ハーフタイムにて ~第1節 ズメウスブレス戦(アウェイ)Part4~
武戒たちは控え室に戻った。
主審の笛が鳴り、ピッチから戻る際にも、満員のスタンドからは自軍ズメウスブレスを、10番ドラコを讃えるコールが鳴り止むことなく降り注いでいた。
控え室のベンチに座った選手らは、ゼップが用意してくれた水を飲み、汗で濡れたユニフォームを着替えている。その誰の表情にも強い疲労が色濃く浮かんでいた。
「柊!」
監督明智川の声が飛んだ。新しいユニフォームに袖を通したばかりの柊は、小さく「はい」と返事をして監督の顔を見た。その顔にも例外なく疲労が貼り付いている。
「サッカーって、どうやったら勝つんだ?」
「……え?」
明智川が投げかけた質問の意味が分からない、とばかりに柊は黙った。武戒を始め他のメンバーの顔にも、疲労の上に呆然とした表情が被さった。
「どうやったら、って……」
柊は困惑しながらも、
「相手ゴールにボールを入れる。正確には、ゴールポスト間のゴールラインをボールが完全に越えれば得点が認められます。それをより多くやったほうのチームが勝ちます」
「そうだ」
明智川は控え室の全員を眺め回して、
「お前たちもよく聞くだろ、こういう話。『いくら華麗なパス回しを披露したって一点も入らない』まったくその通りだ。パスに限らない。あらゆる戦略、戦術、個人テクニック、それらは全て、得点を取る、ボールを相手ゴールラインを越えさせることを最終目的として存在しているんだ」
「アッコさん」
汗に濡れたユニフォームを脱いで、未だ上半身裸のままの生田が、
「そんなこと、今更言われなくたって分かってる。みんな分かってるぜ――」
「いや、分かってない!」
明智川はホワイトボードを叩いて、
「お前たちは恐れてる。あいつら、竜人どもの尻尾を、羽を、驚異的な身体能力を。だがな、そんなもの、全然なんてことないぞ」
「いや! なんてことあるだろ!」
「ない!」
明智川は生田の反論を許さず、
「いいか、あいつらがいくら尻尾を振り回そうが、いくらバタバタ羽を羽ばたかせようが、そんなことをしたって一点も入らないんだ! お前たちが喫した二失点は、今までやってきた試合とまったく同じ、ボールを自陣ゴールに入れられた。ただそれだけだ。尻尾とか羽とか関係ない。それはあいつらの手段に過ぎない。あいつらだって同じだ。いくら尻尾や羽で私たちを威嚇しようが、そんなことをしたって一点も取れないって分かってる。あいつらは自分たちの武器である尻尾や羽を、ゴールを取るための、ゴールを割られないための手段として二次的に使っているだけだ! お前たちもそれをやれ! お前たちの武器を、ゴールを取るため、ゴールを割らせないために使え!」
「……俺たちの……武器」
武戒は黙って自分の履いたスパイクを見つめた。
明智川は、捲し立てるうちに顔にかかった長い髪を背中に振り払って、
「お前たちは今まで色々な相手と戦ってきた。立ちはだかる全てを押しのける戦車みたいなドリブルをするやつ。人間業とは思えない華麗なテクニックで翻弄するやつ。キャッチ不能な無回転弾を正確に枠内に蹴り込んでくる機械みたいなやつ。今までお前たちが戦ってきた世界の強豪たちは、今日戦っている竜人たちと比べて劣っているか? 私はそうは思わない。お前たちはびっくりしているだけだ。初めて目にする相手に、戦術に。新しい文化に触れて戸惑っているだけだ。四十五分も戦って、もう慣れただろ。お前たちは若い。これくらいのカルチャーギャップなんて簡単に吸収出来る。……生田、お前はもう歳だから無理だけどな」
選手たちの中から笑い声が漏れた。
「うるせー! その言葉、菊本にも言ってやれ!」
生田が叫んだ控えFWの菊本もオーバーエイジ枠で呼ばれた選手だった。その菊本は戸惑った表情で話を聞いている。
「菊本はまだ十分若いだろ」
「二つしか違わねーよ! 差別すんな! それでも監督か!」
「とにかく!」
明智川は生田の言葉を無視して、
「今の点差はいくつだ? 二点、たった二点差だぞ! 正直、私もあいつらにはびびった。尻尾に、羽に、その身体能力に。だけど、お前たちはここまでたったの二点差に抑えている。人間同士の試合でも前半だけで四点差、五点差空くことだってザラだ。それを、お前たちはあの怪物相手にたったの二点差に抑えている。これは凄いことだ。誇るべきことだ。自信を持て!」
捲し立てる明智川の言葉を聞くうちに、選手たちの顔に闘志が戻ってきた。
「もう時間だぞ、さ、行った行った! 交代はなしだ」
明智川は手を打ち鳴らして選手たちを出入り口へと追いやる。
選手がいなくなった控え室で、ゼップは明智川に、
「見事でした。ここに来たときと、彼らの顔が明らかに変わっていました」
「彼らは若いです。調子に乗れば強いですが、一度ガツンとやられてしまうと、そのままずるずると行きがちになりますから。こうして発破を掛けてやるのも監督の仕事です。ゼップさん、あなたが本当に連れてきたかったA代表と比べれば、彼らはまだまだ未熟です。期待に添えないかもしれない。でも、私たちは覚悟を決めました。全力で、この世界で戦い抜きます」
「監督さん……こちらの都合で勝手に連れてきたというのに。本当に感謝しています」
ゼップは明智川に頭を下げ、起こすと、
「ただ、ひとつ……」
「何ですか?」
「竜人のことを『怪物』というのは、ちょっと……亜人種に対してそれは差別語ですので」
「……気を付けます」
明智川は神妙な表情になって詫びた。
ピッチへと向かう廊下で、武戒は並んで歩く柊に声を掛ける。
「監督がハーフタイムで戦術的な話を全然しないなんて、珍しいな」
「ああ、そうだな。でも、それって、俺たちのやってることが間違ってないってことなんじゃないか?」
「間違ってない……ブレてない」
「そうだぜ。後半は俺たちの武器を出そうぜ、武戒。行くぞ!」
柊は武戒の背中を叩いて走り出す。武戒もそのあとを追い、ピッチに戻った。
アウェイの真っ直中。尾と羽を持つ敵が待つピッチへ。