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第004話「おんぶ紐は固く」

「マリア?」

「ん......」


木漏れ日に照らされたアリスに見惚れていたマリアは我に返る。

見ればいつの間にか足元にまで近づいてきていたアリスが不思議そうにこちらの顔を覗き見上げていた。


「もう、いいのですか?」

「うん!」


満足げに頷くアリスの興味はもうそこらからこちらを見つめている生き物たちに向いてしまっているようだった。

相変わらずコロコロ興味の対象が変わっている。

ここら辺は人間の子供とそれほど大差ない。

もっとも彼女はまだ生後1月も経っていないのだが。


「では、まずは菜園のほうからですね」

「さい、えん??」


アリスの手を引き、家の裏側まで歩く。

そんな二人に釣られるように生き物たちも家の裏側に回っていく。


「わぁっ......!」


アリスの口から感嘆が漏れ、マリアの手を握る力が強くなる。

そこに広がっていたのは多種多様な植物が、けれども確かな規則性をもって一面に植えられた植物園だった。


真っ赤で大きな花を咲かせる植木。

無骨にグネグネと曲がり、ひとつも葉も花も実もつけていない枯れているような巨木。

壺のような巨大な果実をつけた蔓植物。

そのほかにも大小美醜様々な植物が青々と育っている。


「私から離れてはいけませんよ」

「え?」

「爪も牙もないからといって危険ではないとは限らないのですから」


アリスを握る手とは反対の手。

その手に握られたバケツを地面におろし、中から肉片を取り出すと小さな白い花を一つつけた植物に向かってほうり投げた。


その瞬間その白い花の根元から巨大な根っこが飛び出し、肉片を飲み込むと地面に引きずり込む。


「うわっ!」


暫く地面の中でもぞもぞ動いたかと思うと、まるでさっきまでの光景が嘘だったかのように静かに風に揺れていた。


「このように」

「......」

「アリス?」


少し驚かせてしまったかと顔を覗き込むと、


「すごいっ!!」


当のアリスはといえば目をキラキラとさせていた。

心配は無用だったようだ。

今にも飛びつきそうだったのでアリスの小さな手を握る力をさらに強めた。

そういえばこの子には御伽噺や様々な生物の話は聞かせていたが、注意喚起や危機感を抱かせるような教育はおこなっていなかった。


「アリス」

「ん?」


マリアはしゃがみこみ、アリスの顔を両手で包むようにしてこちらに向かせる。

きょとんした顔で見つめるアリスに言い聞かせた。


「今までは家の中で貴方に教育を施してきました。ですがこれからは家の外で教えることの方が多くなるでしょう。その際の注意点を1つだけ言っておきます」

「......ん?」

「私の言うことは絶対に守りなさない。私のためではなく、あなた自身のために」

「......」


手の中にすっぽり収まったアリスは分かっているのか分かっていないのか、くりくりした瞳で見つめ返すだけだった。


「......?」


わかっていないようだ。


「はぁ......しかたありません」


◇◇◇


「いいですか? この植物はベニウツボカズラといいまして主に熱帯地方に生息しているんですよ。

この真っ赤な細長い筒のような部分の中には消化液が入っておりまして、ほら匂いを嗅いでみてください」

「......んー」

「甘い匂いがするでしょう? その匂いに釣られた昆虫や小動物を引き寄せるんです。この筒の中に入ったら、ほらここ。この部分がパタッと閉じて蓋になるんですよ。仮に捕まえ損ねたとしても、この入り口の部分にある果肉を食べた生物によって種子を遠くに運ばせるんです」

「......んーんー」

「今はこんな風に手のひらサイズですが、大きくなるとこの家くらいの大きさになるんですよ? ただ大きさに比例して重量も増すのでそのまま地面に埋まっていきます。だからもし森の中でもしこのような形の葉っぱを見かけたら足元に気をつけてくださいね。落とし穴のように地面にウツボカズラが根づいている可能性があるので」

