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第四話(2)「白羽の反逆」

 第四話(2)「白羽の反逆」


 苑座と別れてから、クアイルの本社からはすぐに撤退してしまった。

 意味もなく、と言う訳ではもちろんない。

 白羽はそのまま、会社から歩いてすぐのところにある少しだけ高めなレストランに足を向ける。


 名前こそ『スノーロード』というなんだかスノボでも売っていそうなお店だけれど、その外見は紳士淑女が集っていそうなお洒落な雰囲気が漂っている。そのお店の一角だけはどうにも別世界が広がっているのか、駅からクアイル本社までの道のりは大企業の本社と言う人が集まるスポットに目を付けた居酒屋のチェーン店が乱立する場所であるにもかかわらず、猥雑とした雰囲気はなく、正反対な整然と言う言葉が似つかわしいくらいにさっぱりとしている。

『スノーロード』は、名前こそ場違いだし、もしかしたら中身も場違いなのではと考えられそうだが、中身は普通のファミレスと大差ない。違うのは、値段が少々割高と言うことくらいか。少なくとも、普通の高校生がドリンクバーだけでたむろするような店ではない。

 もちろん、ドレスコードもない。誰だって入れるが、アロハシャツとかそういう恰好で入るのには少しばかり恥と外聞を捨てる必要があるだけだ。


 そして、そんな店で白羽と待ち合わせていた人物は、6月だと言うのに半袖で、お洒落なミニスカートを穿いてきている。半袖のシャツには妙な柄がプリントされていて、ミニスカートに至ってはかなり短い部類に入るようなもので、不思議なストライプ柄だ。ストライプといわれる無難な柄なのに、この人が纏うと不思議に見えてしまう。目の錯覚か何かだろうか。

 白羽は、まだ長袖の制服に長ズボンだ。それでいて、日が沈んできた今くらいの時間になると流石に肌寒い。

 なんというか、あれだな。

 TPOを弁えろよ。

 そう心の中で思った。


「急に呼び出して悪いな」

「いや、いいんだけれど。呼び出されることなんて、久しぶりだからね」

 彼女は、千之寺せんのじ 読稀よまれ。肩書は、技術班所属。

 要するに――白羽の部下だ。

「それで、一体今日は何の用があるのかな。まあそれなりに忙しい私を呼び出すなんて」

「まあそれなりにだろ。忙しいって言ってもロクな事じゃないんだろうし」

「私の高尚なる趣味をロクな事じゃないなんて、言うようになったね」

 千之寺は、基本的に表情を表に出さない。出すことに慣れていないのか、常に真顔だ。

 内心笑っていたり、内心怒っているときもあるが、見分けなんてつかない。

 言葉が棒読みと言う訳でもないので、その細かいニュアンスで感情を把握するしか術がないので、どのくらいまで本当でどのくらいまで冗談なのか、本当にわかりにくい。

「高尚な趣味って、何をしてるんだ?」

 白羽は好奇心半分で聞いてみる。千之寺とは何年もの長い付き合いなので、それなりに打ち解けているとはいえ、あくまで仕事仲間と言う区切りで、互いのプライベートに干渉する機会なんて今まではなかったので気になることではある。

