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虚ろな世界で天使は笑う  作者: 澄石 紗奈
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獣の洗礼③


現代の科学の産物。電磁制御型特殊形状記憶合金。

この合金がもたらした恩恵は凄まじいものだった。

そんな合金が作られたのは、実はごく最近である。

帝国の先代皇帝がまだ生きていた頃。ウォルティ大陸の中立地帯で発掘されたその金属は、大陸全土を驚愕させた。

特殊な電磁波を受けることにより、形状と材質を変形させその状態を保持する特性を持った金属。

あらゆるものの媒体となり、あらゆるものに適応するその金属を帝国と連合と共和国は共有財産とする事に同意した。

こうして各国の最高峰の技術者が結集し作られた合金が、電磁制御型特殊形状記憶合金。

変形させたい物体のデータを組み込んだチップを内蔵させることで、起動させればそのチップの物体に変形するという代物。

開発初期の頃は便利な工業用具になるという意識しかなかったそれは、いつしか兵器へとその姿を変え始めた。

それは、


チップに内蔵させるデータさえどうにかなれば、あらゆる兵器を製作可能ではないか。


という発想。

その発想が合金の向かう方向性を決定づけた。

チップに刃物・銃器のデータを組み込み、起動。

結果は、アルタイルらが使っているバングルを見ればわかるだろう。

そればかりか、砲台に戦艦、爆撃機に至るまでをいとも簡単に再現することが出来た。

幸いこの研究はある、合金の()()()()()()()からこれ以上の発展が見送られているが。


チップ1つであらゆる武装に変形する……この機能の過程で作られたのが、バングルだ。

チップに組み込む武装は何でもいい。

最大で3つまでチップを装着し、戦場で自由自在に変形させる事が出来る。

文字通り、あらゆる武器に。

それは、今の白壁を支える柱の1つであり。


今のアルタイル達にとって、命の次に大切な道具である。




剣から姿を変えた大口径の銃器を、奴らの四肢へと向ける。

その銃口から放たれた弾丸は、アルタイルの思い描いていた通りの軌道を描き、獣らの身体を肉塊へと変えた。

もう1時間は経っているだろうか。それでも、白壁から届く砲弾が耕す大地の向こうからは、絶えずその獣らが顔を見せる。

斬って、撃って、防ぎ、屠る。

休みなくやってくる合成獣(キメラ)の群れ。

それを殺しきらなければ、今度は自分達の命がない。

そんな状況でも、アルタイルの懸念は目の前の獣達よりも別にあった。

「お前ら!! 新星達は無事だな!?」

「はい、隊長。全員、怪我なくピクニックを楽しんでいるようです」

アルタイル達のすぐ後ろをついてくる新星ら。

怯えきった表情は、喰われることに怯えた恐怖心からか、それとも……。

「……ちっ」

新星に余所見をしている間に獣の肉薄を許してしまう。

右手の銃を剣へと変え応戦する。

踊りかかってくる獣の身体。それを逆手にとって、地を滑りその懐に入った。

「芸のない奴らだ」

持っていた剣を腹から、心臓があるであろう位置へと突き刺す。

望んでいた手応え。刺した途端、穴の空いた水道管のように獣の腹は血を吹き出す。

「GUOOOOOO」

心臓を潰され、苦悶の声を上げながら暴れ回る合成獣。

「大人しく……しろっ!!」

アルタイルは、まだ銃のままにしていた左手の武装をその獣の頭に向け、発砲した。

まるで、ザクロのように吹き飛ぶ頭。それがトドメとなり、獣の身体はその動きを止めた。

「くそ……本当にB級は厄介だ」

B級任務とC級任務の違い。

これは、一言で言ってしまえば生命力の大きさの違いだとアルタイルは思っている。

C級の任務でやってくる合成獣はただの獣だ。

心臓を潰せば、頭を砕けば、それだけで絶命する。

だが、B級の奴らは違う。

心臓のみを潰しても……死なない。

頭のみを吹き飛ばしても……死なない。

奴らは両方を潰すことで、ようやく絶命する。

驚くことに、心臓か頭。どちらかさえ残っていれば、無くなった片方をものの数分で再生させる事まで解明されている。

B級とはそんな合成獣の群れだ。

絶え間なく襲い掛かる合成獣の頭と心臓を、確実に破壊しなければならない。

アルタイルは右手の剣を改めて銃へと戻す。

左手を前に出し、そのデザートイーグルも真っ青な超大口径の銃口から弾丸を打ち出す。

続けること3度。迫っていた4体の合成獣の首から下が吹き飛んでゆく。

「せめて、来る群れの数を半分ほどに減らしてくれると助かるのだがな」

