雷鳴ララバイ
(1)
本日も快晴、所により雷鳴。塵を積もらせて山にしたような町だ、と在りし日の預言者は謡ったけれど。
「坂道、少ねェよなァ」
砂利道を木製のバットで鳴らしながら、少年は歩いていました。じゃりじゃりと地をなぞる度に生まれる砂埃は、バットを赤く光らせる血液に絡みついて、木製の色に戻していきます。夜明け前に住処を発ってノルマを終え、もう日没が迫っていました。今日訪ねた団地には他にも何人か生きているようだったので、しばらくは捜す手間が省けそうです。
一日にひとり、殺める。何年も何年も続けてきた当たり前の日常を、今日も少年ーー凰流は生きています。
砂鳩町の生き残りである凰流には、ひとを殺めるに足る理由がありました。彼にとって殺人は目的ではなく手段であり、暴力ではなく祈りのようなものなのです。
かつて町が壊れはじめた頃に、雷鳴とともに現れた何者かの台詞です。預言者を名乗るそいつは町中を歩き回り、凰流の両親が他界した数日後に細い木製のバットを彼に与えました。
「このバットが折れるまで、毎日ひとりだけを殺しなさい。お前の願いを叶えるために」
凰流が五つの時に聞かされたその言葉は呪いのように響き続け、バットは今も彼の手の内にあります。
飢えと病に冒された砂鳩町で、死は身近なものでした。幼い凰流には「殺す」ということの意味もわからず、ただ「死」という結果をつくるだけです。
「〝幸福〟に、なりてェなァ……」
誰にも聞こえないまま宙に消えたその呟きが、凰流の願いでした。
燃える火のような太陽、橙色が少年の背を照らします。〝幸福〟という言葉の意味を求めて、預言者の言葉を胸の錨として納めたまま少年は生きています。
木製のバットは幾層にも重なった血と砂埃で棍棒のような太さになっていて、それをずるずると引きずる凰流だけが、その重さを知っていました。
(2)
桜華。凰流にはそう名付けた妹がいます。凰流が十の歳の頃に廃屋で見つけた女の子です。冬の廃屋で見つけた彼女を凰流が殺めなかったのは、その時にはその日のノルマを済ませていたからというシンプルな理由でした。拾った子なので血の繋がりはないし、助ける義理もありません。「一日にひとり」の相手を見つけられなかった時のために縄張りに住まわせておく予備、それが凰流にとっての妹でした。
「スープ、だよっ」
干し草を水で煮ただけの汁を、凰流は一気に飲み干します。口内に広がる苦味と喉を伝う熱さはいつも心地悪く、それで栄養が取れているとは思えないのですが、凰流は生まれてから一度も風邪を引いたことさえありませんでした。対面に座る桜華は椀を両手で持ち、ゆっくりと味わっています。
凰流が縄張りと呼ぶここは、二人だけが生き残った住宅地です。かつて存在していた住人たちの多くは飢餓に、あるいは病に斃れました。天の災いだと当時の大人たちが嘆きながら息絶えていったのを、凰流はぼんやりと覚えています。
天災。凰流が生まれた数年後から、砂鳩町では雨が降っていません。昼には雲ひとつない青空が広がり、夜には満天の星空が望めます。そして、それを「災い」と呼びたくない気持ちが凰流にはありました。どれだけ大地がひび割れても、動物や草木が枯れても、凰流は晴れた空が好きでした。
不思議なのは、快晴の中に響く雷鳴です。昼夜問わず、天のどこからか轟くそれを凰流は少し気に入っていました。
「おいしかった、よね? ね?」
「あァ」
椀を抱えたまま顔を覗き込んでくる桜華に、凰流は問います。
「お前、何か欲しいものはあるか?」
質問に少し驚いた顔をして、数秒の沈黙の後に桜華は微笑みました。
「ないよっ!」
廃屋のような住処にはどこからか風が入ってきて、その冷たさでもうすぐ冬が来ることを凰流は感じました。耳元にごろごろと雷鳴が届いて、それを子守唄にするように凰流はゆっくりと目を閉じました。