episode18. 少女の決意〜 Girl's determination〜
家に帰ると、彼女はいた。
つまらなさそうを映す朧げな瞳で、肘をつきながら真っ暗な部屋に、ぽつんと一人で携帯を覗いていた。
「おう、やっと帰ったか。おかえり」
彼女は僕と凛の目の前にいる。
彼女は僕と凛の目の前で軽い声でそう響かせる。
彼女は日本中が注目する、まさに生きる伝説、希望の少女、神の子、その名も西園エリ。
「西園さん、電気付けないと目が悪くなるよ?」
「ふん、目も頭も悪くなっても私にはどうでもいいね。それにお前らが帰ってくるの遅いんだよ。電気つけるのめんどくせぇから、ずっとここに居たらいつの間にか辺りが暗くなってたんだ」
と、彼女らしい暴論を唱えるのを片耳に、凛はピッ、とボタン押すと部屋は一段と明るくなった。
僕はハッキリ見えた彼女の姿を見て、凛が茉白と西園エリの晩ご飯を作りに行ったのも見て、言う。
「……ということは、西園さんが帰った時はこの部屋は明るかったってことですよね」
……。
エリはフッと笑った。
「ふはっ、いいね。お前冴えない顔してるのに、こういう冴えてほしくないところだけ冴えてるの、正直ウゼェ」
余裕ある顔で、余裕あることを言い始めた。
今その瞬間初めて、西園エリと目と目を合わせたかもしれない。
でも、その目は……僕の知ってるのと違う。そう感じた。
「しっかし私って有名人だったんだな。ちょっと暇だからスマホいじってたら私のニュースがこんなにも出てくるんだ」
「自覚なかったんですか?」
「ん、ああ。私テレビ持ってないし。スマホも持ってるだけだし」
「なるほど」
「でもそれは努力の証拠ってヤツかも」
テレビも見ず、スマホすら触らずに、将棋にだけ熱中してたということだろうか。
それは、現代人としては想像もできない世界だ。
……さて、そろそろ切り出し時だろうか。
なぜ、不戦敗をして帰ってきたのか。という問い詰めを。
しかし、僕も彼女には彼女の事情があるのは知ってる。少し触れづらい内容なのも知ってる。
でも……。
「今日、ちょっと上の奴と揉めたんだ」
何も言わずとも、西園エリはそう言った。
「……なんでです?」
「私にも色々あるんだよ」
「色々、ですか」
「あぁ、色々」
色々、という言葉の大体の検討はついてる。
「一つ、質問してもいいですか?」
「え?そう言われると嫌だなぁ。でもまぁ、答えられる範囲でな」
「なら答えなくてもいいです。質問だけします。
西園博、という名前を知ってますか?」
西園エリの表情は複雑に崩れた。
西園博、その言葉を使った途端に。
よく分からない、色々組み合わさった表情をした。
「そ、そうか」
そして、彼女は浸るように「そうか」や「そうだったのか」と繰り返し呟き、最後に短く一言だけ。
「よかった」
彼女は目を瞑った。優しい顔で、広く澄んだ空気のような表情で、笑った。
燃えていた炎は、今では弱々しく、ただの弱い女の子になっていた。
でも、そんな柔らかい感情とは裏腹に、絶対に彼女は泣かなかった。
【経過】
少しだけ空間を開けたあと、彼女は口を開く。
「ねぇ。……その名前はどこで知ったの?」
「僕ではない。茉白が調べたら出てきたらしい」
「有能な妹ね」
「自慢の妹だよ」
「無能な兄ね」
「心底そう思うよ」
「ははっ、かっこわる」
「それが俺らしさなんです」
「……そういえば、前から気になってたけど、アンタらの関係って普通じゃないよ」
「と、言うと?」
「仲が良すぎる」
僕は意識だけ反応した。
「…………そうだね。そうだと思う」
「あんなベタベタな兄妹、絶滅危惧種よ?」
「絶滅危惧種って」
「いや。絶滅も何も昔でさえないか」
「じゃあそういうデータがあるんすか」
「ないけど」
「なら問題ない」
「それでいいの?」
「……まぁ、色々あるんです。多分いつか話しますよ」
「……ふーん、なるほど。アンタらも色々あるんだ」
「まあね」
途端、突然、話が途切れた。
これは雑談であって、いつもと変わらない交わしだったが、いつもと違う空気であった。
「で、あの話って広まってるの?」
あの話、すなわち西園博の話だ。
「まだそこまでだと思いますよ。一部の人には広まってるけど」
「なら広まるのも時間の問題ね」
「じ、じゃあ、本当に西園博って君の……」
「間違いないわ。私のパパ」
「……」
「私が14歳の時に死んじゃったけどね」
「……」
なんとも軽く、躊躇いさえも無く、スッと言った。
「で、なんだっけ。私とアイツらとで揉めてる理由だっけ」
「そうです。なんでです?」
「……ねぇ、私って可愛いと思う?」
「あれ、聞いてた?僕の言うこと」
「どう、かわいい?」
「……凛さん茉白と来て、その下くらい?」
睨みつけられた。
だが怖くはなかった。
いや、怖かった。
でも、いつもより怖くはなかった。
「あっそ」
「あ、でも"パパ"って言うのは可愛いかった」
「死ね」
あっ、やべ。
いつもの西園エリだ。これは本当に怖い。
「私は可愛いのよ。アンタの周りが異常なの。普段街中を歩いていても私より可愛い女なんてそう居ないし。でもなーんでか分からないけど、私とちょっと挨拶したら寄り付かなくなるけど」
いろいろツッコミたいが、一旦置いておこう。
それより……。
「その話、関係あります?」
「この容姿と私の実力から私は将棋連盟から目をつけられてね……」
「いや、僕の問いに答えて欲し───」
「将棋連盟が私の対局相手に八百長仕込んでた」
えっ。
あ……そういうことか。
八百長、相手に負けさせるように仕組ませた。
なるほど。
理解した。
西園エリは勝っていたのではなく、勝たされていた。
ただ強くて勝ちまくってても、顔がイマイチでは花がない。
でも、彼女には花がある。
西園エリにはメディアが付き、段々と世間が注目し、今では日本中が注目の的に。
それは将棋連盟には得でしかない。
将棋が栄えれば将棋連盟に利益が出るのは当たり前の仕組みだ。
しかし、それが当の本人に、西園エリにバレてしまったのだろう。
「だからね、今日────」
彼女の言うこと、それは冗談なんかじゃない。
そう、本気だ。
「奨励会を辞退する」