「あれだよ。ハッキング。知ってる? 人のパソコンに侵入するソフトを作り上げて、引っかかってきたいいカモのプライベート情報を見て愉しむんだ」

「犯罪だから!」

 いきなり大声で突っ込んでしまった。

 部下から犯罪者を出したくないという責任の問題も含めて、知らなければよかったという後悔の気持がふつふつと浮かび始める。

「大丈夫。迷惑になるような事はしないし、何もいじらない。ただただ見るだけ。そして相手のパソコンに形跡も残さない」

「そういう問題じゃなくて」

 モラルの問題。きっと千之寺には何かが欠けている。

 何かが欠けている、というか、何かが欠けているからこそ技術班にいるのかもしれないが。

 変人の集まり、と言う訳でもないが、技術班にはそういう人が多い。

「で、そう。こんな私の話はいいのさ。なんで今日は私を呼んだのさ」

「ちょっと、今日は千之寺の力を借りたくて」

 白羽が少しばかり低頭で千之寺の顔を窺い見るようにする。

 すると、千之寺は壁に立てかけてあったメニューを開き、眺め始めた。

「っておいお前」

「何だい白羽」

「人が頭下げてるときにメニュー見るとか、なんなのさ」

「いや、お腹すいたじゃん?」

 千之寺の頭の中では「白羽<食欲」になっているようだ。いやまあそれはそうだけれどさ。人としては当たり前のことだけれど、人としてはどうだろうか。

「わかった。とっとと頼めよ……」

 白羽は諦めたように頭を項垂れる。

 完全に場のペースを千之寺に握られていた。


「あ、すいませーん。特製豚骨ラーメンください」

「俺は讃岐製きつねうどんで」

 特に麺類に自信があるとか、メニューに偏りが見えるとか、そういう話でもなかったが、二人とも頼んだのは麺類だった。

 個室かつ防音の部屋(VIPルーム)に案内してもらったくらいなので、もちろんの事お金には歯止めなんてつけなくてもいいくらいなのに、わりかしリーズナブルなものを頼んだのは、きっと偶然だろう。

 そう、店内に入った時に、待たせている相手の名前を答えたら、唐突にこんな部屋に案内された。これが初めてという訳でもないどころか、結構な頻度できているのでいまさら驚きはしないが、しかしこういうところで一般人との違いを再認識させられ少しだけ悲しい気持ちになる。

「で、頼みごとってなんだい。そもそも、私を呼び出すくらいなんだから、頼みごとがあるくらい言わなくても分かっているよ。というか、それを受ける覚悟でここに来たんだから。そのくらい私は君を愛してるってことなんだよ」

 そんなことをのうのうと真顔で言う千之寺。

 白羽は、こんなことを言われ続けているせいでもう軽く受け流してしまえるレベルにまで到達してしまっている。

 最初のころはそういう言葉一言一言にドキリとしたものだけれど、ここまで付き合いが長くなり、かつ真顔で言われるとどうにも何も感じなくなってきた。

「あーはいはい。それは嬉しいね。で、今日千之寺を読んだ内容についてなんだけれど、大体予想付く?」

「いきなり呼び出されて、それはないね。全くだ」

 とりあえず白羽が千之寺に白羽の頼みごとを予想できるかどうか聞いた事については意味の無い行為ではなくて、千之寺がかなり頭の切れる人物だと言う事を分相応に評価しているうえでの質問だった。

 つまり、どのくらいまで情報が漏れていて、世間一般の専門家たちやマスメディアの記者達がどのくらいまで予想する事が出来るか、と言うことの確認と言う意味も含めてだ。

 ある程度会社と深い関係にありながらも、会社から何も連絡をもらわないという特殊な環境下にある技術班だからこそできる事と言う事も出来るが。

 千之寺が予想する事が出来たら、この事件が公になるのは時間の問題。

 予想できなかったら、この事件はまだ大丈夫。

 そんな大雑把な区切りだけれど、「だいたいあってる」くらいの成果を残しているので軽んじることはできない。

「よかった。今回なにがあったかって言うとな……」



 それから、白羽はある程度の情報――というか、必要最低限の情報を千之寺に与えて、悩みを告げる。

 坂匡がクアイルという企業として政府と協力すると言う事を発表する事。

 そして、それにまつわる一連の流れ。

 千之寺は、一を聞いて十を知る、ということを地でやってみせてのけた。話していない情報までも少ない情報から予想して仮定すると言う事をするのは、最早化物の域だと思ってしまった。



「すると、白羽が私を呼んだ理由は『俺の司令塔になってくれ』と、婉曲表現で言いたかったからなんだね」

「何もかもが捻じ曲がりすぎだろ」

 相変わらずフラットな口調で、その言葉には何の感情もこもっていないかのような声で唐突にボケをかましてくるから気が抜けない。

 というか、若干近いというか、まあ質問内容としては確かに間違っているわけではない。

「あくまで相談だって。俺はどうすればいいのかな……」

 白羽は、少しだけ顔を俯けて自分の手を見詰める。

 そんな白羽を見て、シリアスな空気を感じたのか、千之寺は少しだけ間をおいて、その後、口を開いた。

「どうすれば、って、親父さんの後を継ぐんじゃなかったの? だったら、反対すればいいじゃん。反対すればいいというか、手遅れにならない今のうちに、坂匡が白羽の事を気遣ってか軽んじてか知らないけれど執行猶予をくれたんだから、そんなことが大々的になる前に止めるしかないんじゃないと私は思うのだけれど」

