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第四話(1)「白羽の反逆」

 第四話(1)「白羽の反逆」


 特設室からは、マイクからどこに音を流せるか指示する事が出来る。社内全体、会議室全体、そして、社長が耳につけているイヤホンに、等々。

 ただ、今回は社長を傀儡にするような事もせずに、技術班班長の席のところに、スピーカーだけ用意してもらった。

 そもそも、白羽が技術部の班長だということ自体、トップシークレットの扱いなのだ。だから、こんな場に座れる苑座ですらそれは知らないし、こんな事が知れたら、真っ先に白羽の身が案じられるとして、社長、副社長、それから技術班のメンバーとその他数人にしか教えられていない。


 カスタマーサービス課の長である苑座からの要望・・は『キメラシステムの共有、あるいは公開』だった。要望、とはいっても、限りなく合理性を高めたうえでの要望で、社内でもキメラシステムの公開を望む声も上がっている中でのこれだ。

 いや、もしかしたら、キメラシステムの公開を望む声が上がっているから、それにこじつけて公開を目論んでいるのではないかと思うくらいだ。


 白羽がそれでもキメラシステムの公開を踏みとどまるのは、父親が遺した財産だと言う事もあるが、それ以上に軍事利用の危険性が高まる、や、不正利用が高まる、等の危険性を踏まえての上だ。だから、これは誰にもばらしてはいけないと心に決めている。


「苑座部長。それはできません。なので、そのキメラを技術班に回してください。その後、何らかの判断を下します」

 会議室では、スピーカーから何の前触れも無く、白羽の声を少しだけ改変した声が同じセリフのままで答える。

 苑座は、その言葉に少しだけ息詰まり、「でも……!」と、少しだけ抗う様な態度を見せたが、隣にいた重役役員に手で制された。

 これほどまでに、技術班が占める圧力は大きい。何事につけても、技術班の意見が圧倒的に優先される。この横暴とまではいかないものの圧倒的な力に反抗する者もいる。だが、このクアイルという会社は技術班によって生かされてると言っても過言ではない現状が実情なのである。

 会議室の中には、重苦しい空気が漂っている。白羽がマイク越しに声を出すだけで、これほどまでに重圧がかかるとは思っていなかった。

 そんなに自分が特別扱いされるとは思ってもいなかった。

「意見があるのなら聞きますが」

 白羽は、再びマイクに向かって会議室に音声を入れる。

 1秒弱のタイムラグを経て、会議室にその声が届く。苑座が、その重苦しい重圧に負けずに、座っていた椅子から立ち上がる。

『私は、これはカスタマーサービス課の領分であると考えます。このまま、同じような事件が立て続けに起きて、それを何度も技術班に送ると言う事をしても、問題の根本的な解決にはならないと思います』

 その時の苑座は、画面越しに見ても体をガタガタ震わせているのがわかるくらいに緊張に襲われていた。その中で、そんな発言をすることができると言うのは、将来はさぞ大物になるのだろうな、と思いつつ、その発言を拾って否定をしていく。

「技術に関することは、こちらの領分です。我々のプログラムが甘いばかりに悪だくみを働かせる隙間があったのは、確実にこちらの落ち度ですし、それでそちらの手を煩わせるというというのもまたおかしい話ですので、今回はこちらが担当します。多少の改良をしたうえで、またこのような問題が起きるのならば、今一度会議の場を設けたいと思います」

 言い切って、マイクを切る。

 苑座は、その言葉を聞いて顔色を蒼くしていた。メンタルが強いのか弱いのか。若干心配になる。


 そうして、その後の会議は、緊急と言う文字が抜けて、唯の定例報告会に移り変わった。その後の苑座は、まるで生気が抜けたかのように、一言として発しなかった。

 定例報告会には、それと言って目新しい報告も無く、ただ聞き流すだけのものに過ぎなかった。坂匡の次なる手は、まだ会議に出てくるほど進行していないというか、やはり苑座は坂匡の手下であって、これは計画的に仕組まれた事である可能性が高まってきた。

