1.隣同士がいちばん自然
「ねえ直って羽生君と幼なじみだよね? てことはちょっとぐらい呼び出しとかしてみても大丈夫だよね? だったらちょっとお願いがあるんだけど、あたしの友達が羽生君好きなわけよ。協力してくんない? いいよね? 大丈夫だよね?」
言うだけ言って、加奈子はさっさと図書館から出て行ってしまった。
おい、私の話も聞けよ。誰もいいだなんて言ってないだろうが。
……とか、言いたくても、もういないし。私はひとつ溜め息をついた。
加奈子が悪い子じゃないのは知ってる。人懐っこいし、軽く人見知り気味な私にも気軽に話しかけてくれる。
でもそれって、逆に言うと人のこと気にしない自己中だよね。そういう人って、正直あんまり得手じゃない。
軽く頭を振って思考を停止させる。
今考えるべきは加奈子のこと、じゃなくて。
私は彼女が来る直前までやっていた、本の整理を再開した。
♯ ♯ ♯
夕暮れの道をとてとて歩く。
電車の中までは友達と一緒でも、降りたらもう1人。
ぶるる、ポケットの中で携帯が鳴る。
あ、学校出たのにまだマナーモードにしっぱなしだったんだ。
出してメールを見る。……加奈子だ。
はいはい何ですかまた恋愛話ですか。あなたは恋のキューピッド気取りか何かですか。
そこまで考えることができても、実際本人に言えない私はチキンだ。
『明日放課後にカモメ公園に呼び出してちょーだい↑↑』
おいおいおい、私の意向は完全無視ですかい。せめて語尾にはやじるしじゃなくクエスチョンマークぐらいつけてくれ。つーか私が協力することは決定事項ですか。
明日までに会わなかったらどうするつもりだ。
「あれ、直? 帰り時間被るとかめずらな」
後ろからの脳天気な声に、また溜め息ひとつついて私は立ち止まる。
「……そうだね、晶」
学ランの、どこかひょろっとした影。件の羽生晶が、私の隣に並ぶ。
隣にいると高く感じるけれど、男子の中にいると晶はあんまり大きくない。ホームで一番背が高い女子と比べるとどっこいどっこいだし。
「早いね、どしたの?」
「今日はうるせー女がいなかったからさあ」
「煩い女?」
一瞬加奈子のことが頭に浮かんだ。
その“友達”とくっつけようと加奈子が頑張ったら……煩いだろうなあ。間違いなく。
夕日がゆっくり角度を変えてくる。私は少し目を眇める。
「地味な奴なんだけど、ピアノ弾け弾けって煩くて。俺はオルゴールでもCDでもねーっつーの」
ああ、もしかしてその子が加奈子の“友達”かな。
さすがは加奈子の友達、類友か。
「ねえ、どんな子?」
晶は少しだけ上を見る。その顔を私が見上げる。
いつの間にか、身長、差が開いてる。小6……ううん、中2までは私のほうが高かったのに。
なんかちょっとムカついて、髪の毛引っ張ってみた。
「えい」
「痛っ! なんだよいきなり!?」
「気にしないでいいよ。どんな子?」
「気にすんなって……」
晶はちょっと眉を歪めるも、話を続ける。
「とにかく俺に弾かせたがるんだよ。俺別にクラシックなんて好きじゃねーのに」
「弾かなきゃいいじゃない」
「ぎゃあぎゃあうるせーのに?」
「……それは弾くね」
むしろ引くね。晶はクラシックよりポップスのほうが好きだし。
ポルノうまいんだよね。中学の時、晶の家に行って弾いてもらったっけ。私歌うの好きだから合わせて歌ったりして。
「ねえ、弾いてよピアノ」
「は? どこで?」
「晶んち。行こ」
数歩、ととんと先に出る。とたんすぐに晶が並ぶ。奴め、大股で歩きやがった。
ステップ踏むように前に出る。また並ばれる。
ムキになって前歩いて、すぐ晶も並んで。
「なんでだよ」
「私も聞きたくなったの。悪い?」
「悪いとは言ってねえけど」
「ならいいよね?」
隣に晶。足を緩めてもそれは変わらない。
うん、やっぱりこれが、一番自然。
「ポルノ弾いてよ、ポケット。メリッサ歌いたい」
きーみのってっで〜、と出だしを歌う。晶が苦笑する。
だってほら、中学んとき一番歌ったの、これだし。
「いいけど大声出すな」
「わかってるってば」
隣に、晶。
隣同士が一番自然。
END.