episode12. 距離の進捗〜Distance progress〜
アイツら、今楽しくやってっかなぁ……。
やってると、いいな。
私は今、いつもと変わらない外側を装いつつも、内側はそんなことを考えながら歩く。
それはいつも通りの足音で、いつも通りの速さ。そう、いつも通り……いつもと変わらないままに。
しかし初っ端からいつもとは違った。
いつもあるカメラが少しばかり多くなっていた。
だが、関係ない。
いつも通り悠然と優等を作って前を歩く。
何か聞かれた気がするが、何を聞かれたか覚えてない。何か答えたのかも覚えてない。
今日は対局日だ。
奨励会の三段リーグでは大抵一日2局行われる。今日の対局は私の11連勝、ましてや12連勝をかけた戦いだ。
アイツらはそれを嗅ぎつけてきたのだろう。
こんなにもいい天気なのにお仕事とはご苦労なことだ。
……まあ、いいさ。
もう話はつけてきた。
あの糞どもはなんて顔をするだろうな。考えるだけで笑いが止まらねぇ。
「……ッ、ッはは」
今日ですべて決着だ。ざまぁみろ
自分の心から殻の割れる音がした。
今日は週末だ。
週末とは言っても状況としてはいつもと変わらない毎日。
茉白は部活で家を出て、凛は手紙を書き、僕は食器を洗い、片付けている。
まさにいつもの変わらない毎日、日常が始まろうとしている。
しかし、僕はその日常を変える。
「凛さん」
「ん、リョー君、どうしたの?」
さあ、とうとうだ。
とうとう僕は言うんだ。言い出すんだ。
この三年間、口に出せなかった言葉だ。
そう、凛さんとはもう三年も経ってるんだ。そしてそれまでずっと凛さん一途で好きでいる。
でも、好きでいる。それだけでそこから何も進捗していない。
だから……!
体が拒否反応を示している。内心バクバクのドキドキ。手はもう言わずもがな。汗びっしょり。
でも、止めない。
止まらない。
止めたくない!
「あのっ、凛さん」
「ん?」
体から水分が無くなっていき、自分の体はもう支障をきたして、異常だった。いや、もう異常なのだろうかなんて、自分のことで手一杯で、もうそんなことすらも思考できなかった。
今、僕はどんな顔をしているだろうか。とんでもない顔をしてるだろうな。
「今日は茉白部活で居ないからさ」
「?」
「だから……僕と二人きりだからさ……せっかくだし……その」
ぐっと手に力を入れて、乾いた声を振り絞って、意を決する。
「僕と、どこかお出かけに行きませんか?」
今日、僕は初めてこうしてデートを誘ったのだ。
しかし早々こんな様子では不安しかないのだが……。
僕は見ての通りこんなにも複雑で、ぐちゃぐちゃな状態だが、いつもの優しい色の返事の声はあっさり来た。
「いいね。うん、行こうよ!」
え?
なんとも、あさっさり。
拍子抜けだ。
「で、どこに行くの?どこに行きたいの?」
「…………」
「もしもし?」
「あっ、ごめん、ぼーっとしてた。あー、で、そう、それなんだけれども……」
ついあっさり展開するので気が抜けていた。
しかし実際このデートの件で1番困ったところはそこだ。そう、どこに行きたいのか。
なぜ他でもない行き先こそが1番に困ったか、その理由は一つだ。
「僕って、凛さんこと全く知らないんですよ、何が好きで、何が嫌いで……とにかく何から何まで、僕は知らないんです」
事実、僕は凛さんを知らない。それも全く、全然知らない。
だから……
「だから、この一日で、凛さんの好きを知りたい。
そういう風に思ったんです」
その時、凛は二つ表した。
寡黙と困惑だ。
そして考える仕草をして、目線を上に上げた。
僕はそれにどこか嫌な予感を察する。
それはその表情の「困惑」は実際には「困惑」ではなく「当惑」ではないのか。
つまりは対処の仕方がわからなくて困ってる、というのは困るのだ。
恐らく凛さんは、僕にも言えない秘密があるから、だから……
そうやって、うだうだ思い考える間に彼女はひょいと声を上げる。
「なるほどね、わかったわ、行きましょ」
なんとも、予想外だった。
なんとも、あっさりに。
【間隔】
僕のスマホに文字を打ち込んだ。
その相手は「答え」ない冴えた小さな女の子、そして今では僕と凛さんの関係に対する謎のサポーター。天音栞奈だ。
『なんか上手くいきました』
『そうですか、よかったです』
そもそもなんだが、僕と凛さんのデートを提案したのは天音栞奈だ。
それを機に、僕はデートに誘った。
『今は一緒に電車に乗ってます』
『行き先は知ってるのですか?』
『いいえ』
『ちなみに今どこ駅ですか?』
『分からないですけど、西に向かってます』
『なるほど、わかりました。今日は楽しむといいと思います』
と追加で帰ってきて、更に可愛らしいスタンプもすぐに来た。
僕はそれを見て、電源を落とす。
「凛さん、どこに向かってるのですか?」
「えー、ナイショだよ。ひ、み、つ」
「でもデートスポ……じゃなくて、色々あるところから離れてるよね?」
「リョー君がその方がいいならそうするけど、でもそれじゃあ、リョー君の言う"私の事を知りたい"には少し違うでしょ?」
「うーん、いや、僕としてはちょっとしたことでも良かったんですけど……」
「ちょっとしたこと?」
「うん、どこのお店のこの料理が好きとか、逆に何が嫌いなのかとか……」
「なるほど、でも目的地は田舎というわけじゃ無いから、一応東京から出るわけじゃないし。着いたらそうしましょうか」
やった!
「やった!」
あ、やべ。声に出ちゃった。
「でも本当にどこに向かってるのですか?」
「お、た、の、し、み」
彼女はくるっと僕の目を見て、小さくウインクする。
やばい、かわいい。
凛はその僕の表情を見て笑ったまま、前に映る景色を見た。
そして、その景色に浸りながら言う。
「……なんてね。隠す理由も無いから言っちゃうとね、行き先は私が昔住んでたところなんだ」
「えっ!?」
電車の中で僕は大きな声を出してしまった。
人は少なかったからいいものの。
「それに居るかどうかわからないけど会わせたい人がいるのよ」
「会わせたい人?」
「うん」
「あっ、アキさんって言う人?」
「そうよ、私のことについてはアキに聞くといいと思うから」
アキさん。
忘れているだろうから説明すると、それは第二話で凛さんが出かけた時の待ち合わせ相手で、それは数少ない凛さんの知り合いで、前の居候先だ。
しかし僕はその人物が、どれくらいの年齢で、男なのか女なのか、はたまた本名なのか愛称なのか、僕は知らない。
「ここだよ」
そう細く伝えると、隣の彼女は席を立った。
長い髪はサラッと綺麗に、不規則に舞う。
そして振り向き、告げる。
「ふふっ、リョー君、楽しみだね」
瞬間、ふわっと風が流れていき、その美しさを魅せ飾る太陽の光。
電車の扉が開いた。
それでくっきりと見える何よりも綺麗な凛さんの笑顔。
それは心から嬉しそうな笑顔で、今まで見てきた凛の顔の中で一番の美しい笑顔だった。




