21.07.12 無題
テーマ:愛と憎しみの解散
――抱きしめた男が絶命した。
剣を握りしめていた彼の手が、音もなく血だまりに力なく落ちて、女は悟る。男の腹部からとめどなくあふれていた血が、己の白いドレスを赤く染め上げていく。それすらも気にしない様子で、女は目を伏せた。
「呆気ないものね」
その声色は抑揚がなく、しかし落胆を織り交ぜているようにも聞こえる。
女はそっと、男の亡骸を血だまりに横たえて、立ち上がった。
「――呆気ないものだわ」
所詮、人間などこの程度。交わした約束など果たしもせず、女の前から消えてゆく。
女にとって、これは初めてのことではなかった。
数えるならば――そう、きっと、こんな気持ちにさせたのは、これが二度目だったように思える。
「ええ。所詮、この程度だったのです――」
女は人間ではない。この世の理は、彼女を縛ることはできない。
まさに神に等しき存在だった。
彼女の歩く道は、破壊である。
ひとたび息を吐けば天は荒れ狂い、ひとたび歩けば草花は腐り朽ち、ひとたび声を発せば争いが起きる。彼女いるところ常に破滅が付きまとい、何人たりともそれを侵すことはできない。
果たして、どうしてこのような存在に生まれ落ちたのか。なにぶん、大昔のことであるのですっかり思い出すことなど叶わない。
それに、どうでもよかった。今更それを突き止めたところで、自分の在り方が変わるわけでもなし。すっかり、どうでもよくなった。
どうでもよくなった、はずだった。
「……何を期待していたのでしょうね」
天が低く唸り声を上げる。
立ち尽くす女の頬に、ぽたり、ぽたりと雫が落ちてゆく。
やがてそれは、女の長い長い白髪を濡らし、彼女の髪を白銀に妖しく輝かせた。
「こんなもの、とうの昔に忘れたと思っていたのに」
――――これは、何という感情だったか。
ただ、彼女は、男が幸せに生きていることが許せなかった。
ただ、それだけだった。