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リーグアルティーナ ~異世界サッカーリーグ~  作者: 庵字
第1節 ズメウスブレス戦(アウェイ)
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完全アウェイ リルドラスタジアム ~第1節 ズメウスブレス戦(アウェイ)Part1~

「そうです。」


 と先頭を歩いていた男性は立ち止まり、それに釣られて監督以下全員も足を止めた。


「ここが、リーグアルティーナ第1節で我々人間代表チームが戦う〈リルドラスタジアム〉です。控え室にはすでにユニフォームを始め、あなた方が乗っていた乗り物に積み込んであった備品を移してあります」


 武戒(むかい)たちはスタジアムの内部から響く歓声を耳にしながら、壁に空いた出入り口からリルドラスタジアム内部に入っていった。


 案内された控え室は、石の壁、床、まるで太古の神殿を思わせる作りであることを除けば、今まで武戒たちが自分たちの世界で使っていたものとほとんど遜色なかった。各人のロッカー、木板を磨いて作られたホワイトボードの代わりまである。

 ロッカーの中には、見慣れた武戒たちのユニフォームとスパイクがきれいに並べられていた。

 各メンバーは互いに顔を見合わせたあと、「仕方がない」といった表情でネクタイを解き、背広を脱ぎ、ユニフォームに着替え始めた。


「スターティングメンバーを伝える――」


 監督が口を開いた。が、


「おいおい、アッコさん……」

「何だ、生田(いくた)


 アッコさん、とニックネームで呼ばれた監督は、声を掛けてきた長身の生田を向いた。生田はまだネクタイを外してもいなかった。


「本当にやる気なのかよ?」

「……ここまで来て四の五の言ってる場合か? やるしかないんだよ」


 監督は眼鏡越しに生田に鋭い視線を投げた。両者は身長にして四十センチ近く差があるため、下方向から浴びせられたその視線を生田は頷いて受け止め、生田はネクタイに手を掛けた。

 監督は一瞬だけ柔和は表情になったが、再び戻した鋭い視線を今度は全員に投げ、


「改めて、メンバー発表だ。キーパー、源馬(げんま)!」


 困惑していることを押し殺したような顔で、黙々とキーパーユニフォームに着替え終えていた源馬はグローブをはめながら、「はい!」と答えた。


「右サイドバック、梶江(かじえ)! センターバック、木住野(きしの)! 生田!」


 監督が告げるたび、名前を呼ばれた選手は、勢いよく「はい!」と答える。生田の声にも、もう迷いは感じられなかった。


「左サイドバック、(ゆみ)! ボランチは、柳塚(やなぎづか)と武戒!」


 ユニフォームの袖に腕を通したところだった武戒も、ボランチでコンビを組む柳塚とともに、「はい!」と返した。


「右サイドハーフ、(ひいらぎ)!」

「はい」


 柊はいつものように、声量は少ないがよく通る声で返事をする。


「左サイドハーフ、根木島(ねぎしま)!」


「おお!」


 根木島は柊とは対照的に、ドスの効いた蛮声を響かせた。


「ツートップは、天野(あまの)倉光(くらみつ)!」


 返事をしてから天野と倉光は、「よろしく」と互いに拳を合わせた。

 名前を呼ばれなかった選手は控えメンバーとなる。ここにいる選手は全員合わせて十八人のため、先発の十一人に控えの七人を加えると、ベンチ外という選手はひとりもいない。


 全員がユニフォームに着替え終えると、監督を先頭に、十八人の選手たちは控え室を出た。

 控え室を出ると、スタジアムまで武戒たちを案内してきた男性が立っており、


「申し訳ない、選手ばかり気にして、監督さんのお名前を伺っていなかった」


 立ち止まった監督は、やはり身長差がある男性を見上げて、


明智川愛季子(あけちがわあきこ)


 と静かに、しっかりと名乗った。



 ピッチへ続く廊下を選手たちを先に歩かせて、監督、明智川は男性と話をしていた。男性はゼップと名乗った。彼こそが武戒たちの世界に行き、チームを召還した張本人で、バスの運転手になりすましていた人物でもあった。


