他会場では ~第2節 クウェンディアーブル戦(ホーム)Part6~
ホームスタジアム〈ガガースタジアム〉でダークエルフ代表〈アスワドナール〉がケンタウロス代表〈ペリオンギャロップ〉を迎えた試合は、1対1のドロー決着に終わっていた。
「くそ! 私があそこで決めていれば!」
ダークエルフ代表10番FWロクサーヌは、相手GKと一対一の決定機に放ったシュートを枠外に外したことを悔やんでいた。
「やめろ、ロクサーヌ。終わったことだ。切り替えろ」
声を賭けてきた11番FWアルシオーネの手を振りほどき、ロクサーヌは足早に控え室に消えた。
「やれやれ……」
ロクサーヌはため息をつくと、褐色の肌に浮かんだ汗をタオルで拭った。
古城を改造して造られた完全屋内競技場〈ヴァニアトランシルスタジアム〉をホームスタジアムに持つヴァンパイア代表〈ノスフェラトゥ〉は、アウェイチーム、マーマン代表〈トリトナメーア〉に4対1と快勝した。
「フハハ! 真祖が出場出来ればこんなものだ! 見たか!」
ノスフェラトゥ11番MFオルロックは両手を広げピッチ上で高笑いした。〈真祖〉と呼ばれる特別なヴァンパイア選手はこの日、7番FWフォンクラトカ、8番DFカーミラ、9番MFスヴールの三人が先発で出場していた。
「はは、オルロックの旦那、ご機嫌なことで」
この日、ベンチ入りはしたが出番はなかった14番DFヘルシングは笑いながら言うと、
「なあ、アーカード」
隣に立つアーカードに話し掛けた。12番FWアーカードもベンチメンバーだったが、「眠くなった」と言い始めた真祖フォンクラトカに代わり後半途中から試合に出場していた。アーカードはヘルシングの言葉を聞くと、ふっ、と微笑を漏らした。
「お疲れ、アーカード」
歩いてきた女性選手、真祖カーミラが二人の横で立ち止まり、
「アーカード、顔色悪いんじゃなぁい? 大丈夫? 血、吸う?」
アーカードの目の前で前屈みになり、ユニフォームの襟口を広げた。青白い陶器のような色の胸元が露わになる。アーカードは、
「いえ、大丈夫です」
と表情ひとつ変えずに言うと、カーミラには一瞥もくれないまま控え室に向かって歩き出した。
「相変わらず、つれない子ね。お姉さんショックだわ」
カーミラは腕を組んで口を尖らせた。
「あんまりあいつをからかわないで下さい」
ヘルシングが口を挟むと、カーミラは、
「あなた、随分とあの子に肩入れするのね。何? そういう関係なの?」
と淫靡な口調で言って目を細めた。ヘルシングは困った表情になって頭を掻いた。
三方を切り立った岩山に囲まれた、巨人代表〈ヘカトンケイルス〉ホームスタジアム〈フォモールスタジアム〉で行われた、リザードマン代表〈ペルフェットスクアーマ〉との試合は、スコアレスのドローという結果に終わっていた。
「こんなクソド田舎のスタジアム、来るだけで体力の半分使っちまったぜ!」などと、リザードマン代表選手らがスタジアムの立地に関する文句を口にしながらピッチを引き上げる中、10番FWリーパーは、
「でも、この山にしか生らないグルの実は最高。ちょうどシーズン。俺、この時期にここで試合があって嬉しい」
「リーパー! お前、試合に来てるのか、食い物目当てなのか、どっちだ!」
リーパーは腕を組んで考え込んだ。
「悩むな!」
9番MFギブルが突っ込んだ。
一見してスタジアムとは分からない異様な外観の巨大建築物〈アゾットエペイスト〉は、ホムンクルス代表〈アルシミーアルム〉のホームスタジアム。行われていたゴブリン代表〈バルバールサル〉との試合は、5対0でホームチームが圧勝する結果に終わっていた。
バルバールサルの選手らは悪態をつきながら、監督ポルキュスの制止も聞かずに早々とスタジアムをあとにしていた。
アゾットエペイストのスタンドを埋めた観客の中に、選手と同じホムンクルスの姿は半分程度しか見られない。残りはホムンクルスの研究者やその家族、友人たちで占められている。
「カリバー、今日も見事だった」
監督パラケスはエース10番エクスカリバーに握手を求め、
「後半開始早々のあの場面は、お前が打っても良かったな。そうすれば、二試合連続のハットトリックだった」
「いえ、あの場面は自分よりも、詰めていたガラティンのほうがフリーでした。決められる確率の高い選択をするべきです」
そのガラティンは、「ありがとうな」と、エクスカリバーの肩を叩き、瞳のない白一色の目を歪ませて笑い、控え室に向かった。さらに後ろから、
「カリバー、行こう」
と、ひとりの女性がエクスカリバーの腕を掴んだ。11番MFテュルソスだった。
「監督ぅ、そんじゃー」
テュルソスは半ば強引にパラケスの手からエクスカリバーを引き離し、手を振って控え室に足を運んだ。
やれやれ、というため息をパラケスは吐いたが、並んで歩く二人を見る目には我が子を見守るかのような光が宿っていた。
開幕ホーム二連戦となった竜人代表選手の勝利の雄叫びが、リルドラスタジアムに響き渡った。迎えたドワーフ代表〈デューロドヴェルグ〉を3対0で下したのだ。10番FWドラコが2点を決め、11番FWヴルムが俊足を生かし追加点を入れて駄目を押した。
「ふふ、ホーム二連戦をどちらも落とすなんて許されないからな。よかったな」
「ああ――いやいや、開幕戦は落としてない。ドローだぜ」
「……そうだったな」
1番GKファブニルとヴルムの会話の通り、第1節の土壇場で追いつかれてのドローは、負けに等しいショックを〈ズメウスブレス〉選手に与えていたが、それを払拭する会心の勝利だった。二人の会話を耳にしていたドラコも笑みを漏らし、
「アージャスレプリゼント……あの10番と14番。次はやらせない……!」
双眸に決意をみなぎらせた。
「お前ら全然なっちゃぁいなかったぞ!」
控え室に、ドワーフ代表監督オベロンの怒声が響いた。
「お前ら、前節の勝利で浮かれてただろ! な、そうだろ! ヴォーイー!」
「おお! 浮かれてたぜ! あの晩は朝まで飲んでたぜ!」
立ち上がって9番FWヴォーイーは答えた。
「正直でいいじゃねぇか! そんじゃおい、今夜はどうするんだ?」
「反省会で朝まで飲むぜ!」
他の選手らから歓声が上がった。
「正直じゃねぇか! ふざけてんのかお前ら。ここは竜人の里だから、〈ドラゴンキラー〉が安く飲めるぞ。マジで殺されんじゃねぇぞ、お前ら」
再び歓声がこだまする。
「おい、アルベリッヒ、何か言ってやれよ……」
選手の中で歓声に加わっていないのは二人だけ、この女性ドワーフ12番DFキーモラと、彼女が話し掛けたキャプテン10番MFアルベリッヒだけだった。
「まあ、いいんじゃないか」
と、アルベリッヒは、ドワーフにしては珍しい掘りの浅い顔に笑みを浮かべて、
「次の相手は確か、アージャスか。初戦でズメウス相手に引き分けたんだったな。やっかいな相手だが……」
「何か対策は? あるの?」
キーモラの声にアルベリッヒは、ふっ、と笑い、
「とりあえず、飲もうぜ」
「アルベリッヒぃー……」
キーモラは椅子からずり落ちた。