 そもそも、苑座はクアイル社の人間と考えても差し支えないレベルでこの会社の深いところまで侵入してしまっている。

 ならば、より。

 教えることはできない。



 苑座から、携帯電話にメールが届いていた。時間を見る限り、会議が終わったすぐ後に送信してきたみたいだ。結局、俺が何者なのか、知ることはなかったのだけれど、これによってまた追求されてしまうのだろうか。

 そのメールには事務的な文体で、一緒に話がしたい、という内容と時間が添えられているだけの簡素なものだった。

 断る理由も無いし、アポイントメントをとった一人の技術者と会うまでにはまだ暫く時間があるので、いい暇つぶしになると言うのも事実だ。なので、このメールには了解です、とだけ返信しておいた。

 その時間が来るまでの間、俺は坂匡を訪ねることにして、モニターの電源を全て落として、特設室の扉を閉める。



 ノックを二回、手の甲の骨ばったところで、重厚そうな副社長室と書かれた扉を叩く。その扉には、何回見ても豪華そうな模様が彫られていて、二スで塗られている。国内最大級の企業の副社長と言うだけあって、なかなかに素晴らしい待遇のようだ。

「どうぞ―」

 扉の奥からやる気のない、少しだけ気の抜けた声が聞こえてくる。その声に応じて、白羽は扉を開け遠慮なく副社長室のなかにずんずんと入っていく。

 奥では副社長である坂匡が、少しだけ憂鬱そうな顔で俯いていた。白羽が近づくと、目線をこちら側に向けてきて、挨拶代わりに会釈する。

「どうした、坂匡。なんだか元気がないようだけれど」

 坂匡と白羽は旧知の仲だ。いくら年が離れていようとも、そこの間に遠慮はない。

「いや……白羽お前、鬼畜すぎるだろ今日の会議は。もうなんだかキメラシステムの入手が不可能なことに思えてきたよ……」

 整ったひげも、ここまで元気がないと心なしか萎びて見えてしまう。

「やっぱり坂匡の差し金か。なんだかおかしいんだよなーと思ったよ」

「いや、でもワシはそんなに大したことは言ってないんだがな……あの子――苑座による采配が大きいぞ。なに、彼女は有能でな。ワシの言っている言葉の意図を完全に与した行動をとってくれるから、とても助かるんじゃよ」

 苑座はやはり坂匡の手下かよ……。

 そう知った瞬間、大きな溜息と、これから会う予定が急激にいやなものに感じてきた。なんでわざわざ好き好んで防衛戦にもかかわらず敵の懐へ飛び込んで行くような真似をしなければいけないのか。

 友達と言う言葉で覆ったところで、本質的には相手は敵。しかも、お互いがお互いのことを的だと認識していて、かつ、それを相手に探られないように振る舞うと言うどうしようもない消耗試合。

「で、その苑座に結局どこまで情報をいれこんだんだ? まさか俺がキメラシステム総括者とか、そんなトップシークレットまでは教えてないよな!?」

 白羽が少しだけ焦ったように目の前に置かれている机に体を乗り出して坂匡に向かって言葉を荒げる。

 椅子に座っている坂匡は少しだけその気迫に気圧されて体を退かせようとするも、椅子に付属してある、というか椅子の一部分である背もたれによって後ろに退けた体がスプリングによって跳ね返り体はより一層白羽の方に近づく結果になった。

 それをいいことに、白羽は机に寄ってきた坂匡を獣が餌を見るような獰猛な目で睨みつけ、グッと近づき、

「本当だろうな……」

 と、眉間に皺を寄せるだけ寄せて、齢十六にして恐ろしい形相を創りだすことに関しては最早プロ級の腕(顔)を持つようになってしまったその所業を思う存分発揮して坂匡を威圧する。

 坂匡とて大企業の副社長まで上り詰めた人物と言うだけあって、こういう事態には慣れているらしく、あまり動じはしなかったが、それでも一瞬だけ坂匡の肩がピクリと、痙攣したかのように動いたのを見て、ある程度効いているのだなと確信した。

