華麗なるディードリー ~第2節 クウェンディアーブル戦(ホーム)Part2~
9番倉光と11番天野の左右、左サイドから5番根木島、右サイドからは10番柊が前に出て、四人は横一列に近い形となる。相手チーム、クウェンディアーブルのフォーメーションは4-3-3のため、前線に張った三人のFWに対し人数でひとり優る形となった。
三人のエルフのFWは一定の距離を置き、天野が保持するボールに注視している。それを見た柊は、
「積極的にボールを取りには来ないってことか……天野!」
ボールを要求し、蹴り送られたボールを足下に収めた。パスを出すと同時に天野は14番レイナーと12番ローラナ、二人の敵FWの間に向かって走り出す。
倉光と根木島も動いていた。倉光はローラナと9番ラゴラスの間に、根木島はラゴラスの横、タッチラインぎりぎりを疾走する。
後ろからは6番柳塚と14番武戒が上がり、四人が駆け上がったスペースを埋めた。
柊はステップを踏み、自らもドリブルしながらタッチラインぎりぎりを走った。が、柊がドリブルをしていたのは、ほんの二、三歩だけだった。柊はすぐにボールを横に蹴り出す。柊はそのまま走り抜けるが、ボールを出すモーションがあまりに小さかったため、敵FWレイナーと、その後ろにいた4番アネリオは柊がボールを手放したことに気が付かず、数瞬の間ではあったがマークを続行させ、柊に釣り出されていた。
加えて天野と倉光も二人で挟み込むようにプレッシャーを掛けてローラナの位置を遠ざけさせていたため、レイナーとローラナの間には大きなスペースが生まれた。
そのスペースに柊の蹴ったボールは転がっていく。後方から走り込んでいた武戒がそのボールを受けた。
柊はすぐにアネリオを、天野はローラナを抑える。取り残したFWレイナーに対しては、右サイドバックの15番梶江が上がってマークについた。ローラナを挟んで反対側にいた倉光は10番ディードリーの背後に走る。武戒は右脚を振りかぶり、敵陣に切り込んだ倉光にパスを出そうとしたが、
「武戒!」
柊の声に、武戒は咄嗟に脚の動きを変え、パスの相手を倉光から柊に変えた。武戒のパスコースにはすでにディードリーが立ちはだかっていた。そのまま倉光にパスしていたら、ボールはディードリーに奪われ、カウンター攻撃の危機に陥っていたかもしれなかった。
柊はゆっくりとタッチライン上をドリブルしながらゴールラインに近づく。アリオネと11番ソフィーにマークに付かれるも、二人ともボールを奪いには来ない。
一陣の風がピッチに吹き付けた。柊に対しての追い風。
「――乗る!」
柊はクロスを上げた。やわらかな放物線を描いたボールは、ペナルティエリアの角に落下するような軌道を取る。攻撃側、守備側の選手たちが落下予測地点に我先にと移動した。だが、ボールを運ぶ推力は柊の脚力だけではなかった。
「風に!」
武戒が呟いた。ボールは風に乗り滞空時間を延ばし、落下予測地点に待ち構えていた選手たちの頭上を抜けた。武戒は新たな落下予測地点に向かって走ったが、いち早くそこに辿り着いていたのは、エルフチームのキャプテン、10番ディードリーだった。
「何? 早い?」
「というか、最初から落下地点が分かってたみたいだ!」
武戒と柊は同時に唸った。
誰とも競り合いを演じることなく、ディードリーは易々と落下してきたボールを手中、いや、足中に収めた。ボールを奪いに来た天野を華麗なステップで躱す。黄金色の髪が踊るように揺れた。さらにプレスに来た武戒も、ダンスを舞うようなドリブルで置き去りにした。
ディードリーがボールを得ると同時に、ローラナと9番ラゴラス、二人のFWは敵陣に向かって走り出していた。
がらりと空いているピッチ中央にディードリーはパスを送る。ボールは走り込むローラナの足下にぴたりと合った。
センターバックの生田と木住野が迎撃に出る。戻った左サイドバックの弓は、パスコースを切るためラゴラスに付く。
「さっきの坊やか」
自分と対した生田を見てローラナは呟いた。生田が立ちはだかったことでローラナのドリブルの速度は落ちる。
「抜かせねぇ!」
「ふん、そう……」
守る生田との勝負をローラナは避けた。ドリブルを止め、ボールを右に大きく浮かせて蹴り出す。タッチライン際までボールは飛ぶ。そこではラゴラスと弓が競り合いを演じていた。
「ラゴラス! 下がって!」
声に反応してラゴラスは体を引き、自陣側に少し下がる。ボールはずばり、その位置に落ちた。
「しまったっ!」
弓は追ったが、ラゴラスは即座にボールを蹴った。弓の右をすり抜けて転がったボールをペナルティエリア前で受けたのはディードリーだった。先ほどラゴラスに掛けられた声も彼女のものだった。
木住野がプレスを掛ける。生田も戻っていた。二人のセンターバックの守備を、ディードリーはここでも躱した。緑色のピッチに白い肌と金色の髪のエルフが舞う。DFを躱す動きと直後に見せたシュートモーションは、一連のダンスであるかのような淀みない、華麗な動きだった。
その華奢な脚から繰り出されたとは思えない鋭いシュートは、まさしく矢の如くゴールを襲った。
放たれた矢はGK源馬が飛びついて何とか手中に収めた。そのすぐには生田と競り合いながらローラナが詰めており、源馬がキャッチし損ねていたならば、こぼれ球を決められていてもおかしくなかった。
「あー、惜しかったわ」
ローラナは呟き、シュートを放った本人であるディードリーは、ふっ、と小さく笑みを漏らした。
「……ナイス、源馬!」
キャプテン柳塚は守護神のセービングを讃えた。
「武戒、あの10番」
「ああ……」
柊と武戒は、自陣に戻るディードリーを見て、
「あいつ、ボールの落下地点を読んでた」
柊の言葉に武戒も頷いた。
「ディードはね、風を読むの」
「えっ?」
二人の背後からローラナが声を掛けた。ローラナはさらに、
「私たちエルフ族は風の民。風とともに暮らし、生きてきた。今はその力はほとんど失われてしまっているけれど、ディードはまだ風と生きていた頃の祖先の記憶を残す、数少ないエルフなの」
「風を読む……だって?」
武戒は10番を背負ったエルフを改めて見た。三人の会話が風に乗って聞こえたのか、ディードリーは人間の10番と14番に美しい顔を向け、微笑んだ。風が金色の髪をなびかせた。
試合は膠着状態に陥った。
積極的にボールを奪いに来ないエルフチームに対して、武戒たちアージャスレプリゼントは完全に攻めあぐねていた。守りを固める敵陣周囲でのパス回しに終始し、時折見せるクロスやパスもことごとく失敗に終わる。
特に高いクロスを入れるのは危険だった。ボールの行き先を読むディードリーか、彼女の指示を受けたエルフ選手に十中八九渡ってしまう。
柳塚とセンターバックの守備で、決定的なカウンター攻撃は何とか防いでいたものの、華麗なボール捌きを見せたのはディードリーだけではなかった。ひとたびボールを持てば、エルフの選手らは、その貝のように閉じこもった守りからは想像出来ない脚捌きで人間を翻弄する。
気が付けばアージャスレプリゼント側はシュートゼロのまま、前半終了の笛を聞いた。