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リーグアルティーナ ~異世界サッカーリーグ~  作者: 庵字
異世界でもピッチは四角くボールは丸い
12/20

アルティーナという世界

 ズメウスブレスとの試合終了後、武戒(むかい)たちはスタジアムロッカールーム併設の浴場で汗を流した。


「なあ、武戒、夢じゃないよな」


 大きな浴槽に浸かった(ひいらぎ)が、隣で同じように湯船に体を沈めている武戒に訊いた。


「夢だったら嬉しいんだけどな……なあ、柊。何があったのか、詳しく聞かせてくれよ。俺、起きるのが一番遅かったみたいだし。何か、魔法で言葉が通じるようにしたとかどうとか言ってたよな」

「ああ……」


 柊は湯船から掬ったお湯で顔を流してから話し出した。

 自分たちは、練習を終えホテルへの移動中にバスごとこの異世界――アルティーナと呼ばれる――に召喚されてきたこと。異世界のゲートを通過する際に気を失い、気を失っている間に魔法によりこの世界の言語を翻訳機能が体――恐らく脳内にだろう――に施されたこと。


「翻訳?」そこまで聞くと武戒は声を上げ、「じゃあ、あの人、ゼップさんだっけか、とか、ついさっき試合をした竜人(ドラグナー)たちが日本語を喋っていたわけじゃあないんだ?」

「どうやらそうらしい。彼らはこの世界の言葉を喋り、俺たちは日本語を喋ってることに変わりはないんだ。多分。それがお互いの耳に入ると、彼らの言葉は日本語に、俺たちの言葉はこの世界の言葉に、それぞれ翻訳されて意味を理解するっていうことなんじゃないか? だから当然、俺たち同士は日本語でこうやって会話出来るわけだ」

「翻訳、かぁ……あ、ということはだ。その翻訳魔法を掛けられていない人には、俺たちの言ってることは理解出来ないってことだな?」

「鋭いな、武戒。うん、多分そうだ。試合のメンバーや関係者全員にその魔法は掛けられているっていうことなんだろうな」

「ふーん……なあ、翻訳出来ない言葉なんかは、どうなるんだ?」

「そんなの俺が知るかよ。翻訳出来ない言葉って、どういうのだよ」

「この世界には絶対にないだろうものとか。例えば、『プレイステーション』とか。『遊ぶ駅』って意味で伝わるのか? 『プレステ』って略したら?」

「そういうのは単に固有名詞として、そのまま伝わるんだろ。多分、地球の言語を全部網羅してるんじゃないか? だから、俺たちが『グッドモーニング』とか『ボンジュール』とか『グーテンモルゲン』って言っても、向こうには全部『おはよう』って伝わるんじゃないか?」

「めちゃ便利だな。この魔法、俺たちの世界にも持って行こうぜ。外国人選手とのやりとりがどんだけ楽になるか」

「俺たちの世界……か。どうやって帰んの?」


 柊は上を向いた。浴場の高い天井は湯気に霞んで見えなかった。



 風呂を上がると、ロッカーには武戒たちが来ていたスーツが揃えてあった。しかも、


「すげー、クリーニングしたみたいにピカピカじゃん!」


 武戒が歓声を上げた通り、スーツには皺ひとつなく、スラックスには綺麗に折り目も入っていた。それを聞いた控え室いたゼップが、


「それも魔法の力です。選手の皆さんをサポートするのが我々の仕事ですから」


 体を拭き終え、スーツに着替えながら、オーバーエイジ枠の菊本(きくもと)が、


「ゼップさん。これから我々は、どうすれば?」

「はい、ここ、リルドラスタジアムを出て、私たち人間の国に来ていただきます」

「人間の国……か」


 埃ひとつ付いていない、完璧にクリーニングされたスーツを手に、武戒は呟いた。



 選手十八名に明智川(あけちがわ)監督、ゼップを加えた総勢二十名の一団はスタジアムを出ると四台の馬車の前に立った。


「皆さんにはこの馬車に乗っていただきます。一番右端の馬車には皆様の荷物が積んでありますから、その他の三台に分乗して下さい。馬車一台が八人乗りですので座席は十分にありますから」


 用意されていた馬車は、一台につき四頭の馬が引くようになっており、馬車を引く馬は、


「うわ! 何だこいつ? 馬かよこれ?」


 MF(ミッドフィルダー)根木島(ねぎしま)が、その馬を見て叫んだ。体高(地面から馬の肩までの高さ)は二メートルを優に超え、たてがみは荒々しい稲妻型をしている。根木島たちが知る馬と比較し明らかにオーバースケールだった。


豪馬(ごうま)です。ご覧の通り、一般の馬よりも大きく筋力も比ではありません。こいつの引く馬車は速いですよ。あなた方の世界の〈バス〉というものにも引けは取りませんよ」

「まじかよ……」根木島は汗を流しながら豪馬の体躯を見て、「生田(いくた)さん、こいつに勝てますか?」

 

 と同じように目を丸くして豪馬を見ている生田に訊いた。


「アホ! 勝てるわけねーだろ!」


 生田は言下に言い放った。


「馬相手に勝つとか負けるとか、何を話してるんだ、お前らは」


 後ろから監督の明智川が呆れ声を掛けてきた。根木島は振り向いて、


「あ、監督。いや、この前、競馬中継を見てたとき、生田さんが、パドックを回ってる馬を見る度、『こいつは無理だな』とか『こいつならいけそうだ』とかぶつぶつ呟いてるんですよ」

