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第003話「初めての外出」


「はははっ、くすぐったいよぉ」


部屋の中央で小動物たちに群がられながら戯れるアリス。

初めて小動物と対面したあの日から7日が経過していた。

7日間でフランベール以外の様々な動物たちと対面していたアリスだが、対面した動物たちすべてあっという間にアリスに懐いてしまう。

アリスもそれを当然のことのように受け止めて戯れ始めるのだ。


今もそうである。

肩には紺色の鱗をもつ蜥蜴をのせて、

頭の上と右手指には極小の四翼を持つ小鳥をとまらせ、

膝の上には全身に葉っぱほどの大きさの鱗をもつネズミが丸まって眠っている。


これらの動物もついさきほどアリスと顔合わせしたばかりだった。

先日つれてきた『フランベール』ほどではないにしても、ここにつれてくるのはすべて野生動物であるため警戒心は非常に高い。

それなのにこの現状である。彼らの生態を詳しく知る人間がいたら驚愕していただろう。


「アリス、聞いていますか?」

「え?」

「戯れもいいですが、講義の途中ということを忘れてもらっては困ります」

「あ、うぅん。ごめん」


舌足らずな声で、そうも笑顔で元気よく謝られるとこちらも毒気を抜かれてしまう。

この7日間マリアもただ、アリスが小動物と戯れる姿をみていただけではない。

小動物を連れてくる度に彼らの生態や体内構造など、知り得る知識をすべて語って聞かせていた。

そうしたらいつの間にかある程度の言葉を身につけてしまっていたのだ。

言葉に関しては正直どう教えていけば良いか悩んでいたがこの調子ならばそこまで心配することもないだろう。

アリスの教育は思いの外順調に進んでいたのだった。


だからついアリスと小動物が戯れる光景にほっこり見とれてしまい、無為に時間を浪費してしまったなどということはない。たぶん。

仮に見とれていたとしても「無為な時間」などということは決してない。


「その紺色の鱗の蜥蜴ですが、『円紺蜥蜴』といいます。爬虫類にしては珍しく群を形成する特性があるんですよ」

「むれ?」

「同じ種が集まって、協力して生活しているということです」

「ほー」

「彼らは、体表の白い円模様が大きければ大きいほど、多ければ多いほど優秀な個体だと判別します。なので群の中で一番大きく沢山の円模様を持つ個体が群のトップであることが多いですね」

「コレは?」

「その子は体に小さな円が2つしかないでしょう? 恐らく弱個体として群から追いやられたのでしょうね。私の元へ来たときには同種のものと思われる爪痕が多数ありましたから」

「そっかー」


腕ほどの長さのある蜥蜴を抱きすくめ顔をのぞき込むアリスに、円紺蜥蜴は目を瞬き、時折首を傾げたりしていた。

彼ら小動物たちはすべて元は野生の動物たちである。

だが群れを追いやられたり怪我をしたりしたモノたちでもあった。

家の外にいる大型動物たちもまた同じく傷つき、野生で生きていくことができなくなったモノたちだ。


マリアはアリスが生まれる以前からこの森で『生きていけなくなった』動物たちを保護し、庭や家の中で療養させていた。

特に動物たちに思い入れがあるわけではないが、アリスが生まれるまで長い間この地に暮らしていた身としてはあまりにも『手持無沙汰』だったからだ。


最初は1匹2匹ほどだったのだが次第に数が増えていったのである。

もちろん完治した動物たちの中には野生に帰るモノたちもいた。というかそちらが大半だ。


けれど残り少数の彼らは、群れを追われた結果帰る場所がなかったり、躰の欠損によりマリアの補助なしに生きていくことができなくなったために野生に帰れずここを住処としていた。


彼らがまさか『アリスの教育』に役立つ日がくるとは計算外だった。

嬉しい誤算というわけである。

もっともアリスの今後を考えれば、彼ら『生物との接触』は避けられないものではあったのだが。


アリスに抱きかかえられた円紺蜥蜴は細い舌をちろちろさせてはアリスの肩に戻ろうともがいていた。

元気なものである。


「その子はもう怪我は完治しています。もともとは片後脚が欠損していて、左目もつぶれてしまっていたんですよ。体も傷だらけでした」

「そなの?」

「はい、今ではすっかり元通りですね。ですがこのまま群に戻したとしてもまた同じように群から追い出されてしまうかと」

「おー」

「ですから『教材』として有効活用させていただきましょう」

「あい!」


満面の笑みでこちらに微笑むアリスは生まれたばかりの頃とは考えられないほど表情豊かになっていた。

やはり自分以外の生物との触れ合いはアリスの感情形成に多大なる影響を与えているようだ。


(そろそろ小型動物だけではなく大型動物にも触れ合う機会を作ってみますか)


円紺蜥蜴を胸に抱きかかえテトテトとマリアに近付いてくるアリスを見ながらそう考えたのだった。




部屋の窓際にはかつてこの部屋でアリスと戯れたフランベールの白骨標本が飾られている。




◇◇◇



「なにしてるのー?」


アリスが裾をひっぱりながら見上げてくる。

台所で作業をしていたマリアは作業を中断し、手袋を外してアリスと目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

