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第三話(中)「白羽の妙案」

 第三話(中)


 白羽たち三人は、机を寄せ合わせて弁当を食べている。時間はクラス内にそこまで人が多くない昼休み。ほとんどのクラスメイトは他のクラスに遊びに行ったり食堂に行ったり思い思いの日常を過ごしている。

 そんなクラスの隅の方で集まっているのだけれど、クラスの中心の方に集まっている女子群の中から驚異の視線を感じた。さりげなく、しかし視線はとても強く、彼女はこちらを見ていた。

 いや、こちらを、ではない。

 白羽を、だ。


「やぁ、白羽君、昨日ぶりだね」

 目があった瞬間、白羽は瞬時に目を逸らしたが苑座は近づいてきた。机を寄せ合って仲良く話している中に入っていくなんて、自分で考えてみたら恐ろしいにもほどがあることなのだけれど、空気を読まずにガツガツと入ってくる。

 古道と紹鴎は代わりに空気を読んで、白羽から少しだけ距離を取って二人だけで話している。良さ気な雰囲気が漂っているけれど、話している内容は白羽と苑座についてのことだ。

「あ、ああ……委員長……」

 何故近づいてきたのか、よくわからないまま曖昧な返事を返す。

「ああ、いや、少しだけ用事があってね」

 明るい笑顔を振りまきながら、委員長は白羽の目をしっかりと見つめて話す。古道と紹鴎が話しながらも目をちらちらと古道の方に向けている。教室の中はさっきと変わらずザワザワしているが、さっきまでの温厚なざわざわと違って、クラスの中心人物に近いような苑座がいきなり、冴えない白羽に話しかけに行ったことに対する興味がそのザワザワの原因だろう。

 クラス内では、白羽が予想するように様々な憶測が飛び交っている。話している人たちも、白羽や苑座にそのひそひそ声がノイズとしか認識されないくらいの声で気を遣いながら、まるで軽蔑するような視線を投げかけながら話している。

 ただ、ここでの一番の被害者って言ったら、それは俺だよな……。と委員長から視線を外しつつ白羽は思った。

 紹鴎以外の女子と普段から話していない、つまり女子に対する耐性がない白羽は自分の顔が赤くなっているのかどうかが気になって、苑座の顔をまともに見ることができない。それ以外に他人の瞳を見るのが苦手と言うこともあるのだけれど。

「用事って……?」

 白羽はクラスの視線を気にしつつ、声のトーンを少しだけ落として委員長に尋ねた。白羽が言葉を発した瞬間に、クラス内の音声が水を打ったかのように静まり返った。

 そして、そのまま委員長の回答を待つ。白羽だけでなく、クラスのほぼ全員が。

 固唾を飲んで見守っている。


 そもそもなぜ委員長はこのタイミングで来たのか。

 クラス内の友達との会話にひと段落ついたところだったのだろうか、それでも昼休みと言うタイミングは悪すぎる。自らの評判を気にしないスタイルだったとしても、自分のことで噂をされるということに生理的嫌悪は付きまとうだろう。

 そもそも、何の用事なのか。昨日から思っていることだ。どんな思惑が働いている……?

 いや、考えすぎかな。

 幼いころから、人を疑ってきながら生きてきたから、考えがおかしくなっているのかもしれない。

「うん、だから、放課後待っててね!」

 明るい笑顔で、くるりと体を翻していつも委員長が話しているメンバーのところに「おまたせー」と言いながら戻って行った。

 最後に少しだけ、苑座の体が翻ろうとするほんの直前に、白羽は確かに、彼女の瞳の奥にある、確固たる意志を、そして確実な目的を、感じてしまった。

 直感的な、しかし短絡的、楽観的には考えられない何か。そんな強い何かを、彼女は確かに匂わせていた。

 直感だとか、虫の知らせだとかは、信じられることではないし、信じたくもない。そんな非現実的なものは感じたくない。

 でも……でも……!!

