サバトの小鬼
これはおとぎ話です。
大切に思っていた妹を喪った少年が、いつか世界を救うようなーー。
けれど、ここはまだ始まりのページで、喪失を嘆く少年が描かれているだけでした。
それでも、少し時間が経てばページは捲られて、少年は歩きはじめます。
空は快晴。雷鳴が響く、ここは砂鳩町です。
(1)
〝ありきたりな正義を額縁に飾って、神様は今日も寝たふりをしている〟
流行っている音楽はそんな歌詞をうたっていて、天獄市はそんな歌が許されるくらいには自由な町です。
「~~♪」
モニタールームのスピーカーに鼻歌で応える男は上機嫌な様子で、部屋の壁に埋められた百を超えるディスプレイを眺めています。
「んん?」
ディスプレイのひとつが赤く点滅しはじめて、男はそこに映されたものを解析しました。
解析を終えて、男は少し驚き、楽しそうでもありました。まるで自分の息子がはじめて自転車に乗れたときのような、我が子の成長を喜ぶような笑顔を浮かべた男は携帯通信機を取り出すと、決まった相手に事実を伝えます。
「こちら管理室。サバトから脱走あり、確認お願いします」
「了解。映像をこちらに回してください」
やり取りを終えて、男は映像の中の少年に向かって囁きました。
「檻の中にいるのが一番いいんだぜ? お前さんも俺もよぉ」
(2)
住処に向かう理由もなければ、どこかに向かう理由もありませんでした。死ぬことが怖いとか、生きることが辛いとか、
「どうだっていいんだヨォ!」
浮かんだ思考を打ち消すように声を荒らげて、凰流は歩いています。適当に進んだ先に現れた巨大な扉を潜り抜けて、凰流は生まれてはじめて砂鳩町の外へ出ましたが、本人にその実感はありませんでした。
「毎日、毎日、ひとりだけ殺してヨォ……。願いが叶うって言うからヨォ……」
背を向けた町から、雷鳴がゴロゴロと響きます。怒りを雷に譬えるのなら、凰流は今にも地を焦がしそうな稲妻でした。
「どこにあるんだヨォ……俺の望む〝幸福〟は!」