獣の洗礼②
「どっと疲れた……」
アダマンタイトの説教を受けること30分。
いつもなら、もう1時間半続くのだが、
「新星達が待っている事だし、続きはまた今度にしてあげよう」
という一言で説教は一時中断の運びとなった。続きがあるのかと思わなくもないが。
アダマンタイトの説教を終えた後に、俺は新星達が待つ部屋へと向かっていた。
アダマンタイトは軽い感じで「真っ直ぐ行って右」と言っていたが、アダマンタイトと話した場所から真っ直ぐ行ってすぐ右に曲がることの出来る場所に、俺はいい思い出がない。
「……思った通りだ」
真っ直ぐ行って右、そこはトレーニングルームだ。
中に入れば、何十種類もの重り。用途など知る由もない機材の数々。そして、おそらく新星と思われる、疲弊しきり屍のようになった肉塊の山と……躍動する筋肉。
「……脳筋が」
「ムッ、なんだ、隊長でしたか。いらっしゃったのならば声を掛けて欲しいものですが。お元気そうでなによりです」
この躍動する筋肉は、俺の隊の副隊長。
脳筋天使こと、レグルス。俺の隊きっての筋トレ馬鹿だ。
トレーニングルームと言えばレグルスと言われるほどに入り浸っており、最近では隊で「レグる(筋肉で解決する)」と言う訳の分からない言葉まで流行らせた生粋の脳筋である。
「隊長もやっていかれますか?」
「断る。お前の筋トレに付き合うと、俺もこの屍どもの仲間になりそうだ」
「またまたご謙遜を。隊長ならきっと着いてこられますよ」
謙遜などしていない。はっきり言ってこいつの筋トレにはついていけない。
トレーニングルームにいい思い出がないのもひとえにこいつのせいだ。ヒビが入ることを錯覚させる腹筋、足に重りを付けながらの懸垂、俺の体重の倍の重さをあげるウェイトリフティング。トドメに、翌日の筋肉痛だ。
「とにかく、絶対に俺は付き合わんぞ」
「残念ですね……隊長、せっかくいい筋肉を持っているというのに」
「俺の隊に同性愛者はお呼びでないぞ?」
レグルスの俺の体を見るその目がやけに艶めかしかったので、俺は肌身離さず左手に嵌めているバングルを構えながら脅す。
「あ、決してそんなつもりは無いですよ?」
両手を広げひらひらと振り、降参のポーズを取りながらレグルスは言った。
「隊長、ベガさんにぞっこんですもんねー」
「その口がまた何かをほざけば、次は容赦なく掻っ切るぞ」
「冗談、冗談ですってば」
込められた怒気が増したのを感じたのか、冷や汗を垂らしながら許しを乞うレグルス。
いや、俺とて冗談でやっている事なのだが。
構えを解き、レグルスと向き合う。
「それよりも、これだ」
「ああ、この新星達ですか?」
「急に来たというのも驚きだが、まさかお前の筋トレと言う名の洗礼を受けていたとは……」
「ええ、ひと月前の会議でアダムが言っていましたね。今日頃に来ると」
はてと、アルタイルの動きが止まる。
「待て、レグルス。お前今、ひと月前と言ったか?」
「はい、ひと月前と」
「俺は一切連絡を貰ってないのだが?」
「あの時の隊長、怪我で治療室でしたものね。アダムがきっと伝えると言っていたはずですが」
全ての元凶があのいけ好かないやつだった。
何もかも馬鹿馬鹿しくなって呆れてくる。
「あの女……」
恨みつらみもここまで来ると笑えてくるものだ。どうせ、面白そうだからなどとくだらない理由で俺にだけ伝えなかったに違いない。
いや、この1ヶ月間でこの事が話題に上がらなかった自分の部隊も部隊だが。
「もしや、アダムから連絡を貰っていなかったので?」
「ああ、ついさっき廊下で教えられた」
「それはなんとも彼女らしいと言いますか」
あはは、と苦笑いで返すレグルス。
報連相がなっていない部隊などオワコンもいいとこではあるのだが、幸い俺以外が知っているという事実には安心した。
それでも、
「まあ、目下の問題は変わらんな」
俺は改めてレグルスに付き合わされ、地に伏す新星らに視線を向ける。
「こいつらの初陣をどうするかだ」