「それはわかってるし、もちろんそうするつもりだけど……どうすればいいのかわからなくてさ。集団ボイコットくらいしか俺には思いつかなかった……」

 そう、わかっている。坂匡がなぜこの時期に宣戦布告のような事を言ってきたのか。坂匡は、本当は一番初めに言っておかなければいけないとか、そういう事を言っていた。

 だが、俺が口出しをしてしまうと、止められる可能性があった。

 だから、ここまで。完全に地盤が固まるまで、坂匡は何も言っていなかった。

 つまり、坂匡に言われた時点で、俺の敗北は確定していたようなものだったんだ。

 坂匡は、勝利が確定してから俺に伝えたようなものなのだから。

 社内全体にそういう風潮を流し、そういう動きを作り出し、そして、ここまで持ってくる。

 あとは会議で承認されるだけ。

 それと、直接仕事をする人間にその事を伝えるだけ。

 たったそれだけに、もう既になっていたんだ。

 だから、どうしようもないのはわかってる。スタートダッシュが遅すぎた。

 だけど、それでも。

 親父が想ってきたそれを。キメラを軍事利用はさせないと、そう決めたその心を、俺は紡いでいかなければならない。

 それは親父を継ぐという意味でもあって、また、俺自身のためでもあって。

 だから、この勝負は絶対に負けられない。


「集団ボイコットは本当に最後の手段として考えた方がいいかもしれないね。そんなことをしたら、クアイルとの仲が悪くなる。クアイルとの仲が悪くなっても別に技術を持っているのはこちらなんだからいいのだけれど、今はWin-Winの関係を築いているからなるべく壊したくはないからね。それに、私たち技術班がクアイルに付き従っているのは業務上のノウハウがないという事が大きいから、そういう点でもクアイルとは仲良くしていきたいと思うよ」

 そこまで千之寺は言い切って、さらに続ける。

「だから、副社長を崩すのではなくて、周りから切り崩していくのが定石じゃないかなって思うんだ。この場合、会議で通過しないとこれが認証されないというのなら、それこそ過半数以上の人を白羽のバックにつけておくとか、あるいは、それこそ絶対権力的なもので反対するとか」

 千之寺がそれなりに的確なアドバイスをくれるが、白羽は相変わらず渋い顔で唸るだけで、

「でも、俺が絶対的権限でそれを止めたところで、そういう動きをしている社員から反発を食らうんじゃないかな、って。相手は数を味方につけているから、今更数量作戦で勝てるようなやわな地盤は築いてないと思うよ」

 と、反論する。

「なら、交渉するでもなく、推進するでもなく、放棄するでもなく、第四の選択肢を選びとればいいんじゃないのかな」

「第四の選択肢?」

「ああ、前の三つが駄目なのなら、誰も考えないような、新しい選択肢を提案するよ。に文字で言うのなら、根本、かな?」

「……何言ってるんだ?」


 こうして、白羽と千之寺の会話は続き、白羽がようやくにして、反逆の烽火を上げることになった。

 そして、白羽は話を聞いていながら、考える。

 ボイコットをすると、クアイルとの仲が悪くなるとか、さっきまで千之寺は言っていたような気がするが、こちらの方がより性質が悪いし、その上色々とひん曲がっている。

 なんていうか、こういう物事の考え一つ一つに、人間性が出るんだなと、改めて白羽は思った。


 とりあえず、その後はなかなかに美味しい若干高めのきつねうどんのコシと美味しいスープを堪能しつつ、これから襲いかかる苦悩を紛らわすかのように一時の休息として千之寺との会話を白羽は楽しむことにした。



 翌日、6月18日土曜日。

 朝、目を覚ました。時刻は早朝、どころではないまだ4時。

 窓の外を見ると太陽がようやく地平線の彼方から顔を出したくらいで、陽の光は地面を薄暗く照らす程度にとどまっている。

 そんな中、白羽は朝から少しばかりの熱気を帯びたフェニックスのキメラに手を振る代わりに羽をバサバサと振られて家を出る。

 キメラとしては見送りのつもりなのだろうが羽から少しだけ火の粉が出ては空中で消えてゆく。その光景が少しだけ幻想的だと思いながらも、室内で火の粉をまき散らすのは止めてほしかった。

 ごうんごうんと小さな籠に揺られて地階まで降りて、学校鞄を片手に学校とは正反対の方向へ向かう。正しく言うと、学校とは反対方向の電車に乗る。

 時間も時間なので、電車が動いているか若干心配になったが、駅に到着するとようやく始発が発車するという具合だった。

 椅子に座って、ガラガラの社内で少しだけ出発を待った後、銀色の車体に三色の線が入った電車はゆらりと動きだし、その影響で体が傾く。

 社内に誰もいなかったので、出来心で横になってしまおうかと思ったけれど、そのまま寝てしまったら恥ずかしい思いをするんだろうなと思いとどまり、ただただ不規則に響き渡る車輪がレールの繋目を越える音と自然音、それから車掌のアナウンスだけが響き渡る車内に白羽は体を預けることにした。