「どうして、我々が呼ばれたのですか?」


 視線を選手たちの背中に向けたまま明智川が訊くと、ゼップは、


「あなた方がいた世界で最強のチームだからです」

「最強、とは?」

「ご謙遜を。ワールドカップという世界一を決める大会で優勝なさったのでしょう」


 明智川は、ぴたり、と歩みを止めた。ゼップも釣られ、二、三歩ほど明智川を追い越してから立ち止まり、振り向く。


「どうされました? 監督……?」

「……我々ではありません」

「はい?」

「ワールドカップで優勝したのは我々ではありません」

「な、何を? 私は確かに見ましたよ、ワールドカップで日本代表チームが優勝したことを伝える新聞という書物を。人々の熱狂ぶりもこの目で見ました。あの、武戒くんという選手が決勝ゴールを決めたのでしょう?」


 明智川は腕を組んで、


「うちの武戒は、あなたがおっしゃっている武戒の弟です」

「お、弟?」

「ワールドカップで優勝したのは、A代表。同じ日本代表でも、我々は、U(アンダー)‐21代表チームです」

「二十一未満? そ、それは?」

「我々の世界にはワールドカップの他にもうひとつ、世界一を決めるサッカーの大会があります。オリンピックといい、その大会には二十三歳未満の選手しか出場出来ないのです。我々は、二年後に控えたオリンピック出場を目指すために結成された、二十歳までの選手だけで構成されたチームなのです」



 ピッチ出口への距離が短くなるにつれ、歓声は反比例して大きさを増していった。

 一番最初に出口をくぐったキーパーの源馬は、外に数歩足を出すと立ち止まった。

 唸るような歓声が源馬を、その後ろに続く選手たちに降り注ぐ。


「な……」


 袖にキャプテンマークを巻いた柳塚は、ピッチを囲うスタンドのぐるりを見回すと踏み出した足を一歩下がらせて、


「何だこいつら?」


 言葉にこそしなかったが、柳塚以外の全員も思ったことは同じだった。

 スタンドを埋め尽くした観客は明らかに人間ではなかった。人と同じようなシルエットを備え、頭と四肢を擁してはいるが、確実に人間では、武戒たちが知る人間ではなかった。

 その観客の頭部からは(つの)が、ちょうど髪の生え際から後方に伸びるように数本の角が生えていた。その数、長さは個々により一定しない。耳の上から二本だけ生やしたものもいれば、ほぼ顔の上部を囲むように十本近い角を持つものもいる。その目も異様に鋭い。

 声を飛ばすときに見え隠れする口内には、明らかに犬歯というには長く鋭すぎる歯、牙と形容するしかない歯が生えていた。

 出口付近に固まったまま動かない武戒たちを一際強い歓声が襲った。いや、その歓声は武戒たちとは別の出口から出て来た選手たちに向けて浴びせられた、贈られたものだった。


「あ、あいつらが、俺たちの相手?」


 武戒たちの視線は、スタンドからピッチに向かって歩く対戦チームに向けられた。

 観客席を埋めた異様な人間たちと同じ〈亜人種〉の一団が揃いのユニフォームを着てピッチに歩み出す。その選手たちからは、角、牙の他に、武戒たちの視点では、スタンドにいる観客からは知り得なかった新たなる特徴が目に飛び込んできた。


「は、羽……?」

「し、尻尾……?」


 センターバックでコンビを組む生田と木住野が、揃ってその特徴を口にした。

 対戦相手選手のユニフォームのトップスは背中側にスリットが空いており、そこから畳まれた羽が露出している。ユニフォームのボトムスのほうからも、臀部の上部に当たる部分に切り込みがあり、鱗に覆われた尻尾が伸びていた。尻尾は先端に行くに従い細くなり、個人差はあるが、直立した姿勢で地面に届くか届かないか程度の長さがあった。


 対戦チームの選手らは、ひとりの例外もなく皆、武戒たち、人間代表選手にその鋭い(まなこ)を向けている。それが対戦相手への戦意を意味するのか、元々そういう目つきなのかを窺い知れるものは武戒たちの中には誰もいなかった。


「あいつら、これ見よがしにガンくれやがって! なめんじゃねーぞ!」


 左サイドハーフの根木島は、ことさら対戦相手を睨み付けた。


「ほら、そんなところで張り合うな、行くぞ根木島」


 根木島は視線だけを対戦相手に向けたまま、FW(フォワード)の天野に手を引かれてピッチ中央へと足を進めた。

 武戒たちは、ピッチ脇に控えるボールボーイから数個ボールを受け取り、ピッチに入りウォーミングアップを開始した。ボールボーイたちもスタンドの観客、対戦選手らと同じような身体的特徴を備えている。


