勝利への道 ~第1節 ズメウスブレス戦(アウェイ)Part5~
武戒たちは試合開始時と同じように自陣ピッチで円陣を組んだ。
キャプテンの柳塚はチームメイトの顔を見回して、
「監督の言った通りだ。俺たちは今まで数多くの強敵と戦ってきた。その全てに勝つことは出来なかったが、圧倒されてまるで勝負にならなかった試合というのは一試合もなかったはずだ。負けて恥じるような試合は一回もしてこなかったはずだ。俺たちがこんなところにいる経緯はどうあれ……これがサッカーの試合であれば、相手は関係ない。今まで通り全力で立ち向かうだけだ。いくぞ!」
「はい!」
「おお!」
他の十人はそれぞれの気合いの言葉で応え、円陣を解いて自分のポジションに走った。
敵陣では、すでにズメウスブレスイレブンがポジションに着いている。10番ドラコを中心に前線に並ぶ五人のFW。その後ろに二人のMF。さらに後ろに三人のDF。最後尾でゴールを守るGKファブニル。
両チームともに選手交代、布陣の変更はなかった。
ズメウスブレス布陣
FW 7ドレイク 9バアン 10ドラコ 17スロルグ 11ヴルム
MF 14ラドン 8ニーズヘッグ
DF 2ロボロス 4イルル 5ハムート
GK 1ファブニル
アージャスレプリゼント布陣
FW 9倉光 11天野
MF 5根木島 6柳塚 14武戒 10柊
DF 3弓 4生田 2木住野 15梶江
GK 1源馬
後半はズメウスブレスのキックオフで試合が再開された。
FW天野と倉光がボールホルダーのバアンに挟み込むようにプレスを掛ける。バアンは前方にいるドラコにパスを出した。が、そのボールはボランチ柳塚がインターセプトで奪う。それを見た天野と倉光は敵陣に駆け上がる。
(※インターセプト:相手のパスボールをカットして奪うこと、パスカットとも)
柳塚にはスロルグとヴルムがプレスを掛けてきたが、柳塚はそれをぎりぎりまで引きつけてからパスを出した。受けたのは武戒。パスを出すと同時に柳塚も前線に走っている。右サイドの柊も走り、武戒の前には、天野、倉光、柳塚、柊、四人の選手がいる。すなわち四通りのパスコースを選択することが出来る。
ズメウスブレスのFW陣は、ヴルムとドレイクだけが守備に入り、ドラコ、バアン、スロルグは前線に張ったまま。MFラドン、ニーズヘッグ、その後ろの三人のDFも天野たちに対する守備陣形を張りつつある。
FWの天野と倉光は最も深く敵陣に入り込んでいるが、それぞれ二人ずつマークが付いている。右タッチライン際にいる柊にも二人。もっともマークが緩いのは中央左よりでFWヴルムひとりだけにマークされた柳塚だった。武戒の選択は、
「突っ込んで来ただと?」
最後尾でピッチ全体を眺めていたGKファブニルが呟いた。
武戒はパスは出さず、自らドリブル突破という第五の選択をした。ボールを奪われた場合のカウンター対策として、根木島と梶江が武戒の後ろを固める。
ニーズヘッグは自分が担当していた倉光のマークをゴール前に残っていたDFイルルに受け渡し、武戒に向かって行く。武戒の前に出たニーズヘッグが羽を広げたため、武戒の視界からゴールと天野、倉光の姿が消えた。
ドリブルをしながら走る武戒は、ニーズヘッグに急接近する。
「武戒、かわすか? パスか?」
後ろからその様子を見ていた根木島が呟く。
武戒はそのままドリブルで突進した。ニーズヘッグの両脚の間には長い尾が見える。股抜きは不可能だが。
武戒はニーズヘッグと相まみえる瞬間、ボールに右足を乗せ手前に引く、そのまま体を反時計回りに回転させて、引き戻したボールを左足に持ち替えるとドリブルを継続、上体を低くしてニーズヘッグの左羽の下をくぐり抜けた。
「出た! マルセイユルーレット!」
「何だと!」
(※マルセイユルーレット:ボールを軸に体を回転させて相手を抜き去る技。この技を生み出したフランス代表ジネディーヌ・ジダンの故郷から名付けられた)
根木島は拳を握り、ニーズヘッグは振り返りながら叫んだ。
「ハムート! イルル! マーク離すな!」
GKファブニルの声が飛んだ。DFハムートとDFイルルにマークされていた倉光は、二人の視線が同時に武戒に向いた瞬間、二人の背後に入り、その視界から消えた。
マルセイユルーレットでニーズヘッグを振り切った武戒から、倉光にボールが出された。