「根木島! てめー、余計なこと言うんじゃねーよ!」


 生田が声を上げたが、根木島の喋りは止まらず、


「何なのかな? 生田さん馬券を買う参考に馬の調子のことを言ってるのかな、と思ってたらですね、何と、戦って勝てそうかどうかを計っていたらしいんですよ」


 明智川のため息が聞こえ、


「お前なんか、うちのシャロン相手でも勝てないって。ささ、バカ言ってないで、乗った乗った」


 明智川は両手を振って、選手たちに馬車の乗り込むよう促した。


「シャロンって、監督が飼ってる犬だよな」

「ああ、トイプードルだったかな?」


 武戒と柊は笑って話しながら同じ馬車に乗り込んだ。


「おい! 武戒! 柊! 何笑ってんだ! お前らこっちこい!」

「あー、いいからいいから」


 生田は明智川に背中を押され、武戒らとは別の馬車に押し込まれた。



 馬車の中で武戒は、浴場で聞きそびれていたことを柊と、乗り合わせた仲間に訊いた。柊たちは、武戒が気を失っている間にゼップから聞かされたことを、かいつまんで教える。

 この世界も一日は二十四時間に刻まれており、三百六十五日で一年を成すこと。四季もあり、それは概ね日本のそれとほぼ同じ周期で巡ってくること。現在の季節は春、四月に相当すること。


「ということはだよ」とDF(ディフェンダー)郷原(ごうはら)が、「この世界は俺たちの住んでた地球と全く同じ条件の惑星の上に立ってるっていうことになるだろ」

「どういうことですか? 郷原さん」


 武戒が首を傾げると、郷原は、


「だってそうだろ。俺たちはここで動いたりするのに、何の不都合も感じていない。体が重かったり、軽かったり感じることはないだろ」

「ええ、そうですね。プレイもいつも通り出来たし」

「だったら、今俺たちが立ってるのは、地球と全くかほとんど同じ重量の惑星ってことじゃないか。感じる重力が変わらないんだから」

「……ああ、そうですね」

「それにだ、四季があるってことは、地軸も傾いてるってことだよ」

「チジク?」

「武戒、理科で習ったろ。地球に四季があるのは、地球が公転面に対して二十三度くらい傾いてるからなんだぞ。しかも、俺たちのいた世界だって、地球上どこでも四季があるわけじゃない」

「ああ、確かに。常夏の国とかありますもんね」

「ああ、だから、この世界が位置しているのは、惑星の両極や赤道近くではない。中緯度、言ってみれば日本に近い位置ってことになる」

「さすが郷原さん、博学ですね」

「バカ、小学校レベルだぞ。それに、ゼップさんは俺たちの体に翻訳以外の、体の管理に関する魔法も施したと言っていた」

「体の管理? どういうことですか?」

「話では、この世界の食べ物や水に俺たちの体が対応出来るように、みたいなことを言っていたが、どうやら当のゼップさんにも、よく分かっていないらしい。でだ、これは俺の考えなんだけどな、多分、俺たちに掛けられたその魔法っていうのは、細菌や病原体対策なんじゃないかと思う」

「病原体? ああ! 俺たちに抗体がない未知の病原菌がこの世界にいるかもしれないっていうことですか? その感染を防ぐため?」

「多分な。その逆に、俺たちの世界からここに存在しない悪性の細菌なんかも除去されているんじゃないかと思う」

「それが、ゼップさんによく分かっていないっていうのは、どういう……?」

「この世界の人たちは、細菌だとか病原体だとかの存在を知らないんじゃないかと思う。知ってたら、はっきりとそう教えてくれるはずだ」

「えっ? なのに、それに対する策は講じているんですか?」

「だからな、武戒……他のみんなにも聞いてほしいんだけど」


 郷原はそこで馬車の中を見回した。柊ら、他のメンバーも郷原の話に耳を傾ける。


「この世界に連れてこられたのは、俺たちが初めてじゃないんだよ」

「えっ? どうしてそんなことが分かるんです?」

「いいか、武戒。かつて、俺たちのように地球からこの世界に連れてこられた、召喚された人間がいた。でも、その人、もしくは人たちは、こちらの世界だけに存在する病原体に罹って重症に陥るか、下手をしたら死んでしまったということがあったんじゃないか? もしくは、俺たちの世界の人間が持ち込んだ病原体に、こっちの世界の人が罹った。でも、病原体というものを理解していないこの世界の人たちには、その理由が分からない。で、魔法の力を使って、召喚した人の体に抗体を作るとともに、悪い病原体を除去することにした」

「原因が分からないのに、魔法で何とか出来ちゃうものですか?」


 質問したのは柊だ。郷原は、うーん、と唸って、


「〈神頼み〉ってやつなんじゃないか? 召喚してきた人間の様子がおかしい。神様、何とかして下さいって祈って、その力を手に入れたとか」

「神様って……あ、でも、俺たちの試合を捌いたのは神様だって言ってましたね」


 柊は顎に手を当てた。


「ああ、そういや」とFW(フォワード)天野(あまの)が、「あいつらのレフェリングは恐ろしいくらい完璧だったな。俺、さっきの試合で相手との競り合いでこけたことがあったんだけど、普通のジャッジなら向こうのファウルと勘違いして笛を吹いてもおかしくない状況だったよ」


 それを聞いたキャプテンでMF(ミッドフィルダー)柳塚(やなぎづか)も、


「ラインを割ったボールに最後にどっちの選手が触ったかの判定も完璧だったな」

「そいつらも俺たちの世界に連れて行きたいですね」


 武戒が言うと、馬車の中は笑い声に包まれた。

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