そして彼の物語が始まる。
吹き付ける風は、その温度以上に冷たさを運ぶ。
どこかで誰かの笑い声が聞こえる。
僕は、愛が欲しかった。
けれど、それは僕が手にする事の出来ない物だと感じていた。
たった一度でいい。
誰かに愛されたかった。
それが、結城 智也の願いだった。
「………………眠い」
布団というのは、どうしてこうも人心を掌握する術に関しては優れているのだろうか。
そんな、くだらない事を考えながらのそのそと起き上がり着替える。
「……おはよう」
何気ない挨拶。
しかし、その声に反応する音は無かった。
1人だけの食卓で、さっさと食事を済ませる。
僕には、家族が居ない。
話に聞いたところ、どうやら小さい頃に交通事故で失ったらしい。
“らしい”というのは、親戚さえも残っていなかった僕には身寄りと呼べる存在が居なかったからだ。
どうやら、その事故を起こした人は相当偉い人で、事故が公にならない様に金の力を使っていた。
結果、僕の手元には慰謝料という金だけが残されていた。
まぁ、生活には困らないから助かってはいるんだけどね。
「よし、忘れ物は無いね」
食事を終え、登校準備を終わらせた。
「……いってきます」
もう一度、返事の無い挨拶を残し自宅を後にする。
今日から高校生としての生活が始まる。
道に迷わない様に学校へと向かう。
初日から遅刻とか、笑えない……。
「おはよー! クラス一緒だといいね!」
「うっす、俺達も高校生かー!」
周りからは、おそらく同じ中学校で集まって仲良く登校する新高校生たちが居た。
――――うらやましいなんて、思ってないからな!
中学時代から、友達の居なかった僕には手に入らない光景だった。
自分に悲しいツッコミを自分に入れたところで、校舎にたどり着いた。
数年前に新校舎として、改装されたらしくその作りはとても近代的だった。
緊張がピークに達しつつ、クラス分けが発表されている玄関に向かう。
「……あった。B組か」
自分の名前を見つけ、これから過ごすクラスへ向かった。
――――――え、なにこれ?
目にしたものは、既にクラス内グループの完成していた光景だった。
心の中で、「終った」と思いつつ自分の名前が書かれた席に着く。
声を掛けてくれる人は居なかった。
ついでに、自分から声を掛ける勇気も無かった。
こうして、先生が来るまで中学校からの武器である寝たふりで過ごす事となった。
「席につけー。これから、お前たちの担任になる仙崎 望だ。はい、俺の自己紹介終わりー。
んじゃ、後は適当にお前たちの自己紹介タイムだ。そっちからスタートな」
なんとも適当な担任だ。
指を差された男子生徒は、困った表情を浮かべつつ立ち上がった。
とりあえず名前と出身校と一言アピールを話し、席に座る。
僕の番が近づいてきた。
……………………きたっ!
気合いを入れ、立ち上がる。
「えっと、僕の名前は結城 智也です! 出身校は、新都第三中等学校です! えと……」
一言アピール! 考えていたのに、飛んでった!
「……友達が欲しいです」
そんな当たり障りのない回答を述べ、席に着いた。
変だと思われてないよね?