「すぐの任務はダメなのですか?」
「いかん。衛星の反応によれば、今度の群れはB級任務相当になるそうだ」
C級ならいざ知らず、B級任務ともなると新星を戦わせるのは気が引ける。C級任務ですら、新星の死者が少なからず出てしまうのだ。やはり、バーチャルとリアルの差は埋めがたいものがある。
「バーチャルの合成獣しか相手にしていない新星らにB級任務は絶望的ですね」
「ああ、だからC級任務が回ってくるまではしばらくこの白壁で待機させようと思ったのだが」
この始末。
屍のまま動かない彼らを見てから、その目のままでレグルスをみる。
レグルスは俺の目線に対して、目だけで謝るというなんとも器用なことをしてきた。
「……次は無いぞ?」
「肝に命じます」
どうやら、彼らに待機命令を出すのはこの状態から起き上がったあと。
筋肉痛に苦しむ彼らを見ながらのミーティングになりそうだと、アルタイルは思った。
白壁は、彼らの後ろにあった。
目の前に広がる閑散とした荒野の景色には、丁度真上に登った太陽と、遥か遠くに上がる砂煙。雲は集まる気配はなく、散り散りになって辺りを漂っていた。
「総員、準備は出来ているか」
「「「Yes,Sir」」」
アルタイルの声に3人の声が答えた。
点呼は既に済んでいる。部隊全員の武器の展開も完了済みだ。
満を持して、アルタイルが言う。
「今日の客は少々気が荒い。がっちりとハートを掴んだ上で、その変わった頭を作り替えてやれ。……以上だ」
何かを諭させるように話したアルタイル。
その言葉には若干の脅しと、怒気。
だが、そんな雰囲気もどこ吹く風か……
「いやはや、3ヶ月ぶりのB級任務ですかな? 心踊りますなぁ」
「変態……近寄らないで」
「どんな困難があろうと、レグって差し上げましょう」
「全く……頼もしいよ、お前達」
アルタイルはそう返してきた声達に安堵した。
緊張など感じさせない声の数々。
全てがアルタイルの率いる部隊の副隊長及び中隊長らの声である。
いつもの調子と、雰囲気が部隊の緊張を緩和させる。空も味方をしてくれているのだろう、コンディションも良好と言えた。
だが、アルタイルにはそれでも不安と言える要素が今の部隊に存在していた。
それは……
「隊長、同行する新星らの点呼、完了致しました」
「……あぁ」
新星の同行である。
この光景を初めて見るのだろう。きょろきょと落ち着きなく辺りを見渡す新星達。
こんな荷物を抱えながら果たして、今回の任務に集中できるのだろうか。
確かに、アルタイルは反対した。
だが、レグルスと他の中隊長らは言ったのだ。
「戦場を経験させよ。戦闘をさせずとも背中で語れ」
「ここには決して、天使はいない」
その一言が決め手だった。
俺はなおも反対したが、アダマンタイトもその任務同行に同意した。
あんな適当な性格をしているくせに俺よりも官位の高いアダマンタイト。
上官の決定には従わなければならないのが軍の鉄則だ。
「全く、この晴れた空くらいアダムも分かりやすければ良いのだがな」
「隊長が任務前に愚痴とは、珍しいですね」
「今日……雨降る?」
「はっは、こんな荷物を抱えながら雨の中ピクニックとは、どうしても避けたいものですなぁ」
「天使はいないと言ってきたのはお前らだろう? 言ってきた分の仕事はこなしてもらう」
各中隊長らにそう言って、アルタイルもバングルを起動する。バングルを起動させるのは簡単だ。一言、合図となる設定された言葉を紡げばいい。
「笑え、俺」
その一言を受けただけで、アルタイルの両腕に嵌っていた金属製のリングはその姿を剣に変えてみせた。
既に、砂煙を上げていた元凶らはさも元気そうにこの白壁へと向かってきている。
開戦を告げる法螺貝は、景気よくデネブが上げてくれると言っていた。今日も変わる事なく俺らの身を案じる、その気遣いに感謝して……
「見とけ、新星共」
法螺貝が鳴り響く。
「この戦場に、天使は居ない」
そう言ったアルタイルは確かにその時
──笑っていた。