 暫くして、と言うほど時間もたっていないのか――おおよそ45分ほどしたころ、白羽は郊外に来ていた。とはいっても、さほど中心部より遠いわけでもない。クアイル本社からは恐らく電車で15分くらいで着いてしまうのではないかと言うくらいの距離だ。15分と言えども、色々あるが、『特急』換算なので、純粋な距離しては結構なものがあったりする。


「きたな……」

 駅に降り立った白羽は、何気なしにそう呟いた。太陽がちょうど白羽の真正面に見えていて、白羽が見上げている建物のちょうど天辺から見えるので、逆光状態で目をはっきりと開けられることができない。

 ただ、こんな朝の時間のこの建物が、白羽はとても好きだった。

 周りは基本的に森で囲まれていて、一方向だけ電車の関係で開いている。車の通りが少ないだけでここまで空気が澄むんだな、と白羽は深呼吸しながら感じた。


 外観はあまり目立たないようになのか、工業地区に乱立しているような一般的なものをそっくりそのまま移転したかのような普遍さを、森の中という全く馴染まないようなところに置くことでミスマッチさを際立たせるこの白い建物。

 ここが、クアイルの研究班が所属する研究所だ。


 研究所とはいってもこの建物は基本的に使われて無い。キメラ製造システムの調整や、新規発注の時だけ動き出すという、例外中の例外のような班だ。


 そんな普段であれば誰もいないような建物に、こんな朝早くから来たのは、もちろん理由がある。

 入口の鍵を開けようと思ったら、もう既に開いていた。

 まだ午前5時だと言うのに、中に入ってみるとそこには千之寺がモニタの前で腕を組んでいた。

「おはよう、白羽」

 モニタを睨みつけていた千之寺は、白羽がドアを開ける音を聞きつけて顔だけこちらに向けた。

 ただ、やはり何かを悩んでいるようで、目線がどこか上の空だ。

「千之寺……いつからここにいたんだ?」

 白羽はあきれるような目線で千之寺を見つめる。千之寺を見たときにはもうモニタの方に目を向けてしまっていた。

「いつから、かー。そうだね、昨日白羽と話をした後だから、もうざっと10時間くらいいることになるのかな」

 研究者には、こんな変人ばっかりだ。まともな人間性を持った人が自分しかいないのかと錯覚したくもなってくる。そういう人に限ってまともな人間性を持っていないとは、よく言われることだ。

「いや、自らが作ると言った作業は好きなのだけれども、自らが作ったものを、敢えて破壊し、それを破壊されていないかのように振る舞う、と言うのはなかなか面白いアイデアだなと、私自身言っていて思ったから。少し熱が入ってしまったかな」

「なるほど、それは良かった。手伝ってくれてうれしいぜ」


 昨日の夜の時点で、明日の朝、ここに来て一緒に考えようと千之寺と約束していたのだが、そんなことをするまでも無く、千之寺一人に任せてよさそうだ。

 技術班という変わり者が属する班に置いて、大体の人に共通する事としては、『本気を出した奴はヤバい・・・』。

 なので、ここは彼女一人に丸投げして、白羽は、

「じゃあ、千之寺、ここはお前一人でやってるみたいだから、俺はちょっと手を回しに行ってくるわ」

 と、言って、そそくさと階段を上った。

 千之寺はそれが聞こえているのかいないのかわからないが、さっきまでの悩んでいた姿は無く、何かを閃いたのか懸命にキーボードを打鍵していた。


 階段を上っただけで、室内の様子ががらりと変わる。

 一階は従業員室らしいが、二階は思いっきり白羽の個室へと変貌している。

 ここに来るたびに、自宅に来たかのような安心感が待っている。

 しなければいけないことは、この部屋に置いてあるパソコン1台で十分に事足りる。

 する事と言っても大したことはない。

 持ち前の技術力を使って、政府に発注している数を一つ増やすだけだ。

 今ではまだ政府がこの技術を求めているという段階で、|そういう(軍事)活動に利用していないため普通に供給することになっている。

 スーパーコンピューター並みの大きなコンピューター(本体はキンキンに冷えた別室にある)を立ち上げて、大量の数字が並んでいる画面にその数字の意味を読み取って理解していく。


