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望遠鏡のある小屋で

作者: 悠染 零

望遠鏡のある小屋で。

君と海の向こうを眺めた。

波間に浮かぶ星屑は。

まるで僕らのようで。

隣で笑う君は。

穏やかな顔で微笑んだ。


ロッキングチェアに座る僕と。

肘掛けに頬を乗せる君。

僕は手の中の本を閉じて。

そっと窓の向こうを眺めたんだ。

どこまでも続く海と。

途切れることの無い空。

僕はそっと椅子から立ち上がった。


ランタンの光が赤く。

向かい合う目を照らした。

木の軋む音と。

さざ波のコントラスト。

ふっと消された炎は。

しばらく僕の目を焦がして。

それから暗闇に言い訳をすると。

僕は思うがままに身を踊らせた。


散らかった小屋を。

いつも綺麗にするのは君。

小さな小屋に。

小柄な君。

いつもごめんね。

それがあなたのお仕事よ。

屈んで紙を集める君を。

僕は横目で見ながら。

またそっと小屋を散らかした。


頭を捻って。

つまみを回して。

はや何時間。

ため息をつく僕に。

仕方ないわよと笑う君。

静かなこの小屋に。

音をもたらすその箱は。

ただただ、ただただ。

海の向こうから雑音を届けた。


私緑色が好き。

僕は青が嫌い。

素直な君と。

ひねくれものの僕。

あなたの好きな色は?

僕は顔を逸らすだけだった。


僕は窓の外を眺めて。

君は扉の方を向く。

背中合わせに座った僕らは。

互いの温もりだけで。

生きている気がした。


この小屋で。

君は何を思うのだろうか。

何を見るのだろうか。

何をするのだろうか。

とりとめもない君への好奇心が。

溢れ出さないように。

僕は少しだけ力を込めて。

小屋の扉を閉めた。


ロッキングチェアの揺れと。

静かな空気と。

この小屋の雰囲気が。

僕を夢へと誘った。

陽が沈みかけて。

真っ赤な一面を。

僕は瞳の底で感じた。



やぁ、「僕」。

僕は夢の中で僕に出会った。

僕より少し陽気な僕。

僕ってこんなだったのだろうか。

考えている間も。

夢の僕は喋るのを止めなかった。

僕は僕が何をいっているのか。

知っていた。

だから聞き流した。

どうせ聞いても。

つまらない話だ。

夢が終わるまで待てばいい。

そうしたら君のいる小屋で目覚めて。

ココアでも入れて。

一緒に海を眺めよう。

波を数えてみるのもいい。

笑いあってるだけでもいい。

そうそれだけで。


ねぇ、「僕」。


....。


満足、したかい?