そんな不安を抱きながら周りを見た。
どうやら、気にさえされてなかったみたいだ。
友達が出来るのは、まだまだ先みたいだなー。
全員の自己紹介が終わり、その後は入学時特有の手続きだったり説明だったりを受けて解散。
見た目が派手な人達は、早速グループで帰りにカラオケとか行くみたい。
まぁ、現状友達の居ない僕には関係ないかな。
帰って、いろいろ整理とかあと夕飯の準備とかしないとね。
それに、いつか友達は出来ると思うし。
受け取った教科書で重くなった鞄を抱えて、帰路に着く。
「あった。……ここいいね」
通学路の途中にあるスーパー。
値段も安いし、品ぞろえも悪くない。
これからは、ここを利用させてもらおうかな。
食材を買い終えて、家に着いた。
「重かったー……」
さすがに教科書全種に食材を抱えるのは、もうしたくないと思った。
なるほど、学校に教科書を置いていく人の気持ちがちょっと分かった。
「っと、ただいま」
家族が居なくても、挨拶は忘れない。
――――――母さん、父さん。
僕、高校生になったよ。
写真でしか見たことの無い笑顔を浮かべる両親を想いながら、そう呟いた。
あぁ、駄目だ。
少しは大人に近づいたと思ったけど、そんなことないや。
気が付いたら、涙が溢れていた。
僕は、何度泣いたのだろうか。
何度、涙を流せばこの胸に空いた空虚は埋められるのだろうか。
両親を失ったあの日、僕が失ったもの。
それが何なのか、僕は分からない。
けど、大切なものだった気がする。
温かくて、優しくて……。
あれ、でも僕は“いつからそれが手に入らない”と思い始めたのだろう?
「…………っと! うわぁ! もうこんな時間だ!」
しばらくの間、僕はただ壁を眺めていた。
気が付くと、帰宅してから1時間が経っていた。
今から夕食を準備すると、いつもより相当遅い時間の食事になってしまう。
急いで台所に向かい、調理を始めた。
その後は、至って普通の生活だった。
明日、必要な物を準備し就寝。
これから始まる新生活に少しの期待と不安。
そして、2つの感情に隠れる様に潜む“諦め”を抱きつつ夢の世界へ落ちていった。
入学式から、数日が経った。
結論から言うと、僕は友達が出来なかった。
だって、声掛けるの怖いじゃん……。
でも、別に嫌われているとかそういう事も無かった。
居ても居なくても困らない人間。
それが、今の学校での僕の立ち位置だ。
とは言え、真面目に学校生活を過ごすつもりは無い。
せっかくだから、高校生らしい事というものを探していた。
「うーん……。なんだろう? 悪い事はありえないとして、やっぱり部活とか、かな?」
そんな考えに至った結果、最近は毎日いろいろな部活に体験入部させてもらっていた。
だけど、身体が強い訳じゃないし中学時代は帰宅部だったから僕に合う部活というものは、
簡単に見つからなかった。
また帰宅部かな、と思いつつ今日立ち寄ったのは……。
「学生相談部?」
なんとも怪しい部活……。
そもそも、部活なのだろうか?
中から声が聞こえる訳でもない。
もしかしたら、誰も居ないのだろうか?
勇気を振り絞って扉を叩いた。
「どうぞ」
声が返ってきた。
人はいるみたい。
「す、すみません……」
部室に入ると、中には1人の女子生徒が居た。
金に染まった綺麗な長髪。
海より綺麗な藍色で染まった瞳。
とても、日本人とは思えない風貌の女性だった。
間違いなく、この学校内でもトップクラスの美少女だろう。
だけど……。
だけど、僕が最初に抱いた印象は違った。
――――――なんか、寂しそう。
根拠の無い想いが、僕の胸を支配していた。
「どうぞ」
誰かしら?
自分で言うのも変だけど、こんな怪しい部活に訪れる人がいるなんて驚きだわ。
私、榛原 エリスがほぼ私用で作ったこの学生相談部に用があるとは……。
って、そういえば新入生が入った時期なのよね。
恐る恐る部室へ足を踏み入れた男子生徒。
分析するまでもなく、不安でいっぱいなのだろう。
あ、目が合った。
初対面。
それなのに、何でだろう?
――――――私は、この人の悲しみを知っている。
根拠の無い確信が、私の胸から離れなかった。
これは、失った全てを取り戻す為に変わろうとする少年と
自ら手放した全ての価値を知る少女の物語。
長編の冒頭部分のような感じで仕上げてみました。
一応、長編にした場合の展開とかも思いついたけど、この時点で面白くないならこれまでって事でひとまず。
拙い文章ですが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。