妹のために
(1)
「!!!!」
叫び声というよりは、物が壊れる音でした。骨の折れる音、肉の潰れる音、血液の漏れる音。効率の良いやり方など考えたこともない凰流は、 生命を失った身体を何度も何度もバットで叩きます。
夜明け前に住処を出て夕暮れ時の今、凰流はようやく今日の仕事を終えました。この辺りは道が舗装されていて、光ることをやめた信号機や主を失った車両が並んでいます。道沿いには商店だったらしき建物が並び、けれどひとの姿は見当たりません。凰流が殺めた少年以外には、です。
「…………」
単純にノルマをこなすだけならば、もっと近くに手頃な集落があることを凰流は知っていました。ただ、そこに桜華が望む干し草などの食糧がないことも知っていたので、半日ほどの時間を掛けてここまでやってきたのです。
「…………」
商店でも漁ろうか、いや、食べ尽くされているだろうか。
夜になれば帰り道さえ見失うような砂鳩町です、立ち並ぶ建物からなるべく早く正解を選ばなければいけません。何も言わずに住処を出て来たので、帰りが遅いと桜華に心配を掛けることになってしまいます。
どの建物から探ろうか。暮れていく陽の中で目を細めた時、ごつんと、後頭部に鈍い痛みが走りました。
「?」
ゆっくりと右手を挙げて、痛みの場所に手を当てるとぬらりとした感触がありました。どうやら自分は殴られたらしい、と気付いたのは、振り向いた先に鈍器を手にした男が立っていたからです。ちょうど良かった、食糧があるか訊いてみよう。
「なァ、この辺に干し草とカ--」
「ば、ばけものっ! ばけものっ!」
金槌を手にした男は凰流の質問を遮るように、よく分からない言葉を叫びました。大声を出す男が何に怒っているのか、それとも怯えているのかは分かりません。凰流はただ、食糧についての情報を求めているだけだったので、
「干し草とか、よォ」
同じ質問を繰り返そうとした時には、男は走り去っていました。
「……なんなんだヨ」
どうやらここも集落で、何人かの人間が生きているらしいことは分かりました。桜華には悪いけれど、ここで夜明けを迎えることも考慮しないといけないな。手についた液体をズボンに擦り付けて、凰流はひとつ目の建物に入りました。
(2)
同じ本を繰り返し読むことはあまり好まない鷹美ですが、コンピュータに向かうことに疲れた時などは保育施設のある部屋に向かいます。幼い子が過ごせるようにつくられたらしいその部屋では、絵本や児童書が本棚に並んでいて、鷹美はそれを開いてぼんやりと読むことにしていました。
「くっだらないねぇ」
絵本の内容のことなのか、自分の現状についてなのかは分かりませんが、なんとなく悪態をついてページを捲ると、そこには楽しそうな小鬼の絵が描かれていました。片手に棍棒を持った小鬼は、大きく口を開けて笑っています。
『いもうとのために、おにのおにいちゃんは、ほしくさをとりにむかいます』
絵の上には読みやすい文字でそう書かれていて、
「くっだらないねぇ」
鷹美はもう一度悪態をついて、小さく溜息を吐きました。