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虚ろな世界で天使は笑う  作者: 澄石 紗奈
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白壁の日常③

「……アルは剣をなんだと思ってるんだい?」


俺のチップがどうして破損寸前だったのかを探るために、俺のバングルに保存されていた記録を覗いた。

今の台詞は、その記録を見たアダマンタイトの感想である。

「バールじゃないんだよって何度言えば理解できるのかなぁ。刃こぼれしてもモード切り替えからの呼び出しで新品同然に使えるからって、疲労、磨耗はチップに溜まるんだって前にも言ったよね?」

改めて説明すれば、バングルとは現代科学が産んだ万能兵器である。

起動しなければ腕輪のように持ち運びが可能であり、起動すればチップの中にあるデータ通りの形状に変形する。

さらに、バングルは3つまでチップを付けることができるため、バングルをひとつ持っていれば武器を3つ持っているのと同じ意味を持つ。

しかし、今のアダマンタイトの言い方の通り……

「チップ……破損?」

「普通に使ってればそんな事にはならないから、こいつ(アルタイル)が馬鹿なだけ。スピカは気にしなくていいんだよ」

無理な運用をすればチップは壊れる。

チップはデータ通りの変形を可能にした部品ではあるために、

『刃こぼれを起こした剣→別のチップの武器→もう一度新品の剣』

と言う運用を可能にする。

しかし、その疲労や磨耗は確実にチップに蓄積される。

「結果、破損分のデータが残りまくって起こるのがチップ内のデータ自体の破損。それが起きたらチップのデータ自体を初期化して入れ直さなくちゃならない」

「おや? ですがそれならば既存の予備チップで代用すればよろしいのではないですかな?」

事実、チップの予備は白壁の中にも五万と存在する。

だがその考えを、今度はアルタイルが訂正した。

「俺のはカスタムチップなんだ。バングル自体もアダムと吟味してな……。だから、代わりのチップは俺のバングル自体に合わないんだ」

カスタムチップ、文字通り個人的なテコ入れを加えたチップだ。

そして、アルタイルの持つチップの大半はアダマンタイトと作り上げたカスタムチップであるため、専属技術員としてアダマンタイトが入っている。

つまり、アルタイルのチップはアダマンタイト以外は直すことも、メンテナンスする事さえもできない代物になっていると言う事だ。

「でもカスタムチップは汎用性を無くすからね。あまり良いと言えたものでは無いよ」

「そうだな、こいつが動かないかぎり俺のバングルは機能しなくなる。なにせ、アダム以外直せないんだからな」

「だから壊すなって毎回毎回言ってるだろう?」

「……1週間でこうなるとは思わなかった」

「こんな戦い方しておいてよく言うよ」

アルタイルの戦い方は、スピカのように華麗でも、レグルスのように力でごり押すわけでもない。

だが、他の隊員とは決定的に


―――速さが違った。


「大隊長……速い」

「この一瞬での判断と駆け引き。儂には真似できぬ芸当ですなぁ」

アルタイルの戦い方は、一言で表せば『無縫』であった。

無駄と一切の容赦が無い。

途切れぬ攻撃と完璧な妨害で、迫りくる獣達に攻撃の機会すら与えない。時にはわざと誘い込み、一刀の元に伏してしまう。それを一瞬の判断と、数秒の駆け引きで行っているのだ。

