17.9.2「黎明」
東の空が緋色に染まっていく。どんよりと明けの空を塗りたくっていた雲は、顔を出し始める太陽から逃げるように、向こうの山々のそばにいた。久方ぶりの剣の重い戦いだった。まるで我が手足のようにふるっていた純白の剣が、なにかとてつもない鉛の塊のように四肢が動くのを縛っていた。自分に求められた軍対軍の戦争を勝ち抜く剣ではなく、個対個の決闘を勝利するための剣は、やはり自分に向いていないのかもしれない。これだけの血に濡れてなお幾多の血の筋からのぞく純白の刃は輝き、刃こぼれはなく、この血をふき取りさえすれば、その名声にたがわぬ剣として振るわせてくれるのだろう。しかし、今しばらくそのようなことをする気にはなれなかった。この血は高潔なものであったから。命からがらに貫いた心臓はとうに止まり、雨上がりに濡れた地面に静かに横たわる亡骸。最期に何かを呟いていた気がしたが、もはやこちらにもそれを聞き取る余力はなく、倒れていく体を受け止めながら剣を引き抜いた。その際に服が赤く染まるも、あまり興味はなかった。ただ、確かに自分にゆかりのあったであろう人物を殺してしまったという、たった少しの罪悪感がくすぶって、瞳孔の開ききった青い瞳を閉じたことだけは鮮明に焼き付いている。どれだけの時間が過ぎたのだろう。息をつく暇もなく立ち尽くしていると、ぐらりと視界が傾いた。べちゃ、と間抜けな音がして自分が泥に体を沈めていることに気が付く。そこでようやく、誰もいなかったこの森の最奥に人がやってきたようだ。 635字