……無駄な祈りか。

そう呟いたアルタイルは、右手に握られた銃を残った頭に向けて撃った。

吹き飛ぶ、獅子のような頭部。だが今吹き飛ばした頭が、あと何千、何万とある荒野の向こう側に目を向けて。

アルタイルはひとつ、ため息をした。




白壁は、ただ合成獣の進行を止めるためにある訳では無い。

元連合領地を映し出す衛星からの情報をキャッチする、重要な役割を持った施設である。

アダマンタイトは、白壁の情報管制室にてデネブとともに、合成獣の群れの動きを観測していた。

「B-5、B-6地点に2000。C-3、4に2500。Aは全体的に安全かな? どうだい、デネブ」

「ふむ、各砲台に告げる。1門から32門までを解放、目標B-5、C-4地点。砲撃のタイミングについては、各小隊の隊長各位に任せる」

デネブの指示に従い動き始める砲撃部隊。

いくつかのバングルを用いて組み合わせ、砲台へとその姿を変えてゆく。

1分と経たず、何も無かった後方にはデネブの指示した数の砲台が出来上がっていた。

「実に優秀だねえ、デネブの部隊は」

「そう褒められるほどに洗練されてはないんだけどな」

ニヤリと笑うデネブ。

出来上がった砲台の様子がいたく気に入っているのか、後方の様子を見て満足気なアダマンタイト。

戦場は苛烈を極めているというのに、至って冷静な2人は戦闘中だと言うのにお茶を容れて飲むほどの余裕があった。

「ところでデネブ、ちょっとした疑問なんだ」

「お前が疑問とは珍しいな、アダム」

先程の命令通りに砲撃が始まり、その様子を観測していたアダマンタイトが唐突に言った。

満足気な表情のまま、デネブに向き直る。

「新星がやってくるのはいい事だ。実に素晴らしい」

「そうだな。特に、最近補充のなかったアルタイルの前線部隊にその多くが配属されたのは大きいでしょう」

「だが、そここそが疑問なんだ」

デネブには、彼女が何を言いたいのかが理解できなかった。

余裕の笑みを崩さない時のアダマンタイトは、無視出来ない発言をする。……良くも悪くも。

だからこそ、今の彼女が言いたい事を理解する事は大いに意味がある。

そして、おそらくそれは現状に対する確信を突く……

「こっちへの新星の補充なんて、なんで今更共和国(うえ)は許したのかねえ」

最高の皮肉だった。

現在の共和国では、帝国との戦線と合成獣との戦線を左翼、右翼に分けて呼称している。

そして昨今、共和国は年々押されつつある帝国側の左翼戦線への戦力の増強を測ったのだ。

その結果、こちら側へ皮肉混じりにつけられた呼び名は「ちぎられた右翼」。

事実、白壁への物資供給は去年に比べると3分の1ほどしか届いていない。

その分がきっと左翼に渡っているのだろう。あまりにも今の右翼は見捨てられすぎている。

そう、アダマンタイトが呆れた愚痴を言い放つくらいには。

「なんでって……さすがにきつそうだと思い直したからじゃねえか?」

適当に思いついたことを口にしながらデネブは返す。

そんな返しを言いながらも、その瞳には次の砲撃地点を映していた。

だが、アダマンタイトはやれやれとぼやいてから観測作業に戻る。

「それだと、前線部隊が補充されるのはおかしいと私は思うんだ」

すると、アダマンタイトは観測機器のデータの中からここひと月のアルタイルの部隊の記録を取り出して言った。

「ひと月前、アルタイルが怪我から復帰して以降の彼らの成果さ。記録日数30日、出撃回数36回、死者及び負傷者共に0! お手本のような素晴らしい記録だ!!」

ぱちぱちと賞賛するように拍手を送るアダマンタイト。その表情は満面の笑みではあるが、デネブにはまるで違うものに見えた。

きっとその一言も、そんな裏腹な心から出たものなのだろう。


「バカにしてるのかなぁ、共和国は」


確かな怒気。長年の付き合いでなければ感じ取れなかったかもしれない、笑顔の裏の狂気。

アルタイルが、アダマンタイトに対して最も度し難いと言っている部分だ。

技術者であり、研究者。そんな彼女は国のためにこの白壁には立たない。

彼女の行動理念は常に自分の為だ。

デネブは自分の部隊を動かしながら、そんな彼女を羨ましくも……そして恐ろしくも感じていた。

そんなデネブに気づいたのか、

「あいつが帰ってきたら、また色々と話し合わなくちゃね」

そんな事をさっきから一切表情を変えずに、アダマンタイトは言うのだった。

アダマンタイトは末恐ろしい。

でも帰ってくること前提の話口調にほっこりします。

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