「……これがうまくいくといいんだが」

 白羽が自分自身で気がつかないうちに漏らした心配ごと。

 しかし、ここまできた以上、抗う以外に白羽にはもう道は残されていないのだった。



「おっはよー、しーらは」

 学校の区域内に入る少し前の国道沿いの歩道で、たくさんのキメラと並列して歩く葛城かさぎ高校の生徒と一緒に、一人ソロで歩いている白羽に、後ろから声が掛った。

 声を聞いた瞬間に、足元で少しだけくすぐったい感触がしたので下を向くと、茶色に染まりつつある猫の首が白羽の脛のあたりにすり寄ってきた。

 かじるつもりではなさそうだ。

 その猫をよく見てみると、首の後ろ辺りに少しだけ羽のようなものが出ていて、首には飼い猫と言う事を表すためだろうか、鈴が付いている。

「おはよう、紹鴎じょうおう

 紹鴎のキメラは、紹鴎が後ろから走ってきたことを確認して羽を少しだけ出して、飛んで紹鴎の肩につかまった。

 ポジション的にピカチュウみたいだ。

「久しぶりだね。朝この時間に会うのは」

 紹鴎は見つけてから走ってきたのか、少しだけ息を整えながら笑顔で話しかけてきた。

 この時間で会わないのは、なるべくならキメラの話を人の前でしたくないっていう意思の表れなんだが……。紹鴎はそれを何度説明してもキメラの話をやめようとしない。

 あれは何なの? 中毒者なの? ってくらいにその愛は留まるところを知らない。

「そうだね。いや、おとといは途中で帰って悪かったな」

 途中って言うほど途中でもなかったような気もするが、一応謝罪をしておく。

「いや、いいよ。そんなに長時間拘そ……話すつもりはなかったから」

 おい拘束っていいかけたけど、もちろんわざとだよね? ちょっとしたボケだよね?

「そうか、ならいいんだけれど。今度暇があったら、また埋め合わせに、と思ってさ」

「え!? いいの!? 私それに乗るよ!? 白羽と何時間でも話しちゃうよ!?」

 この一瞬でテンションが豹変したんだけれど。さっきまでのお淑やかで、かつこちらが罪悪感に見舞われるくらいの悲しげな表情は何処へ。

 朝とはいえ、知っている顔がちらほらとなりを通るので、そういう態度は止めておいた方がいいと思うよ、うん。クラスでそうなっているときがたまにあるけれど、クラスの女子が紹鴎を見る目がその度に少しずつ何か知らないものを見ているような目になっていることを知ってるのかな?

「いいよ、俺だって、そんなに知っているわけじゃないけれど、紹鴎の話を聞くことくらいはできるさ」

 聞くことくらいはできるっていうか、紹鴎が話すとき、基本的に話しっぱなしだ。

 ここまで来たところで、俺達が歩いている歩道の家沿いの壁が、民家の煉瓦ブロックを積んだものから学校の何とも言えない渋い色の壁に変わった。

 壁の色が変わったということは、すぐに正門があると言う証拠だ。

 紹鴎は、ここまで来て、

「じゃあ、私キメラを預り所に連れてくね」

 と言って、走り去って行ってしまった。

 俺が昨日かおとといか、屋上に行って紹鴎を巻いた事と関係があるのではないかと、内心ひやひやしている。


 学校の構内に入ると、コンクリートで固められた洒落っ気の無い真面目な感じをアピールするにはちょうどいい綺麗な道路が、正門から長々と奥に続いている。

 学校に入った瞬間、風向きが急に変って、横からさり気無く吹いていた風が真正面から勢いよく吹いてきて、さらっと流れている俺の前髪を上に吹きあげる。

 前の方で歩いている女子生徒が、スカートを抑えて苦労しているのを傍目に見ながら、玄関口で俺はのうのうと靴を履き替える。

「おっす、白羽」

 靴を履き替え終わるころに、古道がやってきて、白羽に声をかけた。

 キメラを預り所に預けた後の様で、キメラの姿はなかった。キメラを連れていないと、なんだかこいつはただの真面目形生徒に見えるなと思いながら、出逢った以上先に行くのも気まずいので、古道が靴を履き替えるまでここで待つことにした。