ピッチを転がるグラウンダーのパスをトラップした倉光は、再びマークに遭う前に右脚を振り抜く。ゴール左隅、ポスト内側ぎりぎりに飛んだそのボールは、しかし、横っ跳びしたファブニルの右手で弾かれ、ゴールラインを割った。
「くそっ!」
シュートした勢いで倒れ込んだ倉光はピッチを叩いて悔しがった。
「倉光!」
「倉光さん!」
柳塚と武戒が倉光のもとに駆け寄る。
「すまん……」
柳塚に手を握られて立ち上がった倉光は二人に詫びたが、武戒は笑顔で、
「凄いですよ、倉光さん。あのGKに尻尾じゃなくて手でセーブさせたんですから」
柳塚も頷いて、
「武戒の言う通りだ、倉光。あいつらだって、横に跳んでセーブするときは手を使う。俺たちと何も変わらないんだ」
「……ああ、ヤナ、武戒、サンキュー」
「さあ、コーナーキックだ。チャンスだぞ」
右サイドにいた柊がコーナーキックのキッカーを務めるためゴール前を横切る。その途中、
「魅せてくれたな、武戒」
歩きながら武戒の胸を叩いた。
「はは、倉光さんに続いて、次は柊の番だぜ」
「ああ……」
柊はボールがセットされたコーナーに向かった。
アージャスレプリゼント側からは、こぼれ球を拾われてのカウンター対策として自陣に残ったMF柳塚とDF木住野の二人とGK源馬を除いた全員が敵ペナルティエリア内に立った。
「コーナーキックでも、あの三人は守備に入らないのか……」
柳塚は、前線に残ったドラコ、バアン、スロルグの三人を見て呟いた。
「もしこぼれ球をクリアされてカウンターを受けたら、源馬さんを入れても同数ですね」
その隣で木住野が不安そうに言う。
「ああ、だが、その分、敵陣で守備をする選手の数は減っている。チャンスだ」
柳塚が言い終えたところで主審の笛が鳴り、柊は片手を上げた。コーナーキックを蹴る準備が整った。
ズメウスブレス側ペナルティエリア内には、総勢十五名の選手たちが各々の優位なポジションを確保しようとひしめき合っているが、武戒ら人間は、大柄な竜人たちの陰に隠れてしまっている。チーム一長身の生田も、数少ない身長で相手が出来るドラコとスロルグが前線に残っているため、その頭は竜人選手らの中に埋没してしまっていた。
柊がコーナーからボールを蹴った。そのボールはペナルティエリア角付近に向かって転がる。
「ショートコーナー!」
(※ショートコーナー:コーナーキックにおいて、ゴール前に直接ボールを蹴り入れるのではなく、一旦ピッチ上に出してから攻撃を行う戦術)
ペナルティエリアから一番柊に近い位置でそれを目撃していた、DFハムートが叫んだ。
柊がボールを蹴ると同時に、ゴール前の乱戦から二人の選手が飛びだした。ひとりはボールが転がった先へ、もうひとりはコーナーキックが蹴られた反対のタッチライン側へ。
ボールに向かったのは武戒だった。ボールを止めた武戒は、すぐさま反転して右脚を振りかぶる。
「打たせるな!」
GKファブニルの指示で何人かが武戒のもとへ走り、シュートコースを塞ぐ。
武戒は顔はゴールに向けたまま、振り下ろした脚の軌道を途中で変え、スパイクのアウトサイドでボールを真横に蹴った。
「シュートじゃない!」
武戒の正面に立ちふさがったラドンが叫んだ。真横に蹴り出されたボールは、ゴール前から飛びだしたもうひとりの選手の足に渡った。FW天野だった。
ゴール前に残っていたアージャスレプリゼント選手は、相手選手に体を寄せて押し合う。そこに、天野からゴールまで、ほぼ一直線にシュートコースが空いた。天野は左脚を振り抜く。
低空で放たれた天野のシュートは敵にも味方にも触れることなく、まっすぐにゴールへ向かった。シュートコースの先に見えるゴールネットにあとは突き刺さるだけ、かに思えたが。
「うおぉぉ!」
ゴールはまたしてもGKファブニルの手によって阻まれた。ファブニルは今度は、両手でがっちりとボールをキャッチした。
「く、くそ……」
思わず膝を付いた天野だったが、すぐに体を起こすと、ファブニルが蹴り出したボールを追って自陣へと戻った。
「こいつら、前半とはまるで動きが違う……」
ボールの落下地点に立ったドラコが呟いて、横目でアウェイ側ベンチを窺う。
監督、明智川は、腕を組み長い髪をなびかせながら、ピッチ上の戦況を眼鏡の奥から鋭い視線で見つめていた。