ホーム開幕戦! ~第2節 クウェンディアーブル戦(ホーム)Part1~
一週間が経ち、試合当日となった。
人間国の首都ソルグラ中心部に構えられたホームスタジアム、その名も〈ソルグラスタジアム〉には、開門と同時に多くの観客が入場し、スタンドを埋めた。ピッチのゴールは北側と南側にそれぞれ位置し、その裏側のスタンドは特に応援に熱心なサポーター(ファン)が詰めかけることは武戒たちの世界と変わらなかった。
「結構お客さん入ってますよ」
入場門からスタンドの様子を覗き見てきた武戒が、控え室に戻って報告した。それを訊いた柊は意外そうな顔で、
「へえ。人間チームは連戦連敗で愛想を尽かされた、みたいな話を聞いてたから、ガラガラなのかと思ってたよ」
「協会長が手を回したのです」
柊の疑問に答えたのはゼップだった。
「持てるコネを最大限利用して、とにかく人を集めたそうです。ですので、ほとんどのお客さんは招待入場。つまり、無料で観に来ているということです。それでも、ここまで多くの人が来てくれるとは思っていませんでした。今大会のチームメンバーは、『異世界から召喚した』という物珍しさも手伝ってはいるのでしょうが」
「聞いたかお前ら」
監督の明智川が控え室を見回して、
「この試合がどれだけ重要か、これで分かったと思う」
「言われるまでもねぇぜ、アッコさん」
「生田、本当に分かってるのか? この試合の重要さが」
「分かってるって!」
「言ってみろ」
「大事なホーム開幕戦。ここを取るのと落とすのとじゃあ、これからの勢いに雲泥の差が出てくるってことだろ」
「それと?」
「え? それと、って……」
「生田、他のみんなも」
明智川はことさら表情を引き締め、
「いいか、今日来てくれたお客さんに『次の試合も観に来よう』って思わせられるかは、お前たちのプレイに掛かっているってことだ。今日スタンドを埋めている人たちのほとんどは、お前たちのファンでも、ましてやサッカーが好きなわけでも何でもない。ただ、時間があってタダだから、ちょっくらスタジアムに行って異世界から来た人間でも見物に行くか、くらいの気持ちで来てるだけだ。今日、お前らが不甲斐ない試合をしたりしたら、間違いなくその人は二度とスタジアムに足を運んでくれない。『サッカーってつまんねーな』『異世界から来た人間っていっても、大したことないな』そういう思いを抱いたまま、もしかしたらその後の人生で二度とサッカーに関わりを持たなくなってしまうかもしれない」
生田を始め、選手全員が黙り込んだ。
「……何だか、責任重大ですね」
不安そうな表情を見せた柊に、明智川は微笑んで、
「プレッシャーだと思うな、チャンスだと思え。新しいファンを獲得するチャンスだってな。柊、お前はそのルックスで女性ファンを取り込め」
「監督! 何言ってるんですか!」
柊は顔を赤くし、皆は笑い声を上げた。
「ウォーミングアップの時間だ」
明智川は選手たちを送り出した。
キックオフ約三十分前、試合前のウォーミングアップのため、選手たちはピッチに出た。
「うお! 本当に入ってんな!」
「ええ、三……いや、四万人はいますかね」
生田と根木島は、ピッチを囲うスタンドのぐるりを見回した。
「対戦相手だ」
武戒は視線をスタンドから、自分たちが出てきた入場ゲートに向けた。他の選手全員の目もそちらを向く。
「エルフ、だっけ。本当に耳が長いんだな」
柊は出てきた選手団を見て呟いた。今節、武戒たちがホーム開幕戦に迎え撃つ対戦相手は、エルフ族代表チーム〈クウェンディアーブル〉その所属選手の誰もが、アンテナのように長く伸びた耳を持っていた。肌の色は透き通るように白く、若草色のユニフォームから伸びる腕脚は細い。髪の毛はほとんどが金髪かそれに近い色をしており、陽光に輝いている。耳が長いことを除けば、外見的には普通の人間とほとんど何ら変わったところはない。
