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虚ろな世界で天使は笑う  作者: 澄石 紗奈
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白壁の日常①

群れを掃討し終えたのは、太陽が地平線に沈み始めた頃だった。

視界に収まる獣の数が俺の部隊の奴らと同じくらいの数になった途端、獣達は踵を返して走り去って行った。

離れた場所で別々に迎撃を行っていた俺の部下達からも通信があり、無事を確認したが、

「……これで無事、か」

死者こそいない。だが、新星達を守った代償は少なくなかった。

アルタイルの部隊の人数は、およそ100人ほどだ。それを4つに分けて、アルタイルや副隊長らでそれぞれ指揮を取る。

だが、今のアルタイルの指揮していた20余りの分隊では、怪我をしている者が怪我をしていない者よりも多い。

これは、ここひと月で怪我人すら出さなかったアルタイルの部隊にとって、大きな打撃だった。

「これはアダムがうるさいな」

そんなネタを逃す彼女ではないだろう。

きっと今日の結果を煽ってくるに違いない。

そんな事を考えていた時。

「ハロー、ハロー。聞こえるか? アル」

「どうしたデネブ」

「いや、ちょっと用があってな」

イヤホン型の無線機から、デネブの通信が入る。

だが、少し違和感を感じる。

新星を守りきり、戦闘を終えたあとの管制室からの通信。さらに、デネブが口にした用という単語が引っかかる。

まさか、

「おいデネブ、まさかそこにアダムは居ないよな?」

「そのまさかだよ。アルタイル大隊長」

今1番聞きたくない声が向こう側から聞こえてきた。

見た目はいいのにクソまずい料理を食べた気分だ。俺の顔は今、とても面白いことになっているに違いない。

「おやおや、私の声を聞きたくなかった雰囲気がこっちにまで伝わってくるようだよ」

「ええ、貴方の仰る通りですよ。アダム」

「まるで、私に今日の失態をからかわれたくない……いつものように口うるさい説教を聞きたくないって風だけど、なんでそんな雰囲気を出しているんだい?」

「貴方が言ったのが全てですよ」

ペースが一気にアダマンタイトの物になる。

さっきまでの緊張感が嘘のようだ。

「まあ、そう怒るな。剣呑な雰囲気の君はからかっていて面白いけれど、今回は私もよくやった方だと思うからさ」

カラカラと笑うアダマンタイト。

馬鹿にするつもりがないと言ってきた事に、少しだけ気を緩めた。

「まあ、私のアルタイル失態録に、また1つ事案が増えるだけだから」

「はっ? 今なんて言いました?」

聞き捨てならないことを聞いた。

と言うかやはりか。やはり馬鹿にしてくるのか。

どちらを先に突っ込むべきなのだろうか。

アダマンタイトからすれば、どっちだとしてもさして問題は無いのだろう。

本人こそ何も言わないが、きっと無線機の向こうでニヤニヤしているに違いない。

「……要件が無いなら切ります」

本音は何も言わずに切りたかった。

だが、ここらがやめ時と判断したのかアダマンタイトも笑うのをやめて本題に入った。

「新星についてだ。急な招集だとは思うが、レグルスや他の中隊長も集めて1度会議を開く」

「本当に急ですね」

「私が、さっき、思いつきで発案した事だからな」

「思いつきに巻き込むのは俺だけにしておいて下さい」

我慢していたため息が漏れる。

しかし、新星を連れての戦闘の後で俺以外の仲間が巻き込まれるのは避けるべきだろう。

きっと今の俺のような気分になるに違いない。あえてどんな気分とは言わないが。

「おや、自分だけならいいのかい」

「ええ。なんなら明日の朝まで語り明かしましょうか?」

「ああ、いいとも? なら場所はいつも通り君の部屋でいいかな」

「まるでいつも俺の部屋でやっているみたいに言わないでください」

「冗談だよ。部屋は用意している」

急に真剣になって話してきた。真面目な会話ができる人なのに、なぜ最初からその調子で喋れないのか。

「焦らずに待っていることにするよ。愛しのアルタイル君♡」

「……ええ、ではそのように」

……本当に。

♡ってどうやって発音するのだろう。

いや、そんな事を考えていた訳では無いが。

アダマンタイトに付き合うのはそれなりに疲れる。ツッコみたかった事をあらかた無視したのはそのためだ。いちいちツッコんでいてはこちらが持たない。

白壁(はくへき)に帰る足が重くなったように感じる。

だが、管制室からの通信は途切れていなかった。

「あー、もし? もしもし、アル」

「まだ居たのか、デネブ」

