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第001話「誕生日」

手をつけてから4年くらい空いてしまいましたが、改めて書き直していきます。

お付き合いいただけましたら幸いです。


アイランヘイム大陸には遥か昔から、『原初の樹海』と呼ばれる途轍もなく広大な大森林が存在していた。


標高4000mを超える山脈や、太陽光が一切届かないほど深い渓谷、果ては向こう岸が見えないほど巨大な大湖など。

様々な地形や気候を生み出すほどのとてつもなく広大な大森林。

当然そこには未だ人類が知らない多種多様な進化を遂げた植物や生物、未発掘の資源や宝石が眠っていると考えられていた。


ともなればまだ見ぬ資源を求め、人々がその森に手をかけようとするのも至極当然の流れだろう。

けれどその原初の樹海周辺に住む人間たちであれば、まずその樹海に入ろうとは考えない。

むしろ彼らはその樹海に怯え、恐れ、神のように敬っていた。

ただただその樹海への恐怖ゆえに。


それでも好奇や資源に心を動かされ、地元の者の止める声にも耳を貸さずに森に分け入っていく者は後を絶たなかった。


そんな者たちがまず初めに目にするのはどこまでも続く暗闇だった。

森の木々はどれも天高く伸び、日光を浴びようとこれでもかと枝葉を伸ばすため日中でも50メートルほど進んでしまえばほぼ日の光は入らない闇の世界となる。

それを知らずにきちんとした装備もなしに挑めば、まともに歩むことすらできず容易に迷ってしまうだろう。


その次は足場の悪さ。

その樹海の地面はどこまでも天に伸びた巨木を支える根があちこちから顔を出し、中には成人男性の身長と並ぶほどの直径を持つものまである。


その上、樹海は外界と異なる独自の生態系を築いるためそこにしか生息していない植物が生い茂っており、中には大型動物すら捕食してしまう植物まで存在した。


そんな森の中でも生存権利を勝ち得た生き物は多くいる。

動物たちは大きく、また外の世界とは全く別の食物連鎖を構築している。

人間の体長を超える巨大な昆虫や、人間では知覚できない超音波でコミュニケーションをとる鳥類。

罠を仕掛け身を潜めジッと獲物を待ち続けているものなど命の危険に関わる事柄をあげたらキリがない。


しかし、

ここまではあくまでも『戻ってくることができた』者たちの話から積み重ねられた樹海への注意だ。

それ以上の『なにか』に遭遇した者たちは語る口を持たない。

当然そんな樹海に入り、無事に戻ってきたものは極わずか。

しかも戻ってきたものたちのほとんどが茫然自失とした状態だった。

中には森に入ることはおろか室内から外に出ることすらトラウマになってしまう者すらいたという。


そのため、当時その広大な樹海に面する国はいくつか存在はしていたがそのどこもが樹海を恐れ、決して森を切り開こうとは考えなかった。

当時を知るものは皆口を同じくしてこう言った。


『あれは森ではない。一匹の化け物だ。』


それ以来、原初の樹海を切り開こうとするものは現れなかった。


◆◆◆


そんな樹海の奥深く。


雲まで届くほど高く連なるソルス山脈の麓には、空にぽっかりと切り開かれた空間が一つ。

円形状に木々が切り開かれたその場所には多種多様な生物が集まっていた。

透き通った結晶の角をもつ雄鹿、不定形の粘液生物、四翼の極小の翡翠、三本尻尾の大狗。他にも様々な生物たちがその開けた空間に密集している。


彼らは総じて怪我や病気を抱えていた。

結晶の角をもつ雄鹿は右側の角が折れており、また右側の耳と目が傷により欠けてしまっていた。

不定形の粘液生物の身体には所々暗緑色に変色した部位が点々と発症している。

極小の翡翠は嘴が大きくかけていたり、翼に添え木がされていた。

三本の尻尾をもつ大狗は前足に包帯が巻かれている。


そんな彼らの中には捕食者、非捕食者が入り混じっているにも関わらず一切争うそぶりを見せてはいなかった。

ほとんど動きもせず、鳴き声一つあげずただじっとある一点をみつめている。


その視線の先には煉瓦と木造作りの赤い屋根の家が立っていた。

周囲には庭園のような一画や畑のような区画があり、家自体にも蔓が絡みついており様々な花々が咲き誇っている。


そんな場違いな家の扉が内側からひっくりと開かれた。

中から出てきたのは白衣に身を包んだ女性だった。


「皆さん、おはようございます」


ボブカットの桃色の髪と、病的なまでに真っ白な肌。

瞳は透明感のある褐色をしていた。

かるく伸びをした彼女は、左手にバケツを持ちながら植物が生えている一画に歩いていく。