....。


そうか。それなら僕もよかったよ。


....。


そろそろ、戻そうか。


....。


ああ、それと。



もう、終わらせようか。


....そうだね。


じゃあ、これで僕と会うのも最後か。


そう、なるね。


じゃあね、僕。


うん、じゃあね僕。


僕と僕は手を握って。

それから僕は意識を手放した。

後は僕がうまくやってくれるだろう。

なんたって。

僕なんだから。





サイレンが聞こえる。

それから荒々しい音も。

また、戻ってきてしまったという訳か。

僕の研究室の扉が大きな音をたてて開いた。


「所長!!」


君は変わらず君のようだ。

まだくらくらする頭を振って僕はついさっきできた研究成果をポケットにしまった。


「はやくこちらへ!脱出ポッドの準備はできてます!!」


ひとつ、当ててみようか。


「君、そのポッドは1つしかないだろう?」


「な、なにを...。」


君が握りしめた手の薬指を僕は見た。


「僕たちは、こうなる運命だったのかもな。...僕は、乗らないよ。」


「だ、だめです!所長だけでも!!」


僕は必死に説得しようと試みる君に手を伸ばした。


「これを渡したときに誓ったはずだよ。」


一生、共に。


「みんな、脱出できたのだろう?なら僕たちが人類最後の地球人というわけだ。」


ジョークにしては寒過ぎる。

だが、今はこれでいい。


元々僕のために命を捨てる気だったのだろう。

最後まで抵抗はしたがもう間に合わないと悟った時は素直に従ってくれた。


「ひとつだけ、沈まない場所がある。そこへいくとしようか。」


僕たちはとうとう挙げられなかった式を今ここで、とでもいうかのように手を繋いでゆっくりと歩いた。



研究所の外は太陽が高かった。

僕たちは研究所の隣の丘を上った。

そこには小さな小屋がひとつ。

ようこそ、僕の秘密基地へ。

さようなら僕たちの世界。


そしてもう戻らないことにするよ、ここには。


僕はポケットに手を入れて小さな機械を握りつぶした。

今までありがとう、僕。

ここからは何度目かで。

最後の新婚生活とするよ。



幸いにも、というか僕の見立て通り。

いや何回かの失敗でここが沈まないとわかっていたわけだが。

この小屋は沈まなかった。

それでも心配性な僕は扉を力強く閉めた。

君がこの小屋で、なにを思うのか今から楽しみだ。



数日たっても君は扉を見るばかり。

その外側はもう海で、僕ら以外は何もないことがわかっていても。

僕は、そうだな。何回も繰り返してきたこの小屋での生活。

そう、海でも見るとしよう。

僕は窓の外を眺めた。



「私、森林浴とか憧れてたのよねぇ。ほら研究所の仕事って目とか疲れるじゃない。」

笑っていう君が無理してるのは伝わる。

もう海のしたに沈んで、森林なんて無い。

だから僕は海が嫌いだ。



古びたラジオを棚から取り出してきた。

綺麗に綺麗に掃除をしてもちょっと錆っぽい。

奇跡的に電気が通っても肝心の受信できる電波はもうこの地球上には残っていなかった。



何週間か何ヵ月かたって、この状況を打破しようと無駄な空論を打ち立てては捨て打ち立てては捨て。

そんな無意味な研究でも君は僕を励ましてくれた。



時には夜。情熱的な君の目に惑わされることもあった。普段君が見せない顔を見れることは悪くない。

僕はそう言い訳をして君の胸に溺れていった。



それから何年。いや本当は1年もたっていないのかもしれない。

僕はお気に入りのロッキングチェアに座って窓の外を眺めた。

どこまでも続いて、そう、絶望的に美しい。

何十回も繰り返し読んだ本を閉じて。

僕はまた研究を再開した。



食料がつきて数日たった。

隣を見ると君もまた僕を見て笑った。


「もう、終わりなのかしらね。」


僕は何も答えなかった。


いつもなら、そう、何度も繰り返した僕なら。ポケットの中の機械を使って、時間を巻き戻しただろう。


だけど。

今ポケットにあるのはあの日握りつぶした鉄屑だけ。


「ごめんな。」


僕は呟いた。

誰に向けた言葉なのかもわからない。

隣にいる君へなのか。

繰り返しの終点で毎回出会った僕へなのか。


僕はポケットの鉄屑を窓から投げ捨てた。


僕は怖かった。

死が近づけばあの機械で巻き戻せた。

だけど僕は気づいてしまったのだ。

あれはタイムスリップをしているわけではない。

世界そのものを巻き戻しているだけ。


だから。


僕は隣の君の手を握った。


巻き戻せるのは時間だけで、僕らの精神は巻き戻せない。


....精神が、限界だったのだ。僕も、君も。


繰り返しの記憶はなくなっているだろう君は。

普段は元気だったが、それでも精神の疲労は見てとれた。

2回目3回目の繰り返しより酷くなった目の隈。


僕の心も限界で。

だからこの回でもうやめようと思った。


「行こうか。この先に。」


ぎゅっと握り返された手は確かで。


僕は知らず涙が出てきた。


夜、二人で眺めた望遠鏡を愛しそうに撫でて。



さようなら、そう告げることもなく、



僕たちは小屋の扉を開けた。



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