「うん、すごいとは思うよ? チップさえ壊してくれなきゃ」

だが唯一、S系乙型チップ……要するに剣のデータが入ったチップだが、その扱いが酷かった。

刀身を持って柄で殴ったり、思いっきりぶん投げたり。果ては、地面に突き刺して垂直の足場替わりにしていた。

「もうバールに変える? 剣は鈍器じゃないんだよ?」

「本当にすまない」

これには反論のしようも無い。

結局、剣を剣らしく使っている場面だなんて戦闘の全体の半分ほどしか無かった記録。

記録を見た全員が……スピカでさえも苦笑いだった。

「全く、お母さんはそんな子に育てた覚えはありません」

「俺はお前の子ではないし、お前は俺の母でもないだろう、アダム」

「大隊長……子供♡」

「スピカ、不穏な単語を口にして1人別世界にトリップしないでくれ」

冗談交じりに叱りつけるアダマンタイトと夢うつつな様子のスピカ。

「はっは、大隊長も罪なお方ですな」

「どこを見て言ったんだ? カノープス」

「白壁では数少ない女子らに大人気では御座いませんか。謙遜は宜しくないですぞ」

「本当にどこを見てそう思ったんだ?」

少なくともアダマンタイトには嫌われているだろう、と思いながら話すアルタイル。

そんなアルタイルごと今の状況を楽しむカノープス。

そんな愉快な絵面であると言うのに、チップを壊しかけていた張本人のアルタイルは、この状況を笑うに笑えない。

「……会議が続いた方が良かった」

そう、ぽつりとアルタイルは呟いた。




「本当に会議が続いてた方が良かったわ!!」

2時間後のアルタイルの呟きである。

あれから、ありとあらゆる手段でアダマンタイトに馬鹿にされ続けた。しまいには言われたくなかった黒歴史まで暴露される始末だ。

「……やはりアダムは殺すべきだった」

「アル……可愛い子♡」

相変わらず俺の腕に抱きついているスピカ。

今の言葉は俺の黒歴史を聞いた後であるためだろう。口止め料としてしばらく体を貸すことを要求された。

「本当にこれで言わないでくれるんだな?」

「うん……私、口は……固い」

「無口の間違いじゃないのか?」

「大隊長は夜眠れないと言ってアダムのとこに……」

「要求はなんだ」

「うむ……よろしい」

ホールドアップ、お手上げだった。

今のスピカには、天地が100回ひっくり返ろうと敵わないだろう。

「ふふっ……アル。可愛い♡」

「……ははっ」

愛想笑いも苦しく感じてきた。精神がそろそろピンチかもしれない。

そんな事を思っていたら、スピカが俺から離れた。

どうしたのだろうと様子を伺ってみれば、通路の向こうから新星が歩いてきていたことに気づく。

だが、今の時間帯の会議室前は新星が来てはいけない場所になっているはずである。

「なんでこんな所に?」

「アル……静かに」

スピカに言われた通り、黙って新星に近づいてみれば、


「あれぇ、ここはどこ!? 僕の部屋は? みんなはどこぉ!」


どうやら迷子のようだった。

……迷子?

ここ(白壁)に迷う要素ってあるか?」

白壁は大きな要塞のような壁である。

外から見ればただただ大きく広い壁のように見える存在だが、内側は驚く程に実用的だ。

トレーニングルーム、会議室、管制室を始め、大人数を想定した大型浴槽、1000人分の客室など、高級ホテルのように施設が充実している。

確かにこれだけ部屋があり、階層も複数に分かれていれば迷う要素があるようにも思えるだろう。

だが、各階層ごとの通路は至ってシンプルだ。階層さえ間違えなければまず迷うことは無い。

「うん……怪しい」

「そうだな、この白壁で迷子ってのはどうも怪しい」

「えっ……迷子は……怪しくない」

「えっ?」

「うん……えっ?」

どうやら俺とスピカの認識には齟齬がありそうだ。

スピカはあまり喋らない人類なので、こういう時の対応は非常に疲れる。

「いや、白壁で迷子になんてそうそうならないだろ」

「私……よくなる」

「例えばどこで迷うんだ?」

「私の……部屋」

全14階層ある白壁のフロア。

居住スペースは上に10階層分。

「ひとつ上の……同じとこ……入る」

「ひとつ上の階層の、スピカの部屋と同じ場所……?」

要するにスピカの部屋の真上だが、

「俺の部屋じゃないか!?」

「よく……よく……間違える」

どことなくスピカが興奮しているように見えるのは勘違いだと思いたい。

とはいえ、これ以上この話を続けると地雷を踏んでしまいそうな気がしたのでやめておく。

問題は迷子の新星だろう。

まず、声をかけるところからだろうか。

「……おい、そこの新星」

「は、はいっ? なんでしょうk……ってア、アル、アルタイル大隊長!!?」

「……パニックか? お前」

「い、いえいえいえいえそそそそんな滅相な事はございまする」

「…………」

「アル……呆れないで」

スピカに後でどんな顔をしていたのか聞かねば。聞いておかないと俺はまたこの新星に会った時に同じ顔をしかねない。

「アル……顔……氷河期」

察したのか、スピカが今の人相を言ってくれた。

顔が氷河期だなんて、俺はいったいどんな顔をしているのだろう。

まあ、俺は後からでもどうにかなる。

「おい、新星」

「はっ、はい!」

「ちょっと気をつけしてみろ」

「えっ、はい?」

「いいからやれ」

「はいっ!!」

目の前の新星は、俺の指示通りに完璧な直立姿勢をとった。

俺はよしと頷いてから、その脳天に思い切りチョップをかました。

「!!?……っっったあぁぁ……」

「アル……やりすぎ」

「これでいいだろう」

悪いとは思ってない。対パニック療法はこれが1番だ。

心底痛いのだろう。無言で通路の端と端をゴロゴロと転がり回っている。

その様子が面白すぎて、油断すれば笑ってしまいそうだ。

「…………」

「ん?……愉悦?」

「いや、なんでもない」

どうやら顔に出てたらしい。スピカに不思議がられた。

そろそろ頃合だろうと思って、新星を起こす。

「さて、落ち着いたか?」

「はいっ、ありがとうございます大隊長!!」

元気のいい挨拶はパニックが収まった証拠だろう。これでまともに話せるようになるはずだ。

色々と聞きたいことはあるが……まずは名前からだろう。

「おま………」

「あなた……誰?」

「…………」

スピカに先に聞かれて、少し落ち込むアルタイルだった。



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