episode13. 最高の瞬間〜The best moment〜
今を一言で言うと、寒い。
瞬間思うことはそれだった。
とは言ってもそのはずだ。今はまだ一月中旬。
冬だ。
寒いに決まっている。
しかし一口に「寒い」と言ったが、今回の冬は今までの中でも異例で異常なほど寒い。
最近では世界的に原因不明の異常気象が目立ち、もしも毎年冬がこのまま寒くなればマズイかも……?と、今日の朝のニュースで言っていた。
しかし、いざ寒さを直に体感すると信憑性が増すモノだ。
「凛さん、寒くないですか?」
「寒いねー、最近寒いからリョー君が日に日に起きるのが遅くなるから困るよ」
「うっ……」
鋭い。
「確かに寒いけど、寒さも忘れるような、そんな楽しい日にしましょ」
「……そうですね」
そう言って、僕の顔を見てニコッと笑う。
僕は寒さで表情は凍りそうであるが、彼女はそれでも笑った。
屈強に笑った。
「そういえば、凛さん」
「?」
「その、アキさんには来るって伝えてあるんですか?」
「あー、実は言ってないんだ……まあ、言うと色々めんどくさそうだし」
凛はそっと視線を逸らした。
「あ、でも、何か予定さえなければだけど、多分だけど家にいると思うよ」
僕は、ふーん。と一蹴した。
「さぁ、行きましょうか。このままじゃ寒いしね!」
「そうですね」
そう言うと、僕たちは歩き出した。
そして目の前の改札を通る。
【間隔】
初めての場所だ。
初めての風景。
初めての空気。
初めての香気。
まるで世界が変わったみたい、とはまた表現が過剰ではあるが、でも違うどこかに来た、ということが身に染みる。
「どこに向かうんですか?」
最近降り積もった白い建物の景色を背に、そこに二人は、漏れ出る白く湧き上がる息を上げながら歩いていく。
「さて、どこ行こうかしらねー」
凛はルンルンだった。
足は軽く跳ね上がり、歩く姿は無邪気な子供のようだった。僕はそれを後ろから付けるように、なぞるように歩いて行く。
凛の後ろ姿の見ている僕だが、顔は見ずにわかる。見たこともない笑顔をしているのだろう。
今日、デートに誘ってよかったと、心から思った。
そんな絵に描いたような好調な状況で、うまく行きそうな感じではあった。
あったのだが。
凛さんの歩幅が段々と小さくなり、気がついたら人形みたいに、真っ直ぐを見つめる凛さんが僕の目の前にいて、うまく行きそうだった流れは少し角度を変えていた。
「ねぇ、リョー君」
そして唐突に凛さんが歩く足を止めたのだ。
同時に僕も止めた。
「自分のことは、自分がよくわかってるって言うじゃない」
「はぁ、そうですね」
「でも、ずっと私について考えた。でも、何も浮かばないの」
僕は驚いた。
凛の雰囲気と言葉の気温差にも驚いたが、それとは別に、凛にも分からないことはあったのかと、なんでもできる神様のような人と思ってたから、そこに驚きはあった。
まあ、でも実は凛さんの言ってることは分からないでもない。
何故なら、それは最近思ったことがあるからだ。
デートに誘う時、まさかあんなに自分が情けなくて、頼りなくて、弱いとは思わなかった。
つまり自分は自分でも完全には分からないと言うことだ。
「なるほど、でも確かに。人間ってそういうものなのかも知れませんね」
「私もびっくりしちゃってね、私の好きなことを考えても何も浮かばないのよ」
「なるほど、つまり……」
「ええ、行き先がわからない」
凛は申し訳なさそうな顔で僕を見た。
出会った頃は同じくらいの背丈だったのに、今じゃ彼女が見上げる形で、僕を見た。
「このまま歩き続けるのも寒くて風邪ひきそうだし……」
「じゃあいいですよ。今やりたいことを教えてください」
「やりたいこと?」
「はい」
彼女は上を向き、考える素振りをしたまま白い息を一度吐く。
そしてその瞬間にパッと言う。
「ゲーセン」
「げーせん?」