 それでも、心の中に広がってゆく不穏な空気は留まるところを見せない。


 今日はいつもと違って白羽に掃除当番が周ってきていた。

 帰りのホームルームが終わると、白羽が呼び出されているのを知っている二人組は空気を読んでか、そそくさと鞄を持って下校してしまった。

 その様子を掃除用具入れから箒を取り出しながら白羽は横目で見ていた。紹鴎と古道はそれに気がついていないかのように、下校可能時刻後すぐに教室から出て行ってしまったので、何も声をかけられなかった。

 対して、委員長こと苑座はいつもの女子軍団と一緒に仲睦まじく話している。掃除の邪魔にならない様にか、クラスの隅の方で話しこんでいたようだが、担任の先生に出ていくように言われ、白羽が掃除を半分くらいまで終えたところで自然解散したようだ。

 掃除と言っても、一人でやっているわけではなく、5人くらいの出席番号をフルに活用した完全ランダムの班割によって生成された誰とも話せる人もいない班だったので、何も話す事も無くテキパキと掃除が終わった。

 掃除が終盤まで来たところで、苑座が掃除が終わった部分のクラスの隅っこで笑顔で白羽を見ながら待っている。掃除をしながらでも後ろからの視線を感じるという途轍もないプレッシャーを発しながら。

 視線が強いとは言っても、苑座の目力が強いというわけではない。目は少しだけ釣り目で、眉毛は薄いが処理された跡が見られず、睫毛も上に少しだけカールしている。そんな至極一般的な女子の瞳より数段階美しい瞳というだけで、それと言って変わっているところはない。

 だから、きっとこれは気にしすぎているだけなのだろう。

 そんなこんなで、やがて掃除は終了し、いの一番に持っていた箒を掃除用具入れに入れて鞄を持ち上げて帰る準備をすると、苑座がこちらにやってきた。

「さあ、帰ろうか」

 昨日今日で初めて話したような仲だとは思えないくらいの馴れ馴れしさで苑座は話しかけてくる。そんな距離感に抵抗が少しだけあるけれど、そんな抵抗を人見知りと言う他人よりもハンデがあるのにもかかわらずどうにかして取っ払って、

「そうだね。じゃあ行こうか」

 というお決まりの一言と営業スマイルを浮かべて教室の扉から出て行った。


 太陽は気が付いたら頭上から少しだけ西側に逸れていて、もうすぐ夏だということを感じさせる蒸し暑さが少しだけ漂い始めていた。正門の脇に少しだけある雑木林の影が白羽たちを覆い、その日光を遮っている。葉と葉の間から漏れ出す木漏れ日が、風の流れに少し遅れてゆらゆらとざわめき立つ。

 履いている革靴の先端をアスファルトに向かってとんとんと打ち付けて履き心地の調整をしていると、やがて学校指定のスカートを靡かせながら苑座が日差しの中を走ってきた。

「お待たせ」

「そんな時間はかかってないから気にすることはないって」

 そう言って、後ろから走ってきた苑座を気遣うように白羽は彼女の息が整うまでしばらく木陰の中で待つ。教室掃除をした後なので、一般的な下校時刻とは少しだけずれてしまったが、それ幸いか辺りには人影がなく、そのお蔭で白羽は囃し立てられることがなく内心ほっとしていた。

「で、放課後に俺を呼び出して、どうするつもりなんだ?」

「いや~昨日の今日で本当にごめんね」

 白羽の質問には答えず、あくまでも苑座なりのペースで話を進めてくる。会話がかみ合わないというか、かみ合わせるつもりがないのか。

「こんなに早く話せるようになるとは思わなかったよ~。どうしても話さなきゃいけないことがあったからね。もう急用だよ! 急用!!」

「そんなに連呼しなくても……」

「連呼もしたくなるよ!」

「ああ、そう。で、何が急用なの? 俺が呼び出されたわけって何」

 白羽はここらで奥の方から一般生徒が歩いてくるのが見えたので、なんとなく正門前と言うところも居心地が悪かったので日陰からようやく足を踏み出す。

 白羽が歩き始めるということに気付いたのだろうか、苑座は白羽とともに木漏れ日の中で休んでいたその身を起こし、白羽の目の前にたたたっ、と回り込む。いきなりの苑座の行動に驚いた白羽が一瞬苑歩む動作を止めたその瞬間、一瞬のすきをついて、苑座は白羽の手を優しく取り、