「収穫はもう少し後ですかね」


人の頭ほどの大きさのハエトリグサのようなものを見ながらそうつぶやくと、バケツから生肉を取り出してぱっくりと開いた口に投げ入れる。

すると巨大な植物はまるで動物の様に生肉を補食し、咀嚼をはじめた。

それを見届けると白衣の女性は他の植物たちの世話を始める。


サボテンのような巨大な植物に水をあげ、ゆらゆら揺れ続ける小さな白い花に真っ赤な液体をふりかける。

カーテンのような蔓を垂れ降ろす若木の様子をみては、葉も花も一切つけていない枯れ木の様な木に水をあげていた。


そんな様子を庭先に集まっていた動物たちは端からじっと見つめている。

警戒も威嚇もせず、ただ少しそわそわしながらじっと待っていた。


一通りすべての植物の世話を終えると白衣の女性はまた家の中に入っていく。

次に出てきたときには彼女は両手に先ほどのよりも大きなバケツをもっていた。


「おまたせしました」


その声に動物たちは彼女の方へわらわらと集まってくる。

一匹一匹なでては餌を食べさせ、その隙に彼らの身体に巻かれた包帯をかるくめくって傷の具合を確かめる。

彼らは療養中だった。

彼らの怪我やら病気の様子を確かめて一通り異常がないことを確認した彼女は家の中に戻っていった。


◆◆◆


コツコツと堅い音が薄暗い地下室に響く。

ランプも蝋燭もない地下空間だが、時折壁に設置された燭台がちかちかと怪しげな光を放ち周囲を照らしている。

床や壁には、大小様々なチューブや電気配線がまるで覆い隠すかのように伸び、毛細血管のように張り巡らされていた。

地下室に降りた白衣の女性はマグカップ片手に、チューブや電気配線を跨ぎながら部屋の奥へと進む。


その薄暗い地下室の中で一際強くきらめく巨大な水晶。


成人男性ほど大きさで、内部はエメラルドグリーンに染め上げられ、時折その水晶内部では小さく音を立てながらボコボコと泡が弾けていた。

横に設置されているモニターやメーターが装備された機械からは静かな駆動音が鳴り、埃まみれになっていてもこの部屋のシステムは起動中だということを示している。


『人工感情基盤プログラムインストール…99% 残り時間…5秒』


水晶の横に設置されたモニターにはそんな文言が表示されていた。


「なんとか間に合いましたかね」



『人工基盤感情プログラムインストール…100% 完了しました。

実験体:I-041 への全てのプログラムのインストールが完了しました。

起動しますか? 《はい》 《いいえ》』


モニターの表示された文言が変わる。

白衣の女性は近くのテーブルにマグカップを置き、モニターの前で軽く息を整えると震える指先で《はい》を押した。


たったそれだけの動き。

けれどまるで全力疾走した後かのように力が抜けてしまった彼女は、近くの椅子に音をたてて座り込んでしまった。


急に目の前の巨大な結晶内から急激に泡が弾け始める。

横にあるモニターは赤色に点滅し、メーターは全てレッドゾーンへと振り切れ、けたたましいサイレンが鳴り響き、駆動音も大きく唸りを上げていく。


暫くすると結晶内のエメラルドグリーンの溶液がだんだんと減っていき、3割方それが排出されると溶液の中から何かが姿を見せ始めた。



それは純白であった。

それはガラス細工のようであった

それは天使のようであった。



溶液にぬれたそれは4、5歳くらいの幼い少女。

純白の長髪に、雪のような白い肌。

睫毛は長くどこか神秘的な雰囲気を漂わせ、顔立ちは幼さの中に美しさと可憐さを同居させている。

まるで触れればそれだけで壊れてしまいそうな様。



そんな少女は結晶内部で未だ目を伏せたまま微動だにしない。

まるで精巧な人形のようだったが、微かに胸のあたりが上下していることが少女が息づいていることを示していた。

暫くすると、ついに内部の溶液が全て抜けきれ、


『人工生命体育成培養器内の溶液排出が完了しました。

 育成培養器から対象を排出します。』


その文言を最後にモニターの電源が落ちる。

と同時に結晶の前面がスライドしはじめた。

ゆっくりと動くそれは完全に開ききる。

その駆動音が意識を戻すきっかけとなったのか、真っ白な少女は微かに苦悶を顔に浮かべながら覚醒した。


真紅の瞳。

美しい宝石のようなそれらは最初虚ろではあったが瞬きを繰り返し、時間と共にはっきりと焦点を合わせていく。

柔らかい、赤子のような手足もゆっくりと動かし始めた。

まるで自分の体を確かめるようにしばらく諸動作を繰り返すと、ゆっくりと培養器から外へと向かって足を出す。

