白壁の日常②
「心の裏は感情さ
「感情で感じることがあっても心では感じない
「心で感じることがあっても感情では感じない
「なら、感情の裏は心なのかしら
「嘘を言わないで、アダマンタイト
「心も感情も別物だわ
「それらが表裏一体になることは無いの
「じゃあ私には感情がないんだろうな
「そして、あいつには心が無い
「わかってるんでしょ
「ええ
「だから彼には私が必要なの
「それがあまりにも出過ぎた真似だとしても……
「 私は彼のそばに居たい」
私を呼ぶ声が聞こえる気がした。
それは、夢の中の声かもしれなかったけれど。
久しぶりに見る夢はきっと、やってきた新星らのせいだと思う。あいつを思い出すには、『新星』と言う単語は十分すぎる材料だ。
夢のせいもあってか頭もいやに働かない。渋々と起きてみれば呆れたふうな表情のアルタイルが目の前に立っていた。
「アダム、呼び出しておいて寝ているとはどういう神経をしているんだ? お前」
「……なに、懐かしい誰かさんを思い出していてね。それを言うなら時間がかかった君も悪いんじゃないか?」
「飯を済ませてからでいいと言っていたのはお前だったはずだがな」
不機嫌そうなアルタイル。戦闘に駆り出されたあとで直ぐに招集をかけるのはなかなかしないことである上に、あまり気分のいいものでもないのだろう。
無神経なことと知っていながら彼を呼んだのだ。それくらいの愚痴は聞くつもりだった。
だったのだが……
「……不純異性交友?」
「こいつが勝手に付いてきただけだ」
「失礼……純愛」
私の前で、アルタイルの腕に絡みつくようにスピカが抱きついていた。
絵面があまりにも面白い。ネタとしてこんなに面白いものもないだろう。
だから、いつものようにアルタイルをからかうことにした。
「おいおい、そんなに密着してなお純愛を語るのは無理があるんじゃないかい?アルタイル」
「純愛とは言ってない、言ったのはスピカだろう。俺ををからかうんじゃない、アダム」
「純愛じゃない!?」
「その言い方は止めろ!!」
「えっ……嘘」
「この状況で恥じらうのはやめてくれ、スピカ」
腹を抱えて笑う。実に愉快だ。
からかってここまで面白い反応で返してくれる人も、なかなかいないだろう。
と言うより、アルタイルはからかわなければ非常につまらないのだ。
無駄に真面目というか……変に仰々しいというか……私とあいつの仲なのにそんな態度をとってくるのは、からかう理由には十分だろう。
「それよりも、さっさと本題に入って欲しい。こっちだって暇じゃない」
「あははは……ふう。それは私もだよ、アルタイル」
笑いを止めながら少しは真面目に話す努力をする。
「こっちだって時間はない。時は金なりとは実に的を得ているだろう? 無駄話をしてる場合じゃない」
「ならばからかうな、時間の無駄だ」
「それは無理な相談だな。お前を見るとからかいたくなる」
不機嫌そうな顔が嫌そうな顔に変わった。
アルタイルをからかいすぎるのも良くない、ここらが潮時だろうか。
「冗談だよ」
この一言を挟みながらも、余裕な笑みは忘れない。ついでに一呼吸置くのは、焦らすのに必須のスキルだろう。
アルタイルにスピカ。ついでにレグルスとカノープスが居れば、役者は十分どころか十二分だったに違いないのだが。
きっとこの2人でも大丈夫だと、私は確信している。
だから……
「さて、本題に入ろうか」
本題の内容は至って単純。
新星の加入による戦闘スタイルの変更、今回の戦闘で大量に出た怪我人の埋め合わせ、今後の獣の動向などだった。
「新星を守るのか、新星に体験させるのか。この差は圧倒的な上に、前者を選ぶには少々怪我人を出しすぎた」
アダマンタイトが言っているのは、新星ももう戦線に加えるべきだという策。
警戒しなくとも、今の衛星からの情報では今集まりつつある獣もC級相当の群れである事が分かっている。
「つまり、今回の群れでここらのB級はほとんど居なくなってる。新星も前線に駆り出すべきだ」
俺もその策には賛成だった。だが、ここで問題になってくるのが新星の数だ。
「今回の新星はどれくらいの数が来ているんだ?」
「戦闘要員は全員で75人。幸いと言うべきか、君たちの戦いを褒めるべきか、新星の怪我人は居ないよ」
「私の……隊」
「ああ、スピカの隊は特に損傷は少なかったらしいな」
「…………(スピカ)」
…………。
褒めらめたそうな目でこちらを見ている。
アルタイルはどうする!?