「さあ、こっち!」と言って、また元気よく走り出した。

 白羽はいきなりのことに動転しつつも、握られた手は放すことができずに不可抗力でそのまま走り出す。自分で動こうとしているわけでもないのに、体が勝手に動く。反射だろう。

 白羽の腕は、まるで手綱のようにしなり、それに合わせて白羽がついてくるという風にも見えるのかもしれない。

「ちょっと……おい!」

「いいからいいから!」

 何の説明もなしに、苑座は白羽の手を放そうともせずに直射日光を浴びながら学校の正門を抜けて、いつもの白羽の帰り道とは全く正反対の方向に走り出す。

 このいきなりの事態に白羽は頭を悩ませざるを得なかった。どうにかしてこの状況についていくのがいっぱいいっぱいだった。とても物事を伝えることが下手とか、そういうことでも無さそうだけれど、しかしあくまでも苑座は自分のペースで進むので、思考が追いついていかない。

 いい加減手を振り切ろうかと思ったその時、苑座が今までまっすぐ進んでいたところを、脇道にそれた。右側は住宅街で、アスファルトの塀によって視界が閉鎖されていたけれど、その道を見てみるとなんてことのないただの小道だったが、気になるところが一つだけ。

 脇に駐車している若干青みがかった黒っぽい色で着色されているバイクがあった。ニスで塗られたような輝きが太陽光を反射しより一層眩しく光る。

 そのまま苑座はバイクの隣まで白羽を引き連れて行ってそこでようやく手を放す。そのまま、少し走っただけなのにもう虫の息になりかけている白羽に向かって、一言、言葉を発した。

「さあ、行こうか!」

「……どこに……だよ……」

 手を膝につきながら、白羽は切れきれの声で答えた。だが、ここまで自由奔放に振る舞ってきた苑座がそんな話を聞いているはずもなく、白羽を無理やり、というかほとんど力づくでバイクの後ろに乗せた後、収納から2つのヘルメットを取り出して、片方を白羽に手渡した。

 バイクの運転席に座った苑座は、着々と準備を進めていて、もうヘルメットは被り終ってあとは顎紐を締めるだけという状態になっていた。

「早くしてね。どこに行くかとか、どういうことかとかは、走りながら話すわ」

 ヘルメットをかぶった状態からでもわかるその笑みは、少しだけ眩しい様な、でも、苑座が何を考えているか白羽にはわからない以上、どうすることもできなかったし、こんな状態にセッティングをしてもらって今更断れるほど白羽はメンタルが強くなかったし、お人よしでもあった。

 渋々、白羽はヘルメットを被り、座席ともいえない微妙なスペースに座る。手をどうすればいいのか、恥ずかしさと申し訳なさと相まって手持ち無沙汰にしていたところ、苑座が手を後ろに回してきて腰回りを掴むようにと白羽の手を誘導して、それに少しだけ抵抗するような素振りを見せつつも、最終的にはそれに甘んじることとなった。

 それじゃあ、行くよ、という苑座の声が、被ったヘルメットの側面から聞こえてくる。ヘルメットにはスピーカーが内蔵されているらしく、向こうがヘルメットを被った状態でも難なく会話ができるように配慮されているのだろう。

「ああ、わかった」

 白羽がそう答えた瞬間に、白羽は体がぐんと後ろに引っ張られるような感覚を感じて、苑座の腰に回していた手により一層力を強く込めた。苑座が痛まない程度にと配慮しつつ、悶々と自分自身の羞恥心と格闘するのはあまりにも白羽に多大な精神負荷を掛けていたが、どうすることもできないのでこれはこういうものだと諦めることにした。


「で、いったいこれは何の真似なんだ?」

 前方では風を切る音がびゅうびゅう鳴っているが、白羽の前には苑座がいて、直接風を受けることはない。さっきまでいた住宅街は抜けて、どこかの大きな幹線を走っているようだが、白羽にはその心当たりはなかった。移動には電車を基本的に使うので、こういう幹線やそれから地形には疎いものがある。

「そうね……。ちょっとしたデートのようなものかな?」

「はぐらかすな。答えろ」

 いままで散々はぐらかされてきたので、もうそろそろ答えをくれてもいいんじゃないかと言うニュアンスを込めて、答える前に一度ため息をついてから、少しだけ強めにもう一度質問した。