まさか居るとは思わず、声をかけられた事に驚いた。

「アダマンタイトが言い切ってなかったようだから追加の伝言。聞いてくれるか」

「……もう何でもいいか」

半ば諦めの境地である。

「ちゃんとご飯は食べて来いだとさ」

「なに?」

それだけに、その言葉には驚いた。

アダマンタイトにもいい所があるのだと思い直してから、

「……ああ」

その気分を重くさせたのもあいつじゃないかと、しっかりと思い出したアルタイルだった。



白壁(はくへき)の食堂はとても遅いランチタイムとなっていた。

昼頃に始まった戦闘が夕暮れまで続いたために遅くなってしまったのだが、今日の食堂はそれ以上に、あまりにも賑わっているように見えた。

「……新星の分か」

いつもは部隊の全員が居たとしても10分と待たない食堂でまさか、1時間待ちの札を見ることがあろうとは思ってもいなかった。

しかし、アルタイルは大隊長特権で先頭まで割り込んで注文することが出来ていた。

少々セコい手ではあるが、アダマンタイトに呼ばれている手前、手段は選べない。

アルタイルは、いつもの解凍されたばかりの食品たちを味など気にせず腹の中にかき込んでゆく。

美味い不味いなど、白壁では言えた義理ではない。

元々、冷凍で送られてくる食べ物達だ。味の当たり外れはなかなか多い。

だからこそ、アルタイルの興味は自分の食べている料理よりも食堂の行列に向いていた。

「こんなに多かったのか、新星」

今までの白壁では見ることのなかった行列と、改めて見た新星の多さに驚いていた。

新星の数だけで自分の隊と同じくらいでは無いだろうか。

そんな事を考えていると、

「隣……いいですか。大隊長」

「ああいいぞ、スピカ」

俺の部隊の中隊長が1人、スピカが隣に座ってきた。

共和国では珍しい金髪に、翡翠色の瞳。

色白の肌と人形のように整った顔は白壁にいる男どもを常に魅了して止まない。

アダマンタイトといい勝負をした背格好ではあるが、あいつと大きく違うのは……

「大隊長……胸ばかり見ないで」

「見るか。お前の食っている飯を見ていただけだ」

しっかりと育っている胸だろう。

総じて小さいアダマンタイトとは違い、スピカはその身長に似合わない胸を持っている。

それでも、彼女の本当に見るべき所はそこではない。

誰もが認める、白壁一の槍術。

自由自在に槍を扱い、体の一部のように振るってみせるスピカの戦闘術。

アルタイルも初めて見た時は何も言わずに拍手を送ったものだ。

それだけの実力を持ち、今の白壁ではなくてはならない者である彼女だが、

「大隊長……そんなに私が気になる?」

「そんなことは無い」

じっと魅入っていた事に気づかれたらしい。

別に胸を見ていた訳では無い、断じて無い。

だが、そんなアルタイルにスピカが向ける目は冷ややかなそれではなかった。むしろ、悦に浸った目のような……。

咄嗟にアルタイルは話を逸らそうとしたとしたが、スピカがの方が速かった。

「大隊長になら……いいよ」

「……俺は何も言ってないが。何がだ?」

「……抱かれても」

「捻るぞ」

そう、スピカはアルタイルにぞっこんなのである。

きっかけは3年前だ。どんな事があったかは……はっきり思い出せないが。

普段の彼女は無口な上、雲のように掴めない難儀な性格をしているというのに、アルタイルのそばに居る時だけその性格を一変させる。

確かに、自分にだけ心を開いてくれるスピカをよく思ってはいるが、恋愛感情となると話が別である。

「俺にはベガがいるからな。お前と寝れば、俺は死ぬ」

「別に……愛人関係(こいびと)でも……いいから」

「悪いが、命を張ってまでスピカと寝る勇気は無い」

「大隊長……つれない子」

上目遣いに潤んだ瞳。

またなのか、と無言の圧力をかけてくる。

何度繰り返したか分からないやり取りではあるが、仕方ない。

俺は、スピカの額に掛かっていた綺麗な金髪をかき揚げてやり、

「……んっ」


額にキスをした。


「悪いが、これで勘弁してくれ」

「…………」

「……まだ不満か?」

「……口にも」

「また今度な」

愛想笑いで誤魔化すのが吉だろう。

頭を撫でて、前髪を戻してやる。

毎日のケアを欠かしていないのだろうか。とてもサラサラで心地良い質感。

ずっと触っていたいと、アルタイルの煩悩が騒ぎ出したが、

(いかんいかん、本当にベガに殺される)

割とギリギリで留まった煩悩に安堵しながら、アルタイルは残っていた目の前の食べ物の残りをかき込んだ。

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