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虚ろな世界で天使は笑う  作者: 澄石 紗奈
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獣の洗礼①

その大陸は大きな問題を抱えていた。

ウォルティ大陸と呼ばれていたその地では、大きく3つに別れた勢力が大陸を三分にして統括していた。

それぞれ、西の帝国、北の連合、東の共和国と称され各国々は全く違った(まつりごと)を行っていた。

特に、帝国と共和国の仲は最悪と言って良かった。

侵略を繰り返し、皇帝貴族が中心の政を行う帝国に対して共和国は全く相いれなかった。

また、帝国に最も近い共和国領土が不当に侵犯されていた時は、武力では応えないと明言していた共和国も武力行使をやむなしとしようとしたほどだ。


そしてとうとう、その均衡は崩れる。

帝国の皇帝が子を産み、早くに亡くなった。

新皇帝は齢6歳、実質の貴族政権の完成である。

そして貴族らは思うがままの政を行い、遂には領土侵犯をでっち上げ、共和国への侵略を開始した。

理由は各貴族らの総意で、治める領土の拡大を図ったためである。

共和国は「市民を守る人道的措置」として、常駐軍で足りない部分を市民に軍役を課すことで補っていた。

連合との協定で、助けも得る事ができたため、その侵略戦争はすぐに収束を迎えるかに思われた。

だが、連合は帝国へも兵員の増援、武器の借款をし、帝国と共和国の両方からの搾取を行っていたのである。

しかし、その連合もまた、崩壊への道を辿る。

連合は、帝国と共和国の戦争終結後に連合へ降りかかるであろう強いバッシングと報復を想定し、ある軍事研究を行っていた。


「K-mainla計画」


あらゆる種類(kind)の動物(animal)を、連合の為に創ると言う生物兵器の研究。

連合が望んだのは、戦場を獣共に蹂躙させ、人的被害のない戦争を行うという未来。

だが、この名前とその数多の「作品」を残して連合は消える。

ある日、連合の緊急通信のベルが共和国の管制室で鳴り響く。

しかし、通信を送っただけの内容のないそれは管制の間でもみ消されようとしていた。

だが、共和国は知る事になる。

翌日の朝、連合国領土より共和国にやってきたのは野戦物資でも、派遣兵でもなかった。

「K-mainla計画」の産物。連合の命を喰らった作品の数々。

突然の襲撃と、それが人でない事実は昨日の緊急通信以上に管制を慌てさせた。

結果として、共和国が合成獣(キメラ)と呼ばれた獣共に正式な戦線を築けたのは、共和国領土のおよそ2割を失った後だった。

このキメラを相手取るために帝国へも協力を仰ぐが、失敗。逆に帝国の侵略の指揮を煽る事になってしまう。

画して、帝国からの侵略と合成獣を相手にする防壁の2つの戦線を抱え込んだ、今の共和国。

あらゆる場所が戦場であり、そこら中に生きることの無い屍が闊歩する。共和国は……いや、大陸中が争いに明け暮れ狂ってしまっていた。

これが現在の大陸が抱える、大きく解決することの出来ない問題である。




共和国・合成獣(キメラ)戦線改め、右翼(うよく)戦線。

右翼とは、共和国の国旗のシンボルに由来している。

それは、逆さ剣に二翼の白い翼をくっつけたなんとも芸のないものだ。だが、共和国では天使を表す尊いシンボルにもなっている。

そして共和国は、戦線が別れているのをいい事に合成獣(キメラ)の戦線を右翼。帝国との戦線を、左翼と称している。

もちろん、軍の制服の胸の部分にもそのシンボルは刺繍入りで入れてある。

どこの誰が言い出したのかは定かではないが、このシンボルになぞって軍兵のことを「天使(エンジェル)」と言い表すのも、その影響だろう。

そのおかげで大層な二つ名を貰ったのはいい思い出だが。

「おや、誰かと思えばアルタイルじゃないか」

はははっ、と笑いを混ぜながら自分に駆け寄って来るのは、アダマンタイト。

この白壁の技術官の最高責任者であり、アルタイルの武器の直属のメンテナンスを行う女性技術官だ。

大尉や、少佐など軍の位で呼ばれる事を良しとしない変わった人柄と、アルタイルの関わりたくなかった人ランキングで堂々の3位にランクインしていることから、その有り様は透けて見える。