「そう、ゲームセンター!」
「いや、わかるけど」
「実は前から行きたかったんだ」
素直に意外……と言うわけでもないが、そうなんだ、くらいには思った。
「ちなみにリョー君は何回ゲーセンで遊んだことあるの?」
「どうかな、もう覚えてないくらい子供だった時以来行ったことないかも」
「じゃあ丁度いいね、私行ったことないんだ」
凛は僕の手を掴んだ。
「ねぇ、走ろ」
「なんで!?」
「流石に寒いからね、あったまろうよ」
「走ってあったまるなんて、非効率にも程があるって!」
「私意外と体力には自信あるんだ」
「そうですか、僕も自信あるんですよ。体力の無さ加減では」
「それはいけない。体力つけよう!ダッシュだ〜」
「うおぉぉぉぉっっ!!!引っ張らないで!引っ張らないでぇぇぇ!!!」
なんか、なんだろう、どうしてだろう、なんでか知らないけど、走ってゲームセンターを目指すことになった。
……はぁ、災難だ。
でも、これでいいかもしれない。
普段冷静な凛さんだから、こんな顔はなかなか見ない。こういう一面を知れただけで僕は嬉しい。
そうか、嬉しい。
僕は今、嬉しいのか。
心の中が俄然、湧き上がる感情で熱くなった。寒さを吹き飛ばしそうなほどに。
どうにかしてしまったのだろうか。自他も認める寒がりである僕なはずなのに、もう、寒さなんてどうでもよくなってきた。
僕は今、どんな顔をしているのだろう。
【間隔】
「はぁ、はぁ、はぁ、つかれたぁ、はぁ」
まあまあ走った。いや、だいぶ走った。
体感3時間くらい走った(実際は30分くらいだったが)。
もう走れない。
走りたくもない。
「体力落ちてるんじゃなぁい?」
「どうして、そんなに、走れるんだ、よ、はぁ、はぁぁぁ、むりぃ、疲れた、頭いたいー」
「まぁね、私はリョー君と違って体力が戻ってきてるからね」
ああ、そうか。
若返りのせいか。
野暮な話をしてしまって、させてしまった。
そんな強気な口をしている凛であるが、しかし顔は真っ赤に染まっていて、小刻みに肩が揺れているし、彼女の呼吸音は聞こえていた。
更に言ってしまえば、整っている髪の毛が風でボサボサになって、顔を赤らめてる様はいつもとは違う可愛いさがあった。
「さあ行こう!」
どうやら着いたのは大きなスーパーだった。
彼女曰く4階にゲーセンがあるらしい。
早速自動ドアを潜った。
そして、第一に言う。
「あついわね」
「何で走ってここまで来たたんでしたっけ、凛さん?」
「リョー君が走ろうって言い出したんだよ」
「凛さん?」
「どうしましたかリョー君」
記憶の改竄が過ぎるぞ。
まあいいか。と思い、筋肉痛になりそうな足を持ち上げて、歩いていく。
【間隔】
目が、輝いていた。
「リョー君」
「はい」
「初めて来たわ」
「そうですか」
「リョー君」
「はい」
「初めてって緊張するわね」
「その割には嬉しそうですね」
「そうよ、嬉しいもの。嬉しくて緊張してるのよ」
そうか。
僕は少し間を置き、今思ったことをまんま話す。
「凛さんって」
「はい」
「意外と素直なんですね」
「今まで素直じゃないと思ってたのね」
「いえ、今までは素直なのか素直じゃないのかも知りませんでした」
僕は更に洗いざらい話す。
「あと、本当は素直で子供っぽいというのか」
「子供?私は立派な大人なんですけど」
「じゃあ、行動原理とかもそうだし、表裏一体なところとか、そういう色々と分かりやすい人だったんだなって思って」
「それ、褒めてないよね」
「うん、褒めてはないかな」
凛は膨らませて、少し、ほんの少しだけ怒った。
「ううん、でも、少し雲の上の存在だった凛さんが、ようやく見えてきた感じがしてね、僕は……」
僕は続けて言う。
「僕は、嬉しいんだ」
ここに冴えない顔の男が一人いた。
冴えないなりの、精一杯の笑顔をしていた。
冴えないなりに、冴えた顔だった。