「……半分が女だな」
選手構成を数えて生田が呟く。エルフチームのスタメン、控えを合わせた十八人中、ちょうど半分の九人が女性だった。
「あれなら楽勝っぽいな。どいつもこいつも、折れそうなくらい華奢な体つきしやがってよ」
含み笑いをした生田に柊が、
「生田さん、油断禁物ですよ。ゲームではエルフって、体力がない代わりに魔法とか弓矢の技術に長けてるってパターンが多いですから」
「おいおい、サッカーで魔法や弓矢は禁じ手だろ」と生田はもう一度エルフ選手団に目をやり、「先回戦ったトカゲどもに比べたらフィジカルも、どってことねぇだろ。ぶっとばしてやるぜ」
「生田さん、トカゲって言っちゃってるし……」
エルフ女性選手のひとりが立ち止まった。銀に近い金色の長髪を揺らし、切れ長の鋭い目で生田に眼光を飛ばしながら歩み寄ってきた。
「な、何だよ……」
思わず柊の肩に手を置いて、その後ろに隠れるように下がる生田。柊はため息をつく。
「おい、お前……」歩み寄ってきたエルフの選手が、「……いい試合にしよう」と右手を差し出してきた。
「な、何だ……」
生田は安堵の表情になり、握手を交わす。
「クウェンディアーブルFW12番、ローラナだ」
「お、おう、DF、センターバックの生田だ……」
「センターバック、ということは、頻繁にマッチアップすることになるかもな、お手柔らかに」
と微笑み、ローラナと名乗ったエルフの女性は手を離した。去り際に生田のそばにいる柊の顔を見ると、「よろしく」と声を掛けてウインクする。柊は頬を染めた。
「な、何だ、結構話の分かるやつらじゃねえか……ま、ちょっとは手加減してやるか」
「生田さん、しっかりして下さいよ」
「んだと! 柊! てめー、お前こそしっかりしろ! あのお姉さんにウインクされて真っ赤になってたじゃねえか!」
「な、そんなことは!」
「おら、行くぞ!」
二人はすでにウォーミングアップを始めているチームメイトの中に走って行った。
生田と握手をしたローラナも、自チームのウォーミングアップに加わった。
「ふふ、大人になったわね、ローラナ」
ローラナを女性のエルフが迎えた。エルフチームのキャプテンMF10番のディードリーだった。腕にキャプテンマークの腕章を巻き、黄金色の長い髪を揺らしてリフティングをしながらディードリーは、
「私はまた、あの男に突っかかっていくのかと心配したわ」
「ふん、精々油断させておくだけさ」
ローラナはディードリーが蹴り出したボールを受け、そのまま二人でパス交換の動きに移行した。
「それでは、両チームの選手を紹介します」
場内にアナウンスの声が響き、まずはアウェイの〈クウェンディアーブル〉メンバーが紹介された。
クウェンディアーブル布陣
FW 14レイナー 12ローラナ 9ラゴラス
MF 4アリオネ 10ディードリー 7ルビン
DF 11ソフィー 2ヤール 3ドール 6リオーネ
GK 1イザベル
控え
GK 18ロセッティ
DF 5オーソン
DF 8メリル
DF 15キャロル
MF 16グレース
FW 13バルテュス
FW 17ソニア
監督 オルウェン
「お待たせいたしました! 我らが〈アージャスレプリゼント〉スターティングメンバーを紹介します!」
アナウンサーの声が打って変わり激しさを帯び、
「背負ったゴールは絶対に割らせない。最後尾からチームを支える人類の守護神! 1番GK源馬弦二郎!」
観客席から歓声が上がる。
「何だぁ、このアナウンス。いつの間にこんな文句を?」
「多分、監督が考えてアナウンサーに言わせてるんだよ」
思わずボールを蹴る足を止めて、武戒と柊が言った。選手紹介のアナウンスは続き、
「しなやかなクロスでゴールを導く、右サイドの支配者! 15番DF梶江奨輔!
