戻れない岐路
(1)
朝日が昇る頃には、凰流は自分の住処へ向けて歩き始めていました。夜の闇の中でも馴れてしまえば眼は利いて、並ぶ建物を半ば破壊しながら探った成果が背中に負われています。大きな麻袋にいっぱいの干し草ーーそれが今まで桜華が調理していたものと同一の植物なのかは分かりませんが、それでもこれで凰流は妹を喜ばせることができます。
陽の光を受けながら歩を進める凰流は少し微笑んでいて、引きずるバットの音も少し軽く聞こえるような気がしていました。
(2)
「鬼、だね……」
健康センターの屋上で鷹美はそう呟くと、構えていた双眼鏡を下ろして溜息を吐きました。
アレの後を追うべきか、アレが襲った土地を探るべきか、それともアレに立ち向かうべきか。物語が進む岐路に自分が立っているような気持ちになった鷹美は、けれど全てを選びませんでした。恐ろしかったし、自分では力不足だということは理解していたし、そしてそれ以上に「なんとなく」という気持ちがありました。ここではない、今ではない、わたしではない。根拠は無いし、理由も無い。
笑うひとはいないし、責めるひともいないから、この決断が間違っていたといつか知ることがあったら、その時が自分の死ぬ時だと鷹美は思いました。
柄を長くした棍棒のような武器を引きずって歩く鬼が何を目的にどこへ向かうのか分からないまま、青空の下で鷹美は日課の体操を始めます。
(3)
半日掛けて戻った住処に、桜華の姿はありませんでした。水を汲みに行っているんだろう、そう思って凰流は待って、一夜を明かしました。桜華は帰ってきませんでした。
翌朝、凰流はいつものように近くの集落へ出向いてひとりを殴殺し、住処に戻って桜華を待ちました。桜華は帰ってきませんでした。
何日も何日も同じ日が続いて、十四日目の朝に初めて凰流は喉の渇きを覚えました。
(干し草の、汁カ……)
桜華が作ってくれる不味いスープが、急に恋しくなりました。いつもと同じようにバットひとつを手に持って、眩しい朝焼けの中を凰流は歩き始めます。殺めるひとを捜すためではなく、生かすべきひとを捜すために。
そして、凰流は桜華をすぐに見つけ出すことが出来ました。桜華が水を汲みに行っていた貯水池のそばに、少しだけぐしゃぐしゃになった彼女の死体が仰向けに転がっていました。
「…………」
悲鳴は上がりません。涙は零れません。砂鳩町は今日もいい天気で、思い出したように雷鳴が響きます。