「......して」

「どうしました?」

「これ、はずして!!」


じたばた暴れながら叫ぶアリスは今、おんぶ紐によってマリアの背中に背負われていたのだった。


「だめです。あなた絶対そこら中の植物やら動物にちょっかいかけに行くじゃないですか」

「うぅ~......」

「ですが、ふむ。これは中々使えますね。また随分と便利なものを開発した人間がいたものです」


アリスを背負いなおしたマリアは背中でばたばた暴れるアリスをよそに、次々と植物の世話をこなしていった。

もちろんその間も教育はかかさない。


「これはミルの木といって非常に珍しい植物なんですよ。とくにこの果実は栄養も豊富なんですが高い依存性がありまして......」

「こっちは七色ヨモギといって、気温や湿度や土壌の成分によって色が七色に変わるのですが......」

「あれはニロビアといって薬用効果のある実をつけるのですが、収穫する期間が非常に限られていまして......」


最初はぶすっとした顔でジタバタしていたアリスも次第に慣れたのか、それとも好奇心に負けたのかマリアの話す内容に夢中になりはじめていた。


「さて、菜園はこれくらいですね」

「おわり......?」

「はい。次は動物たちです」


菜園から出てきた2人はそのまま家を回り込むと、家家を出てきた時からじっと見つめてきていた動物たちが絶妙な距離感を保つようについてきた。


「さて、では始めましょうか」

「まりあ」

「どうしました?」

「おろしてー」

「いやだから、貴方おとなしくしてないでしょ」

「するからぁ......だめ?」

「うっ......」


肩越しに潤んだ瞳で見つめられるとどうしても願いと聞き入れたくなるから不思議だ。

これがいわゆる『親心』というものなのだろうかとマリアは考えたしまった。

果たして自分はこの子にとって親という存在にふさわしいのか、教育者にはなれても生物学上の親という部類に該当するのか、彼女の特殊な出生から非常に難しい命題であることは確かだ。

それでも。


「はぁ……仕方ありませんね。きちんと言いつけを守れますか?」

「!! うん!」


この笑顔を見ることができるのであれば役柄など二の次だと思えたのだった。

おんぶ紐を外し、アリスを背中から下ろす。

にへらと笑うアリスの頭をさらりと撫でてから教育を始めた。


「彼女は『珠鹿』(タマジカ)と言います。基本的には温帯気候から亜寒帯気候にかけての広い地域、その山岳に生息している種ですね。暖かくなると平原に縄張りを移すのですが、その際は非常に大きな群れとなって活動します」

「むれ?」

「同種が寄り集まって行動を共にする集団のことですよ」

「なんで?」

「子育てを共同で行うことで負担を減らしたり外敵からより確実に身を守る為、ですかね」

「ふーん?」


「まぁともかく。彼等の大きな特徴はこの結晶の角ですね。

この子は白水晶の角をしていますがこの角は生息地域や個体差があるんですよ。

彼等の主な主食は柔らかい草や木の実ですが鉄分やミネラルを摂取するために鉱物を好んで食しているんです。

角はその摂取した鉱物に含まれる鉱石をもとに構成されていて、それによって生えてくる角の色合いや硬度が異なります」


「おぉー……?」

「現在確認されているものだとアメジストやラピスラズリ、変わり種だとアダマンタイトを摂取することもあるそうです。性格は比較的温厚ですが外敵に遭遇した際は、その非常に硬度の高い結晶の角を用いて撃退するんですよ」


「……つよい?」

「ええ。単体でも非常に戦闘力の高い種ですし、群れだとさらに高い戦闘力を発揮します。あまり群れでいる時は近づかない方が良いでしょう」

「ふーん」

「この子は、まぁ見てわかる通り片方の角を欠損しています。あとは左後ろ脚を骨折、靭帯に及ぶまでの刺傷ですね。私が保護した時にはかなり時間が経過していたので壊死していましたが今はなんとか歩ける程度にまでは回復しました。まだ万全ではないですが、歩き回る程度には支障はないでしょう」


