21.07.07 空蝉
テーマ:宗教 悲劇
前者のテーマはもっと長文だったはずが、忘れてしまった。
「――君は、人が死んだら救われると思うかい?」
うだるような暑さ。碌な活動実態もなく、旧校舎に追い込まれた我が美術部には無論、冷房などというハイテクな機器は存在しない。カビと埃と絵の具のにおいがブレンドされた、趣のある美術室で無意味な時間を過ごしていた。
「なんスか、藪から棒に」
質問を発した先輩は、生ぬるく吹き込む風に長い黒髪を揺らし、不敵にほほ笑む。
「いやね、君はかなり怠惰で堕落しているけれど、死には興味がなさそうだから、少し興味があって」
「どんな興味の持たれ方だよ」
先輩は、有り体に言えば変人だ――否、有り体に言わなくとも変人である。
「そっスね。別にこれと言って自殺願望とかはないですけど。死んだら死ぬんじゃないんスか」
「死は、死と。生まれ変わりを信じたことはないのかい?」
少し思考を巡らせ、こう言う。
「いや、ないっスね」
先輩がぱちくり、と長いまつ毛に縁どられた瞳を瞬く。
そして、ため息。
「つまらん答えだ」
「つまらんくて結構です。大体、俺に何を期待しているって言うんです?」
「……さてね。何を期待していたのだか」
この暑さだ。いくら汗の一つもかいていない先輩も、頭がやられてしまったのかもしれない。
「何か失礼なことを考えている顔だね」
「滅相もない」
首を横に振り、否定の意を示す。
「まあ、いいけれど」
彼女はそういうと、俺から視線を外し、窓の外を見上げる。
「――私はね、君の絵に惚れたんだ。昨年、君の絵をめて見たときこのような絵を描く新入生がいるのかと、心が躍った。だから君を勧誘したことは言ったね」
「……ええ。まあ」
そう。確かに俺は去年、しつこいくらいに勧誘され渋々この部に入部した。
「でも、こうも言いましたよね――」
「『俺はもう、絵を描かない』、か」
「…………はい」
元々、幼い頃から習い事をしていたこともあり、趣味で絵を描いていた。自分で言うのもなんだが、それなりに上手かったし、その証拠に賞だっていくつかもらったこともある。
けれど、高校に上がってすぐ、俺は筆を折った。
「もう、描けないんスよ」
原因はわかっている。
あれは、俺が――俺たちが、もうすぐこの高校に進級しようかという時期だった。そう。卒業式も終わり、
「――おっと」
先輩の白く細い指が、俺の眉間に触れる。その指は、ひやりと冷たい。
「……? なんですか」
「眉間。しわが寄っているよ。眉間のしわはくせになるから良くない」
「……はあ。そういうもんスか」
「そういうもんだよ」
額をさする。知らず、険しい表情をしていたようだ。
いたずらっぽく笑った先輩は、笑みを深める。
「でも、私はね。いつかきみが描いてくれるその時まで、ずっと待っているからね――――ずっと。どれほど時が経とうとも――」
その表情に、どきりとする。
そして俺は、酷く違和感を覚える。
――俺は、いつ、先輩と出会ったのか。
彼女に美術部に入部を勧められたのは、覚えている。だが、その前を思い出すことができない。それどころか――、
「……先輩」
「ん? なんだい?」
「――――この学校、美術部、ありましたっけ」