 古道が屈むとき、ズボンからシャツがはみ出しているのが見えて、若干チャラくさいなと思ったが、友達として、悪戯心で言わないでおこうと白羽は心の中で思った。

「でー、委員長とはどういう仲なんだよ」

 靴を履きかえた古道は、白羽に馴れ馴れしく肩を組んで絡みついてくる。

「委員長? 結局何も無かったよ」

 そこまで言ったところで、、白羽は考え直し、流石にここまで白を切りとおすのは無理だと判断して、ある程度情報を小出しにしていくことにした。

「何も無かったっていうか、委員長も紹鴎と同じでさ、キメラ大好き人間で、昨日駅で偶然会ったときに俺と話をして、そこから延々とキメラトークだったよ」

 どこまで情報を出していいのか迷った挙句、結局全て嘘をつくことにした。いや、嘘はついてない。キメラ|(会社)トークには間違いない。

「え、でもなんで委員長はその話を教室でグイグイしている紹鴎も誘わなかったんだ?」

「そりゃ俺の知るところじゃないよ」

 実際の目的は違うからだろーなーと思いながら、妙な誤解を立てそうな話を盛ってゆく。この話のいいところは、決して自分に不利益を被らないことだ。

「あれか? やっぱり男女の仲と言えば……」

「お前の脳はピンク一色なのか?」

「なにもピンクとか考えてないけど、あれ、白羽そういうこと考えてたのー?」

「小学生みたいな真似は止めろ」

 古道の顔が人を馬鹿にしてる時の顔だった。目じりが下がっていて、口角が微妙に吊り上っていて、心なしか上から目線になるように顎が上がっている。

「そんなやましいことはないし、本当に何もしてないって」

 何もしてないっていうか、何かする前に中止になったって言った方が正しいのかもしれないけれど。

 まあ、この辺は齟齬だよ、齟齬。

「じゃあ、寧ろ何してきたんだよ。俺尾行して行ったけど、バイクですぐに捲かれたぞ?」

「尾行してたのかよ……」

 まあ、クラスの美人委員長と何のとりえもないぼっち気味の男子高校生が二人でどこかに行くっていう状況が起きたら、一体何事かって思うのは自然の摂理だよな。

 もしこれが他人なら、全力で野次馬になっただろう。

 いったいなんのラブコメが始まるんだよって。

 まあ、ラブコメなんて現実世界で起きるはずがないんだがな。

「もちろん、尾行くらいするさ。ただ、あんなところにバイクが止めてあったのは想定外だった。電車とか徒歩なら色々な場所に貼りこませていたんだが」

「どうなってるんだようちのクラス。妙なところで結束力ありすぎだろ」

 これも、古道の人望と言うやつか。


 こんなことを話しているうちに、教室の前に到着した。

 教室のドアから、7歩くらい手前まで来たところで、古道は突然、

「じゃあ、気をつけろよな」

 とだけ言い残して、クラスに入っていった。

 白羽は、「お、おう」とだけ意味のわからないまま生返事をしてその様子を目で追った。

 ここまで来たのなら教室まで一緒に行こうぜ……。


 そこで、ふいに立ち止まる。

 あれ、このパターンはテンプレートなあれなのか? という考えが頭を過る。

 一旦、教室に入る前に、心を落ち着かせるためと言うか、これから降りかかる災難|(主に人災)とかを予測するために、廊下に備え付けられてある窓から雲ひとつない晴天を見上げる。

 窓の外には、雲が見えない代わりに、くっきりと隣町の高層ビルが天を突きぬくような高さでそびえているのが見える。

 そんな光景を見ながら、白羽はふう、と窓から溜息を落とす。その溜息は、きっと下に堕ちる前にこの風に揺られてどこか他の場所に飛んで行ってしまうのだろう。

 後ろで、ぱたぱたと急ぎ足でかける音が聞こえた。

 何の音かと条件反射で振り向くと、ショートでもロングでもない微妙な長さの後ろ髪を、白羽が開けた窓から吹きこんでくる風に委ねて靡かせながら、突進するかのように教室に入ってゆく女子生徒の姿が見えた。

 っていうか、あれ紹鴎だ。


 教室の横開閉式ドアをがらり、と、勢い良く開けて入っていくと、

「キャァァァァ!」

 という悲鳴が聞こえた。


 なんだよ、案の定かよ……。

 そう思いながら、白羽は、教室の内部にいる人に姿を見せないように配慮しながら、ゆっくりと教室のドアを閉めた。

 ご愁傷さま、紹鴎。

 俺は、時間定刻に教室に入ることにするよ。


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