愛称は、頭を取って後ろをまとめた、アダム。女性でありながらアダムとは、違和感を感じざるを得ないが。

「なんの用ですか、アダム」

嫌そうな顔を作らないのは、この白壁に来て真っ先に学んだ出世術だ。どんなことだろうと笑顔で対応出来ねば、獣らの相手などやっていられない。

「いやなに、たまたま見かけただけさ。深い意味も道理もない」

だが、未だににやけた顔が戻らない所を見るに、本当は何かあるのだろう。アルタイルの経験上、にやけたアダマンタイトから何も無かった試しがない。

「それで、本当は何の用ですか?」

もう一度聞いてみた。

果たしていい報告なわけもないのだが。

「新人だ。新星(ニュービー)がここに配属される。実に3ヶ月ぶりかな?」

「えっ……聞いていませんが」

「しかも今日からの配属だ。その八割が前線部隊、君の直属かな?」

「もう来ているのですか!?」

前線部隊への緊急配属。いつも人数がかつかつの前線部隊に人が増えるのはいいが、それが新星ならば話は別だ。

何せ、新星は獣を知らない。獣に慣れることから始めなければならないのだ。

もちろん、合成獣と戦うシュミレーターのような機械がない訳では無い。だが、戦線を1年も支えたベテラン達は、揃えて口を開く。

()()()()()()のは、新星(ニュービー)が来る時だ」……と。

本来、教導など要らないベテランか、そんなベテランに太鼓判を押された、たたき上げ位しか来ることの無いアルタイル直属の前線部隊。そこに新星を迎え入れるのは、いささか懸念があった。

(しかも、そんな連絡は貰ってない)

あんまりだと言いたい気分を押さえつけながらアダマンタイトと目を合わせる。

すると、アダマンタイトが言った。

「まあ、そう落ち込むものでもないと私は思うけどね」

「……簡単に言ってくれますね」

「ああ、これくらいのことは簡単じゃなきゃ。いつもの笑顔が無いよ、笑う天使(ラフ・エンジェル)君」

「あまり、その名は好きません」

「嫌うものでもないと思うけどね」


笑う天使(ラフィン・エンジェル)


さっき言っていた大層な2つ名だ。

この戦線に来てもう5年になるが、この名を貰ったのはおよそ3年前。

この名前に込められているのは、あの頃最大の成果を上げた自分への報酬と、軽い罵倒(ジョーク)

皮肉交じりな2つ名なんて、今に始まったことでもないけど。

「アダム、それで新星達は今どこに? 本当に直属部隊(ウチ)への配属なら把握する必要があります」

「人にものを頼むんだ。態度というものがあると思わんかね?」

「…………」

畜生、やっぱりか。

「偉大なるアダマンタイト様。どうか無能な私めに新星達が待機している場所をお教えください」

「真っ直ぐ行って右だよ」

カラカラと笑いながらアダマンタイトは言った。

馬鹿馬鹿しいへりくだり方に見えただろうが、本気でアダマンタイトはあの言い方をしないと動いてくれない。

自分の武装(いのちづな)をあの言葉を言わねばメンテナンスをしてくれないといえば分かりやすいのだろうか、本当に性格が悪い。

極悪非道。悪魔すら彼女を見れば逃げ出すに違いない。この性格の悪さは今に始まったことじゃない、前だって……

「アル、少し……いや、とても失礼な事を考えていないかい?」

「イエイエナニヲオッシヤイマスカアダムサマ」

「ここまで来ると露骨すぎて逆に許したくなるねぇ」

「嘘をつかないでくださいアダム。そう言って一月(ひとつき)根に持ったことがあったじゃないですか」

「そんな昔の事は忘れたなぁ」

「本当に小さいんだから(ボソッ)」

「今なんだって?」

アダマンタイトの目が始めて剣呑なものに変わる。

余談だが、身長的にも身体的にも()()()()()アダマンタイトはその言葉を大いに嫌っている。

ついその禁句を口にしたアルタイルは、それから凡そ30分間。この場から逃げたい気持ちを抑えながら、アダマンタイトの説教に付き合う羽目となったのだ。

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