子供もそれが本物の生物であるかのように声を掛け、優しく手綱を引いて歩いて行きます。夕暮れの町の中、銀色にオレンジ色を反射させる玩具の子犬のことをこの町では「アイ」と呼んでいました。
アイがどこで造られているのか知る者はいません。町の東にある大きな扉が時々開き、迷い込むようにアイは姿を現します。ひとの数よりもアイは多くなったので、一人につき四体以上の保護が町民の義務になっています。
赤いワンピースの少女、狗木ラブナは家に着き、シャワーを浴びて清潔な服に着替え、保護者が用意した夕食を平らげました。歯を磨き、皺のないシーツの敷かれたベッドで眠ります。その間もずっと四体のアイは傍にいて、ラブナはそれらに声を掛け続けていました。
アイは声を発しません。四足での歩行と首を振る動作以外をアイは持っていません。それらに「感情」を見出し、生涯をかけて大切にすることが人間の役目でした。
アイのためにひとは産まれます。狗木ラブナも身体が成熟すれば、増え続けるアイのために決められた人間と子を生すことになっています。 それがこの町のルールで、そして「幸福なこと」でした。
(2)
猫島メトロはひとを殺したことがあります。ある男の言葉に心を灼かれてアイを手放した異端者のメトロは、大人達から逃げ隠れて、盗みを働きながら今日まで生き延びてきました。
ラブナより二つ年上、十六歳のメトロの求めるものはこの町にはありません。右手に握った折りたたみ式のナイフは「預言者」と名乗る例の男に与えられたものでした。
「奪ってでも手に入れたいものがあるはずだ。それを〝愛〟と呼べ」
預言者の言葉を心の中で呟いて、けれどメトロはその答えを見つけてはいませんでした。夜の闇の中、空腹を満たすために、ただ今は駆けていきます。アイに満ちた町、ここは弄馬町です。