「いや、これは本当だよ……彼女には何も言っていない。まあ、それこそ苑座は元ハッカーと言うだけあって、この位の最高機密トップ・シークレットを情報の海の中から拾い上げることくらい容易いものなのかもしれないけれどね」

 いや、そんな大事な情報は、パソコンの中のデータベースはおろか、そもそも打ち込みすらしていないはず。この情報はあくまで書類の上でだけで、しかも昔ながらの手書きと言う方法をとりつつ、印鑑を使いその文書の信頼性を高めることによって成立されている。

「まあ、あの情報はいくらハッカーでも手出しはできませんよ。知っているとしたらそれこそ、伝聞でしか知りえようにもないですからね」

 そう言って、坂匡に釘をさしておく。この釘の効果はどれくらいのものになるかは知らないが、少なくとも坂匡はこれで大丈夫だと言い切れるレベルには達しているだろう。


 ここで考えてみる。

 もしもすでに坂匡が苑座に俺が技術班班長だということを伝えてしまっている場合、苑座の今までの言葉は、つまり嘘をついていたということになるのだろう。嘘をついて、知らないふりをして、それでいて俺に接した。そういう風な解釈をせざるを得なくなる。

 だが、どうだった?

 苑座が見せたこれまでの表情は怪しむべきは多々あったものの、疑いたくなるような言動や、気になる箇所、というかそもそもほとんど見ず知らずの相手に、昨日であったばかりの関係が浅いというか、ほとんど無縁な状況の俺に対してあそこまで大っぴらに何かを見せるということがあり得るだろうか。

 否、そんなはずはない。

 見せるはずがない。

 苑座は、少なくとも、俺についてのなんらかの情報があって、そしてその情報を中心として俺という人物に対して信頼を置き、あそこまでの情報を公開してくれたということになる。

 では、その情報は何なのか。俺が信頼されるために必要な、知られてしまったら少なくとも苑座にとっては信頼に当たるような情報とは。

 それを突き止めて、どこまで被害を抑えられるかが、今後の肝になっていくのかな。

 そう思って、黙って坂匡の方を見る。

 情報を与えられるとしたら、やっぱり坂匡だけなんだよなー……。

 というか、それ以外に首脳陣の中で苑座が知っているような人物はいないと思われる。

 では、何だろうか。やはり苑座が得意とするハッキングなのだろうか。それでも、まだ俺は苑座がハッキングしたという状況も証拠も見たことがない。

 実際、クラスメイトにそんな凄腕の少女がいるということを、そんなにすんなり受け入れられる程俺の心は麻痺していない

 そもそも、たとえハッキングできたとしても、俺に関する情報はまず出てはいない。それこそ、社内重要機密というどころの話ではなく、国家機密並みのセキリュティで守られているはずだ。