つい先日までハイハイしかできなかったアリスは、すこし危なげではあるが一人で立ち上がることができるまでになっている。


「食事を作っているんですよ」

「しょく、じ?」

「はい。見ますか?」

「うん!」


歩くことができるようになったアリスは一気に活動範囲が増えた。

ちょっと目を離せばいつの間にか彼女の部屋から抜け出しトコトコと家の中を歩き回っている。

家の中にはまだアリスには危ない場所もあるので


「よっと。ほら、見えますか?」

「おー、おにく!」

「そうですね。今はフェンリル用の餌を準備していたので」

「ふぇん、りる?」

「フェンリルです。大狼ですよ。ほらあの子です」


アリスを抱えながら窓に近付く。

庭では大小様々な動物たちが寝そべったり、飛び回ったりして思い思いに過ごしていた。

そのうちの一匹。

芝の地面に伏せて、丸まりながら寝息を立てている大きな狼を指さす。


「おっきい!」

「......餌の準備ができたら外に出てみましょうか」

「え!?」


急に窓の外からこちらへ視線を移す。

初めて出会った動物に向けるよりもさらに目を爛々とさせていた。

窓の外を知ってからアリスが外に出ることを望んでいたのは知っている。

マリアが本を読み聞かせているときや、小動物を目の前にしていないときは窓に張り付いて外を眺めていたのだから誰でも察する。

それでも「まだ早いのでは?」「せめてもう少し知識を身に付けてからでいいのでは?」という思いは取れない。


だが、まさに今外に出れることに喜ぶアリスを見ていると「まぁいいか」と思ってしまうのだった。


「はしゃぐのはいいですが、その前に着替えておきましょうね」

「きがえ?」



場所は変わってマリアの寝室。

部屋の広さも調度品もアリスの部屋とさほど変わらない。

違いと言えば衣装タンスが一つあるくらいだろう。

その中からいくつか子供用の服を取り出す。


「こっち、いえコチラですかね?」


真っ白な髪のアリスにはやはり真っ白なワンピースがいいだろうか。

いやあえてここは寒色の肌着にパンツルックにしてボーイッシュにするか。

悩み所だった。


「マリア、ながい」


約半刻ほど着せ替え人形にされていたアリスはぐったりとベッドに寝そべり、胡乱な眼差しでマリアを見つめている。

どうやらアリスは『動物たちへの好奇心』はあっても『自身を着飾る』ということにはあまり興味を持てなかったようだった。

だが、


「そうですか? でも折角貴方が初めて外に出るのです。いくら言葉をもたない動物たちしか周りにいないにしてもそれなりの装いというものがですね?」


この過保護者を止めることはできない。

そもそもこの衣装ダンス自体入っている衣類は全てアリスのものだ。

マリアの衣類は一つも入っていない。

しかもそのアリスの衣類は全てマリアの手で一から作成したものばかりだった。

気が遠くなるような時間待ち望んだ子のためにと作成してきた衣類は百着を軽く超える。

我が子のためならば一切の妥協を許さないのがマリアだった。


「ここはあえてシンプルに。いやでも……」

「うぅ〜」


かくして。ようやくマリアの満足いくコーディネートが決まったのはそれからさらに半刻ほど過ぎてからだった。



◇◇◇


「では準備はいいですか?」

「うん!」


玄関前で元気に応えるアリスはシンプルな無地の白ワンピースに身を包んでいた。

一刻も悩んだ挙句マリアが選んだコーディネートはアリスの髪色に合わせ、よりアリス自身の魅力を引き立てさせるためだとかなんとか。


正直ファッションセンスやコーディネート以前に衣類に対してそこまで思い入れも何もないアリスからすれば、さっさと決めて欲しかったというのが本音だった。


「まって!」

「どうしました?」

「アリス、あける!!」


ふんすと鼻息を荒げ、背伸びをしながらアリスは扉のノブを掴んだ。

昨日まではまだ立つこともできなかったはずなのに今はもう立ち上がり歩き回れるほどにまで成長していたアリス。

けれどまだ体自体は5歳前後の人間の子供のソレなのでドアノブを掴むのにも一苦労だ。

それでも自らの手で外への扉を開いてみたいという要望がマリアは素直に嬉しかった。


「ふわぁ......」


扉を開き、初めて外にでたアリスの第一声は感嘆だった。


鬱蒼とした森の中で家の周辺のみは切り開かれており、日光が一面に生い茂った芝の朝露に朝露に反射してキラキラと輝いている。

どこからか鳥のさえずる声も聞こえ、アリスは胸いっぱいに息を吸い込んだ。


家の中ではいまだに嗅いだことのなかった深い土の匂い。

多分に水気を含んだ空気。

そして暖炉の火とはまた異なる温かみを帯びた、真上から降り注ぐ日光。

アリスは我を忘れて家から飛び出し、芝生を駆け回った。


「アリス?!」


急に飛び出していったアリスを追いかけてマリアも庭に出る。

庭に出るとマリアはその光景に思わず目を奪われてしまった。


「あははっ」


くるくる跳ね回り、

飛び上がっては駆け回る。

これでもかというくらいに両手を天に伸ばしては、

地面に寝転んで土まみれになる。


日光を浴びて白髪は輝く銀髪に見えた。

真っ赤に輝いて見えたつぶらな瞳は、より一層爛々と煌めいているようで。

土に汚れ、芝が髪についてしまって、それでもその少女の弾けんばかりの笑みは見るものすべてを魅了した。


家の近くで身体を休めていた動物たちも、

森の中から聞こえていた鳥たちのさえずりも、

つい先ほどまで外に出すべきか悩んでいたマリアでさえも、そんなアリスの一挙手一投足に目を奪われ何も言えないでいる。


そんな中ひとしきりはしゃぎまわったアリスは息を荒げながら地面に仰向けになり、一言こうつぶやいた。


「きれい......」

『円紺蜥蜴』

艶やかな紺色の鱗をもつ蜥蜴。

体表には大小の白い円形の模様を持ち、外敵に接触した際は体表の円を巨大な目に見立てて威嚇する。

湿気の多い所を好んで生息し、主に苔や木の実を食す。

体表の鱗の美しさから観賞用に人間に乱獲され、絶滅危惧種に指定されている。

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