……仕方ない。部下を褒めるのは上司の仕事だ。
「……よくやったな」
「…………っ!!!」
抱きしめて頭を撫でてやる。
スピカは俺の胸に顔をうずめて、幸せそうにスリスリしてくる。
幻覚だろうか、スピカに猫の尻尾のような物がフリフリと揺れているのが見えるようだ。
「……純愛(笑)」
「これくらいいいだろう」
「♡……♡♡♡!!」
だから、♡ってどうやって発音するのだろう。
アダマンタイトの時も思った疑問をスピカにぶつけようとした時だった。
「変わらないね。いっそ付き合っちゃえばいいのに」
からかい半分だろう。アダマンタイトがちゃちゃを入れてくる。
だが、その答えは決まりきっている。
「……俺にはベガが居る」
「またそれ?」
アダマンタイトを起こした時の俺並に呆れた表情をする彼女。だが、それは呆れ以上に様々な心が見て取れる顔だった。
焦燥、怒り、憎悪、嫌悪、それらが混ざって、呆れ。
アルタイルが彼女を苦手とする一番の理由だ。彼女は心でしか動かない。
「いい加減にしなよ」
だからこそ、その言葉は俺に届く。
「ベガはもうここにはいない」
俺がもし、耳を塞ごうとも。
「ベガなら帰ってくるかもって?」
俺が……。
「帰ってこないのは、アルが一番わかってる事でしょ?」
心を閉ざしても。
「言い……すぎ」
止めたのはスピカだった。
だが、スピカは今も俺に抱きしめられた状態のままなので、状況がシュール極まりない。
かと言って、スピカが離してくれる訳もなくそんな状態のまま話が続く。
「ベガ……帰っては……こない」
それは、事実の再確認。
正しいことをそのままに言っているだけだ。
でも、その言葉は俺にではなく……
「それを……アダムも……悲しんでた」
アダマンタイトに。
彼女が悲しむだなんて、どんな皮肉だろう。
心しか、自分にはないのだと豪語していた彼女は……
「私はね」
何かを言おうとして、言葉が詰まる。
普段のアダマンタイトではありえないこと。
それはつまり、スピカの言っていたことが図星である事を指す。
「…………」
俺は黙るしか無かった。
二の句も告げないアダマンタイト。
抱きしめられながら真面目なことを話すスピカ。
こんなカオスな空間に割って入る勇気はないからだ。
いや、茶化している場合でもないが。
単純に怖いだけだ。これ以上、ベガの話をする事が。
アダマンタイトが見せた怒りは、俺のこの恐怖心に対するものだ。ベガから逃げていながら、ベガを使っている俺に怒っているのだ。
それは俺にはできないほどに、真っ直ぐな怒り。
心で動くあいつの……俺が羨ましく思う部分。
「話……戻そ」
流石に重い空気を変えようと思ったのか、スピカが話題を変えることを提案してきた。
でも、
「…………」
「…………」
俺とアダマンタイトは話せない。
何を話そうと思っても、ベガが脳裏をよぎってしまう。
こうなれば負のループだ。いっそこの会議を解散すればいいと、そう考えて、
「なぁ、アダ……」
「大隊長はここですかな?」
ノックも無くドアから入ってきた第三者にすかされた。
渾身の一撃を完璧に躱された気分だ。
さっきまでの緊迫した空気をぶち壊したのは、アルタイル部隊中隊長、カノープス。
白髪混じりな髪で飾られた、イケメン老紳士である。
「カノープスか、どうした?」
「いえ、デネブ様に大隊長の居場所を尋ねればこちらだと伺ったものですからな 」
おそらく、カノープスが俺の居場所を聞いてきたことをいい事に俺への援軍としてデネブが寄越したのだろうが、今回は完全に裏目に出ていた。
タイミングが悪いんだよ、タイミングが。
まあ、そんな事を思っても感情は表には出さない。人間関係、仲間意識、これ大事。
ちょっと冷静になりながらカノープスに聞く。
「何の用だ?」
「はい。大隊長のバングルのS系乙型チップが破損寸前であると技術員に泣きつかれましてな」
「んな馬鹿な!?」
驚き、怒鳴ったのはアダマンタイト。
無理もない。俺の右手に嵌めていたS系列乙型のチップはつい1週間前にアダマンタイトが修繕したばかりだ。
チップなんて普通、1月に1回のメンテナンスで事足りるはずなのだ(しかも、破損寸前まで行くなんてまず無い)。
しかも技術員達いわく、チップの修繕は白壁にいる人間全員分の食事を作るより大変なんだそうで……。
「おい、アル」
今度こそ、夜叉のような顔になったアダマンタイトがこちらを向いた。
「……説明、いるかい?」
「……はい、ついて行きますとも」
図らずも、アルタイルの望んだ通り中断された会議だったが。
アルタイルは後に語る。
会議の方が良かったかもしれない……と。
投稿感覚は気分です