 どう考えても、答えは出ない。

 考えているうちに、坂匡が、

「じゃあ、白羽くん、私はしばらくまた仕事があるのでね。申し訳ないがこの部屋を空けさせてもらう」

「ああ、悪いな、長居させてもらって」

 実感的には、長いというほど居座ったつもりもないが、時計の針だけを見てみるともう既に30分が立っていた。

「いや、いいんだよ。では、この部屋は任せたから、帰るときにはこの部屋のカギを事務の方にでも渡しておいてくれ」

「なんだよ、ずいぶんとセキリュティが甘いんだな」

「なに、セキリュティ云々なんて有って無いようなものだよ。この階までくる時点で何層ものセキリュティがあるんだ、問題ないだろう」

 そんな甘い考えを持った坂匡に対して、俺は冷ややかな目つきをしながら、

「そんなんじゃ俺に物を盗られるぞ?」

「白羽君になら我々からはなにもいえないよ」

 そういって、重厚そうな扉を押し開けて出て行ってしまった。

 なんというか、ワイルドというか、不用心というか。

 大雑把な性格が見て取れる。

 そんな性格だからこそ、そんな人格だからこそ、ここまで上り詰めてきたのだろうか。そう考えざるを得なかった。


 苑座との約束の時間まで、あと25分ほどあったので、せっかくなので副社長室にいさせてもらうことにした。

 別に、何も盗ったりはしない。そんなのは、すべての物事に興味があった小学生のころにすべてを荒らしまわって帰ったあの日くらいだ。あの日だって盗ったりはしていない。

 そんな懐かしい憧憬に駆られて俺は部屋をくるりと見回す。

 部屋の装飾は、昔と比べて何回か塗りなおされたのだろうが、それでも尚全体的なイメージは統一されており、若干趣味が悪いなと思われる内装も変わらない。


 そんなことをしている間に、昔のことを思い出したついでに、今の自分の置かれている状況を顧みてみる。

 なんだか、生きにくくなったなー、って。

 そう思ってやまない時が、俺にだってある。


 そもそも、なぜこれを隠さなければいけないのか。

 苑座くらいにならいいのではないか。

 そんな甘い考えが頭の隅を過る。


 ……甘い考えか?

 俺の頭の中にかかっていた、靄のようなものの中から、一筋の光が差し込んでくるような錯覚とともに、少しの疑問が出てきた。

 俺が持っている秘密は二つ。システムの内容と、俺の環境。システムの内容は絶対に口外しないこととして、環境くらいなら、話してもいいのではないだろうか。

 そもそも、なぜ俺はこの身分を隠さなければいけないのか。

 それは、俺が危険な目に合うから。

 つまり、俺を狙えばいいと、悪者その他諸々のターゲットにされてしまうから。

 いや、でも待て。狙われるのは割と頻繁に起きている。これはどういうことだ?

 そして、悪用された時のリスクが高すぎる。

 だから、信用している人物でなければ言ってはならない。たとえば、坂匡とか、そういう人になら打ち明けられる。そういうことだ。


 ということは、だ。俺が苑座のことを余さず聞き出して、かつ絶対に誰にも話さないことを約束させてしまえばいいのではないか。


 結局、誰にも言わなければ、この秘密は持っていてもいいわけであって。

 それは、俺がこの秘密を誰にも打ち明けられないことに対して抱え込んでいるストレスを解消してくれる可能性もあるという、一石二鳥並みの、名案を思い付いてしまったかもしれない。