ゴール前に待ち構えボールを捕らえる。敵エースを罠に掛けろ、エースキラー! 2番DF木住野晃!
全てが規格外。荒ぶる闘魂、吠えろ狼! こんな男に誰がした? 4番DF生田迅!」
「おい! 俺のだけ何か違くね? おかしくねえか?」
「そんなことないですって。かっこいいですよ、生田さん」
自分を紹介するアナウンスを聞き、納得のいかない表情の生田に根木島が声を掛けた。
「果敢なオーバーラップが相手ゴールを脅かす。超攻撃的サイドバックの系譜! 3番DF弓薫
この男の立っている場所が、いつだってピッチのど真ん中だ。彼を中心にゲームは回る。星の王子様! 10番MF柊隼人!」
「何だよ、監督! 変なコピー付けんなよ!」
「いいじゃん! 王子様!」
「やめろ武戒!」
アナウンスを聞いて柊は赤くなり、武戒がそれを囃す。
「この男の技は、見るもの全てを魅了する。ボールに愛された男。蹴球聖戦士! 14番MF武戒有清!」
「むかーい! かっこいい! 『せいせんし』って、聖なる戦士のこと?」
「監督! 何考えてんだ!」
今度は柊が武戒を囃した。
「卓越した戦術眼で全てを見通す。苦しいときは彼を見ろ。我らがキャプテン! 6番MF柳塚綿留!
電光石火の俊足が敵を置き去りにする! サイドを切り裂く稲妻! 5番MF根木島蓮!
収める、落とす、打つ、最前線のオールラウンダー。七色のストライカー!11番FW天野本陣!
ボールを持てば、その足は矛となりゴールを襲う! シュートこそがストライカーの本能だ! 9番FW倉光六花!
リザーブです。18番GK刑部轟! 12番DF郷原紬! 16番DF竹之井縁! 8番MF沖有真! 7番FW菅生一芸紀! 13番FW菊本爽太! 17番FW片桐穹!
監督、明智川愛季子! 以上がアージャスレプリゼントのメンバーです!」
選手紹介が終わり、スタンドは歓声と拍手に包まれた。
アージャスレプリゼント布陣
FW 9倉光 11天野
MF 5根木島 6柳塚 14武戒 10柊
DF 3弓 4生田 2木住野 15梶江
GK 1源馬
控え
GK 18刑部
DF 12鄕原
DF 16竹之井
MF 8沖
FW 7菅生
FW 13菊本
FW 17片桐
アージャスレプリゼントの先発メンバー、フォーメーションは前節と変わりはない。
ウォーミングアップ時間も終わり、選手は一旦控え室に引いた。
アージャスレプリゼント控え室では、メンバーを前に明智川が試合前最後のミーティングを開いている。
「今日の相手、エルフだっけか。彼らは幸いにもというか、羽も尻尾も持っていない。つまり、我々と条件は同じ。お前たちも思う存分戦えるはずだ。最後に確認する。ゼップさんからの情報では、エルフチームは硬い守りが特徴ということだ。アウェイでの戦いともなれば、その兆候は大きくなることが予測される。焦らずいけ。得点が動かない展開だからって、絶対に癇癪は起こすなよ。特にFWは。まあ、天野と倉光の二人なら大丈夫だと思うが。時間だな、行ってこい!」
両チームは入場ゲートをくぐりピッチに出る。明智川と控えメンバーはベンチに入った。神の使いである審判団の準備も整った。両チームスターティングメンバーは並んで全員が握手を交わし、各ポジションにつく。
主審の笛が鳴り、人間チーム、アージャスレプリゼントのキックオフで試合は始まった。