「ボールは全然違和感ないな」

「ああ、俺たちがいつも使ってるものと大差ない……」


 ボールを軽くリフティングしながら、柊と武戒は言いあった。

 突然、スタジアムに大音量の音楽が鳴り響いた。


「お待たせしました!」


 と、そこに場内アナウンスの声がかぶり、


「リーグアルティーナ第1節。〈ズメウスブレス〉対〈アージャスレプリゼント〉試合メンバーを紹介致します!」


「あーじゃす……何ですって?」

「俺たちのチーム名だろ」


 近い距離でパスの交換をしながら、武戒と、ボランチでコンビを組む柳塚は言った。


 アナウンスは、武戒たち〈アージャスレプリゼント〉のメンバーを淡々と紹介していった。そして、


「お待たせしました! 我らが〈ズメウスブレス〉スターティングメンバーを紹介します!」


 アージャスレプリゼントのときとは雲泥の差の勢いでアナウンサーは絶叫した。それに応える観客の歓声も一段とヒートアップする。


「その鋼鉄の体が全ての攻撃を跳ね返す! 鉄鱗(てつりん)の守護神。1番GK(ゴールキーパー)ファブニル!」


 アナウンスの直後に観客は選手の名前を連呼し、キーパーユニフォームを着たファブニルも片手を上げて声援に応えた。


「で、でかいな……」

「ああ、二メートル以上はあるな……」


 腕を上げて声援を一身に受ける敵GKファブニルを見て、ツートップの天野と倉光は言い合った。

 次々にズメウスブレスのスターティングメンバーが紹介されていき、選手名が読み上げられるたびに観客は大歓声でその名を復唱していく。


 ピッチ脇のテクニカルエリア(監督、控えの選手らが待機するベンチスペース)には、監督明智川とゼップがすでに待機していた。


「今日の相手、彼らは何者なんです?」


 明智川が、ウォーミングアップをしているズメウスブレス選手たちに視線を送りながら訊くと、ゼップは、


竜人(ドラグナー)。いにしえの竜の民の血を引く種族です。ここは彼らのホームスタジアム、リルドラスタジアム。チーム名は彼らの古き呼び名を取り入れた、〈ズメウスブレス〉」

「ドラグナー……」


 明智川は、深く吸い込んだ息を吐き出すと腕を組んだ。


 ウォーミングアップをしていた武戒たち、アージャスレプリゼント選手の顔色が変わったのは、六人目の選手、背番号8番MF(ミッドフィルダー)ニーズヘッグの次の選手が紹介された瞬間だった。


「その俊足は全てを振り切る! 竜人(ドラグナー)のスピードスター! 11番FW(フォワード)ヴルム!」

「七人目がもうFWだと?」


 パスを受けたボールを止めて、左サイドバックの弓が叫んだ。

 サッカーの選手紹介は基本、GKを最初に後方のメンバーから紹介されていく。弓が言ったように、七人目がFWとなれば、残り五人全員のポジションがFWとなるのは必然だった。


「ファイブトップ?」


 ベンチで明智川も唸った。その表情を見てゼップは、


「これがズメウスブレスの戦い方です。超攻撃的サッカー。ファイブトップは彼らの伝統です」


 アナウンスはスターティングメンバー最後の選手の紹介をした。


「大いなる血統。歴史を変える男! 10番FWドラコ!」


 紹介され、ピッチ上の10の背番号を付けた竜人(ドラグナー)が手を上げると、スタジアムはこの日最大級の歓声に包まれた。観客が「ドラコ」の名をコールする回数は他の選手の倍に及んだ。


「10番……ドラコ……」


 U-21日本代表、今はアージャスレプリゼントで10番を付ける柊は、同じ背番号を持つ相手選手を見た。


(※背番号10:サッカーで10番は、司令塔やエースが付ける特別な背番号)


 ドラコのほうも一度だけ柊を見た。ピッチに姿を現したときと変わらない、刺すような鋭い視線だった。

 武戒は少し離れた位置から、敵味方二人の10番を交互に見つめた。

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