 誰にも話していけないわけではなかったんだ。ただ、人を選べというだけで。そんなことに、なぜ俺は気が付かなかったのだろう。

 そう思いながら、白羽は着々と苑座に対して探りを入れに行く準備を整え始めた。



 社内はまさに喧々囂々としていたよ、と、出会いがしらに苑座は愚痴を零した。

 おいおい、まだそんなに仲良くなったつもりはないんだが、と、白羽は自分の中である一定の距離感を模索しながら話し始める。

「いや、そんな益体も無い話なんてどうでもいいんだけど、そういえば君会議にいなかったね、どこにいたの?」

 白羽は一瞬たじろいで視線を純粋な眼を向けている苑座から若干宙に浮かせた後、

「いや、俺のは誤送信だったらしい。無駄足を踏んだよ」

 と言って、誤魔化した。

 誤魔化し切れていないどころか、さらに勘ぐられるような気もしないでもないけれど、心持ちだけは痛くも無い腹を探られても何も出ないぞということにしておく。

 若干心臓の鼓動が速くなってきたけれど、それは気のせい。

「誤送信、ねぇ……会社もパニックだったけれど、はたしてそんなことをするかな……? 火に油を注ぐだけなんじゃないかな?」

「誰にだって間違いはあるだろ、許してあげろよ」

 言葉だけ見ると怖いものの、宥めるような口調で俺は苑座をあやしていく。

 苑座は白羽に乗せられて納得させられたという感じで「う、うん、そうだね」という言葉を発した。

 でも、これってなんだか余計怪しいんじゃないのか? とか思ったり思わなかったりもしたが、気にしないことにした。

 まあ、会場着いたら楽しみにしてろと言った挙句、こうなってしまってはどれだけ感の鈍い人でも流石に俺が嘘をついていることは気がつくだろうが。

 これも、苑座だったら教えてもいいと思っているということなのだろうか。

 今は違ったはずだ。

 教えてはいけない。苑座は敵なのだから。目を配るべき、気を配るべき相手なのだから、こんなトップシークレットを、そうも易々と教えてはならない。

 相手にこちらの弱みとなる物を握らせてはいけないのだ。

 まあ、この点に関しては坂匡は最初からこちらの弱みを握っていると言ってもいいのだけれど。

「で、なんか凄い重役会議に出席したんだって?」

「なんで知ってるの?」

 不思議そうな顔でこちらを見る苑座に対して白羽は、

「風のうわさ、っていうか同僚に聞いた」

 と、地味に現実味のある嘘を織り交ぜて返しておいた。

 自分でも性質(たち)が悪いとは思う。だが、容赦なんてする筈も無い。

「へぇ」と何気ない返事をする苑座に、白羽は「どうだった?」と話の続きを促す。

「凄い緊張したよ―。なんて言うか、お偉いさんって年配の人たちが多くてもう自分が何を言っているのかが分からなかったよ」

「年配の人って言うだけで緊張されるとは相手も思ってなかっただろうな―……でもまあ、威厳は出てただろうけれど」

「あ、でも一人だけ猫背でとても弱々しいというか、全体的に弱そうなおじさんが居て、その人だけは見てて緊張しないからずっとその人の方を向いて話していたよ」

 猫背で……全体的に弱そう?会議にそんな人はいたっけ?

「何だっけ……ずっと見てたから、プレートの名字だけ覚えてるよ。若干難しい漢字でね―『からざ』ってよむのかな? そんな感じの人だった」

 社長……。というか、一応社員なら社長の顔と名前くらい覚えておこうぜ。

 苑座はまあ、中途採用と言うか、突然社員になったのだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけれど、書類によればもう入社してから既に半年は経っているらしい。


 会って早々に苑座の愚痴を聞いて、少しばかりの気まずさが抜けたところで、白羽は悩みながらも本題に切り込もうと身構える。

 白羽の頭の中ではせっかくのいい機会だし教えてしまいたいと言う欲望と、教えてはならないという理性が未だしのぎを削っていた。

「苑座、ちょっといいか?」

「どうしたの? いきなり改まって」

 苑座と白羽の間に置かれているテーブルに、苑座は飲んでいたペットボトルを置く。今までダラーっと気を抜いていた状態で話していたが、白羽が急に改まったので苑座も姿勢をただしたのだろう。

 白羽としては、もっと気楽に聞いてもらいたいという気持ちもあるのだけれど。

 まだ前置きだ。落ち着いて行こう。

「いや、そんな改まる話でもないんだが」とだけ前置いておいて、自然と硬くなっていた体を意図的にほぐして、ソファにふかく座った。

「苑座は、俺の事をどういう人だと思ってる?」


 言い終えて、何を言っているんだと思ったが、それでも言いたいことは間違っていない気がして、特に何も言い変えなかった。

 実際聞きたいことはそういうことで、俺をどんな役職の人だと思っている? と直接聞くのもありだとは思ったがそれは流石に含みがありすぎなので、婉曲的に苑座がその意図に気付いてくれることを祈りつつ、俺はそう質問した。