角が片方欠損した珠鹿に近付いたアリスはそっと折れた角に触った。

珠鹿もまた警戒することもなく、アリスが触りやすいように頭を下げる。

しばらく折れた角の断片を撫でたアリスは、


「よかったね!」


と微笑みながらそう口にした。

その後も二人二人は様々な動物の世話を行っていった。


透き通った薄青色の表皮をもつ巨大な両生類。

羽の生えていない翼と大きな喉を持った怪鳥。

粘液体の不定形な生物。


マリアは一つ一つ彼等の生息地や生態をアリスに話して聴かせた。

アリスもまた真剣にその話を聞きつつ、それぞれの動物と触れ合った。


やがて残り一頭の世話を残すのみとなった二人。

それはマリアの身長を超えるほどの大きさの大狼、フェンリルだった。

いや正確には残り一頭ではなく一組だ。

そのフェンリルには子供がいた。

大きな母親の身体にかくれていた子供のフェンリル。

隠れながらそっとアリスのことを見つめていた。


呆けた顔でそんな子供の狼を見つめるアリス。

そんなアリスを母親の足に隠れながら見つめ返すフェンリル。

そんなふたりを見つめている母親のフェンリルとマリア。

急によくわからない沈黙が生まれたのだった。


「......」


なにも言わずにアリスは一歩前に踏み出した。

それに対して少しおびえたように子狼は身をすくませる。

初めての反応だ。

これまでアリスと対面した動物たち、いや植物たちも含めどれもが

心を開いたように自ら近づいて行った。

にも拘わらずこの子狼だけは身をすくませたのだ。

それがアリスの、


「......~ッ!」


『好奇心』を強く刺激してしまった。

目を輝かせたアリスはさらに3歩前に踏み出した。

身を竦ませた子狼は動けなくなる。

そんな子狼の頭に手を乗せようとした。



フェンリル

巨大な狼。

生息地や生態など一切不明。

目撃例も少なく存在そのものが疑われている。

しかし、神話や昔話など人類史の重要なターニングポイントとも言える時には必ずと言っていいほど登場する生物。

その牙と爪はあらゆるものを砕く。

鋼鉄も盟約も何もかもを噛み砕く。



そんなフェンリルの牙が、

幼体といえども世界でもっとも恐れられた牙が、

一瞬にしてアリスの手を食いちぎった。



「!!」


アリスは自らの食いちぎられた手をみつめる。

その断面からは血液は流れていない。どころか骨も、肉もみえない。

ただその真っ白な肌と同じ色の断面だけが見えている。

まるで石膏のようだった。


そんな腕をじっと見つめたあと、アリスは子狼に笑みを返した。


「えへへ、すごいね!」


無邪気な笑みを向けられ、さらに一歩子狼は後ずさる。

しかしアリスは続けてこう言った。


「じゃあ、おかえしね」


アリスの姿が一瞬ぶれる。

次の瞬間にはアリスの顔は真っ赤に濡れていた。

口元には肉片が。

子狼の右足の指が食いちぎられていた。


子狼は啼くこともなく、ただドクドクと血が流れる自身の足先を見つめていた。

そこに大狼がそっと近寄る。

またマリアもアリスに近づき、口元を自身の服で拭った。


「もう、せっかくおめかししたのにこれでは台無しですね」

「んぅ~」

「はい、綺麗になりましたよ」

「ん、えへへ。ありがと」

「いえいえ」


大狼は子狼を鼻先でこつんと小突く。

そして欠損した前足をペロっとなめた。

すると瞬く間に血が止まる。


子狼はアリスの元へ今度はおびえることなく近寄ってきた。

そして食いちぎられたアリスの腕をぺろぺろとなめてくる。


「ごめんなさい、だそうですよ」

「え?」

「その怪我ですよ」

「??」


血も流れていないその腕をまた眺める。

痛みもない。

アリスはそんな自分の身体を不思議そうに眺めていた。


「ねぇマリア」

「はい?」

「ぼくって、なに?」


子狼はすりすりとアリスに甘えるように頭を押し付けている。

そんな子狼の頭をなでながら、アリスはマリアにそう尋ねた。



マリアは薄く笑みを浮かべるだけでなにも答えなかった。





『ミルの木』

根本に小動物を生息させる。彼等に果実を落とし、雨風を凌ぐ場所を与える。

代わりに糞や死骸を根本に置かせて栄養を得る。

その果実は栄養も豊富だが高い中毒性を持っており、一度食べれば強い依存性を発揮する。

とはいえ直接的な実害はなく、そのままでも問題はない。

そのおかげか分布している範囲こそなかなか広まらないものの、外敵がほとんどいない。

どころか、周辺の植物にさえこの実に依存するものもあり、植物たちですらその実を得るためにミルの方へは根を伸ばさない。ミルの木は周辺に植物がいるとわかるとその方へ枝を伸ばし、その枝に実をつけてわざと転がす。

この世で最も慈悲深く狡猾で恐ろしい植物。


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