21.07.06 無題(テーマ:紅茶と抜け毛)
わたしは、前髪をいじりながら窓の外を眺める。
しつこい日差しは、生い茂る木々に遮られ、幾分かやわらかな光となって降り注ぐ。吹き抜ける風は湿ったにおいがして、夏を予感させた。
ここには、めったに人が立ち寄らない。人里離れた山奥であるからだ。来るとしてもせいぜい、森の獣と、わたしと交渉しようだなどという物好きな人間だけ。
わたしに何かを求められても、わたしにできることなど限られているというのに。
かつて、交渉と称して不当な契約を結ばされそうになった時のことを思い出し、嘆息した。
それを持ち掛けてきたのは、どこかの貴族様のようだった。突然来訪したかと思えば、それだけでも眉をひそめずにいられなかったというのに、少しばかりの金でわたしに『人を呪え』というのだ。あまりにもアンフェアである。間髪を入れず断れば、銃を突きつけ、脅してくる始末だ。しかし、さすがに命には代えられない。仕方なくわたしは、その依頼を受けようとした。
ところが、従者の一人であった男は、それを止めた。
『将来、この国を背負って立つお方がその始末では、民も浮かばれまい』
他の従者が彼に銃を向けるのも構わず、彼は朗々と言葉を紡ぐ。彼の言葉に、すっかり興が削がれた様子のお貴族様は、舌打ちをし、捨て台詞を吐くとこの小屋から出て行った。
――正直、ドン引きである。この人は死ぬ気なのだろうかと。わたしのような、人を呪うことでしか人々に必要とされない、いわゆる『魔女』をかばうなど。そもそも主人の意向に逆らうだけでも、懲罰ものだろう。
そのことを言えば、
『何を仰るか。貴女のようなか弱い女性を虐げるなど、紳士にあるまじき行為にございます。なればこそたとえ我が主であろうと、止めるのが従者としての務めです』
彼が生真面目な顔でいうものだから、わたしは絶句したものだ。なんというか、ものすごく、恥ずかしいひとだ。おかげで、むしろわたしが彼を叱る羽目になってしまった――貴方には立場というものがあるでしょう、と。
また一つ、嘆息する。
真面目が服を着て歩いている、とはまさに彼を指して言うのだろうと思った。
物思いにふけっていると、沸かしていた湯がぶくぶくと泡立ったので、白いテーブルクロスを敷いたテーブルを立ち、火からおろす。用意した茶葉は、少し冷ましてから淹れた方が香りがよい。オーブンに入れっぱなししていた、ほんのり焦げたスコーンは、まだ少しあたたかい。皿に盛り、いちじくのジャムを添えて、テーブルに置く。
「――あ」
白いクロスに落ちた、赤い毛。
前髪をいじっていた時に、抜け落ちたのだろう。急いで払い落し、空のポットを置く。
――約束の時間。今日も来訪者は、からん、と扉のベルを鳴らすのだ。