けれど、まだ身体を動かすのに慣れていないのか培養器の淵に蹴躓いて顔からポテッと音を立てて倒れた。空気が止まる。


「……大丈夫ですか?」


あまりの静けさに居た堪れなくなったのか、白衣の女性が椅子から立ち上がり少女に近付いた。

チューブが張り巡らされた床にゆっくりと手をつき起き上がった白い子供は、ルビーのような瞳を大きく見開き、ぽけーっと口を小さく開きながら彼女を見つめた。


「私の言っていることがわかりますか?」


まるで我が子を愛でるかのような柔らかい声。

少女はその言葉の意味することが理解できたのかできていないのかコクンと首を傾げた。


「ぅー…...?」


小さく唸る。

白衣の女性も思わず同じ方向に首をかしげる。


「聞こえてますか?」

「…...?」


 その声に応えるように今度は逆側にコクリと首を傾げる。


「一応聴覚には問題なさそですね」

「うーぁー…」

「聴覚から情報処理領域への伝達処理は滞りなく行えているようですが」


「……??」


 ぺたんと床に座り込みひらすらキョロキョロと辺りを見回す少女。

 しゃがみこんだ白衣の女性はぽりぽりと頭を掻きつつ溜息を吐く。


「そういえば言語能力に関してはほぼ手付かずでしたね。感情や自己認識に関しては心配なさそうですが、まだそれを言葉にすることはできないということですか。まずはそこから始めていきましょう」

「うぅー?」

「...…ふふ」


パタパタと腕を振りながら、なんとか自己主張をしようとする姿はこれ以上ないくらい愛らしく、白衣の女性もその愛おしさに感じ入っていた。


「まずは自己紹介ですね。私は《マリア》です。わかりますか?」


ゆっくりと紡がれるそれは、たった今生まれたばかりの幼い子の頭でも聞き取れるように気遣った優しいものだ。


「ま、り......?」


舌足らずな声で応える。

ようやく言葉らしきものを発音することができたようだ。


「はい、マリアです。お好きなように呼んでくだされば」

「マ......マ?」


その言葉の意味するところを知ってか知らずか、復唱された言葉を確かめるようにつぶやく。

偶然で生まれたそのワードのあまりのダメージに思わず面食らってしまった。

結果として好きなように呼ぶように言っておきながら、その呼び名一択で押し通すことにしたのだった。


「はい、そうです。私が貴方の《ママ》です。それ以外ありえません。《ママ》と呼んでください」

「マ......マ、ママ。ママ!!」


またもやパタパタと腕を振りながら嬉しそうに何度も何度も口にするその子を眺めながら彼女は思案する。


「名前や固有名詞はさておき、日常会話で使われるような言葉から教えなくてはなりませんね。これは存外骨が折れそうです」

「なま、え…...」

「そう。なまえ、です」


すると子供はプルプルと首を横に振った。


「なまえ…なまえ…!」


白衣の女性は、なんとか自己主張しようとする様にようやくその意味を悟る。


「もしかして、自分の名前を聞いているのですか?」

「なまえ!」

「ふむ。この様子だと『名前』が何かは理解しているのでしょうか。知識に関しては一応基本的なものはインストールしたのでその引き出しと言語の結びつけが今後の課題ですかね」

「……?」

「おっと、あなたの名前ですね。大丈夫、きちんと考えてありますよ。

あなたの名前は《アリス》です」


「あ…..りす…...?」


「そう、あなたの名前はアリスです。

お誕生日おめでとう、アリス。

私の同胞。私の娘。私の妹。私の後継。あなたの誕生を心からお待ちしていました。

私はあなたの母であり、姉であり、教師であり、友であり、この世で唯一の家族です。

これから一緒にいっぱい、いっぱい生きていきましょう」


一体この時をどれほど待っただろうか。

一文一文、一言一言、一語一語にあふれんばかりの思いを詰め込んで彼女はアリスに話しかけた。

この狂おしいほどの親愛がちゃんとこの子に伝わるように。

一方アリスは己の手のひらを暫し見つめたあと、虚空へと視線を移してつぶやいた。


「あり…...す?」


人類領域のはるか彼方。

太古より存在する原初の樹海の奥深く。

獣やモンスター、生きとし生けるものがまったくと言っていいほど近づかないとある地下室でついに。


白いバケモノは産声をあげた。




「……《おねぇちゃん》と呼ばれるのも捨てがたいですね」



「……??」

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