 苑座は、その質問をしたときに、一瞬だけ頬を赤らめ、何か勘違いしたようだったがすぐに正気を取り戻して考え始めた。

「どういう人、ねぇ。なんか哲学的な質問をしてくるね」

「哲学的、って言葉を使えばそれっぽく聞こえるが、中身はそんなことないんだけれどな」

「私から見ると、白羽君はとても長けている。長けていて、かつ、避けている。そんな感じだね」

 何を言っているのだろうか、と言う視線で苑座を見ると、言葉の後に苑座は、「いやいや、勘で言っただけだよ」という的外れもいいところな回答をよこしてきた。

 たしかに、こちらの質問が悪かったんだけどさ……。

「そういう事じゃなくてさ……苑座は俺を――」

 そこまでいい終えて、止めた。

 リスクとリターンが釣り合っていない。あまり苑座の事を知らない――というか、知り合って3日目の奴にこんなことをばらしていいのかは、まだ判断がつかない。

 よって、いったん保留にしようと、自分の頭の中で高揚していた何かを鎮める。


 だから、まず、俺は苑座の事を知らなければ。

 そう思って、苑座の事を話そうと、会話を方向転換することにした。


「ところでさ、苑座、お前が所属している」

「ちょっといいかな白羽君」

 苑座が、白羽の言葉を遮り話しかけてきた。語勢が荒いので、少しばかり怒っているようだ。

「なに?」

「あの、私結構我慢してきたんだけれど」

「我慢って、何を? トイレ?」

 白羽は少しだけ、意地悪で苑座に的外れな言葉を返してみた。だけれど、白羽もその言葉の真意に気づいていないわけではない。

「いや、トイレはさっき行ってきた。そういう事じゃなくて」

「ああ、そうですか……」

「デリカシーの無さはとりあえずここでは置いておくとして、白羽君、よもや私がそこまで鈍感系美少女に見えますか」

 自分で美少女って言うかよ……、と、内心で毒づきつつも、傍目から見て、と言うより白羽の目から見ても否定しようがない真実なので何も言えなかった。

「いや……見えない、かな?」

 白羽のぎこちない笑みと共にうすら笑いが零れる。実際に思っていた白羽としては反論のしようがない。

 甘く見ていてすいませんでした。

 心の中で本気で白羽は謝った。

「へぇ、見えてると。まあいいさ、で、どうかな、私が何を言いたいか分かっているよね? 分かっているなら、どうする? 今まで白羽君から感じてきた怪しいところとか、あげつらって羅列しようか?」

「いや、もういい、分かった、解ってるから」

 そう言って白羽は考える。

 どうするべきか。

 もうこれ以上誤魔化すのは無理そうだ。だからと言って真実を言う訳にもいかない。


 ならば。


 大事なところだけを隠しつつ、辻褄が合うように――駄目だ。

 そんなことをしてさらに信用を落としてどうする。リスクとリターンが合わない。ばれたときのリスクが高すぎる。

 だからと言って……。

 こういう事を考えている間にも苑座の疑惑の念はさらに増していくのだろう。

 諦めるしかないのか……。


「そうだな。確かに、矛盾がたくさんあったかもしれない。隠し事をしていたことを否定はしない」

「だったら、教えてくれるよね?」

 苑座が上目づかいをするかのような姿勢で、こちらを見てくる。

 だが、それに屈するわけにはいかない。

「そうだな――。そういえば、直属の上司が、坂匡とか、言ってたな」

 白羽は、苑座の顔を見ず、ソファーにもたれかかり天井を見ながら呟くように話す。文節ごとに言葉を区切りながら、重みを出すように。

 白羽の空気が変わったのを受けて、苑座の喉元からごくり、と言う音が聞こえた。

「だったら、その人にでも聞いてみればいいんじゃないか?」

 ギロリ、と眼光を尖らせて苑座の瞳に突き刺す。

 白羽の視線があまりにも鋭かったのか、あるいはその瞳孔の開き方が尋常じゃなかったのか、苑座はチワワのように身をちぢこませて小刻みにフルフルと震えているかのように白羽からとれるだけの距離をとって怯えている。

「そしたら、白羽君が何物かがわかるってこと?」

「さあね。でも俺みたいな下っ端のことなんて上の人は知らないだろうし、知的好奇心のためだけに人のプライバシーを露呈するような人もいないとは思うけれど、一応聞いてみればいいんじゃないかな。まあ、そんなに一般常識がない人がこの会社の上位層にいるとは思えないけれどね」

 吐き捨てるように、白羽は言った。

 キャラが豹変したかのように苑座には視えているのだろうが、無論、これは演技だ。苑座には申し訳ないが、白羽だって自分の正体を見破られるわけにはいかない。

 それでも、本当に聞いてしまったとき坂匡がどう答えるかは賭けでしかなかったが。

 だから、あえて挑発するように。理性に掛け合うように白羽は苑座に言葉をかけた。

 これが吉と出るか、凶と出るか。

 内心ハラハラしながらも、このまま白羽は苑座と別れを告げた。




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