 するといい加減観念したのか、苑座も答える気になったようで、苑座の雰囲気が変わった。

 この位置から、顔は見えない。

 人と話す際に最大の判断材料となる表情が見えないということは、それはどんなふざけた表情をしていようが言葉でしか判断することができないということであって、その表情を見せずに伝えることはとても難しい。だが、苑座はいまそれを、気迫でやって見せた。

 正確にいうのなら、肩の筋肉を少しだけ強張らせることによって、それによって白羽が苑座の雰囲気が変わったと認識したということが起きた。

 肩の細かい振動や、体の細かい動き。

 それは、人を見るうえで白羽が大事にしている要素の一つだ。

「……分かった。そろそろいいわね」

 そんな、最後まで勿体ぶるような口ぶりを見せてから、苑座は話し始めた。苑座が白羽を連れてきた理由を。



「この間、とある駅で白羽君と接触した。でも、それは偶然じゃない。私が、意図的に、故意的に貴方の事を付けていたから、と言った方が正しいかしらね」

 その言葉を皮切りに、苑座は淡々と話し始める。その言葉は、心なしか声のトーンが落ちている気がした。話したくはない事なのだろう。でも、話さなければならない事と踏ん切りをつけたのか。その言葉に迷いはなかった。

「最近、どうやら君は悩んでいるみたいだね。間違っていたらごめんだけれど、それは恐らくあっているよね。なんで気がついたのか、っていう話は、まあ今は置いておいて、とにかく、私は白羽君が悩んでいるところを目撃したんだ。ただのクラスメイトにそんな優しくしてあげる義理はないと思うし、ましてや、まだ一言たりとも話したことのないような人だったけれど、白羽君は他の人と違って独特の雰囲気があった。だから接触しようと思ったのかな」

 話の根幹が見えない。そう思いながらも、白羽は何も口を挟まずにその言葉に、スピーカーから漏れる無機質な、しかし温かみのある声に耳を傾ける。

「ここ最近って言っても、精々昨日か一昨日くらいだよね。その時の、ある一面が私を白羽君のところに走らせたんだよ」

 ある、とか、そういう代名詞に気を取られて、それがなんであったのか、全く心当たりがなかった白羽は相の手を入れる事が出来なかった。

「まあ、白羽君にとっては、いつも通りの事なのかもしれないけれど、あの日――何日前だったっけ。私がいつも通りに登校していたとき、私、見ちゃったんだ」

 何日前かの、登校日。そこに特別な意味なんて、見出せるものはあったのか、と内心疑りながら、体からは妙な汗が噴き出る。

「白羽君ってさ、いつもキメラとか連れてきてないじゃない? その理由が、それを見てすぐにわかっちゃってね。でも、そんな興味深い人だからこそ、私は白羽君に興味を持ったんだよ」

 涼しげな風に煽られながら、二人乗りでバイクは速度を増してゆく。袖口から入った風は、背中部分の布地に当たって襟元に抜けてゆく。それなのに、背中には冷や汗とも言えない水滴が滴っているのを感じた。

「大丈夫。誰にも言わないから。一方的に秘密を握るというのもなんだかおかしな話だし、ここは秘密を共有することで仲間意識を増幅させるというところで手を打ってくれないかな?」

 話が主語が抜かれた状態で進んでいくため、何も知らない人が聞けば、全く分からない。だが、白羽にはもう既に、『見てしまった』=『秘密』の中身が何かは予想はついている。

 見られないように、最大限配慮したはずなのに。それでも、人間である以上、失敗はつきものだ。完全無欠のコンピューターでもない限り、失敗しないことなんて有り得ない。

 だからと言って。

 このミスは大きすぎた。

 反省せざるを得ない。

「言わない、だなんて、そんな口約束を信じられるとでも?」

 さっきまでは、まだ明るい雰囲気を保っていたが、白羽は突然殺気を放った。空気を掻っ切るように、雰囲気で人を縛り付けるように、重苦しい空気を二人の間に蔓延しつつ、低めの声で、息が荒ぶりそうなのを抑えて、苑座に聞く。答えを求めるような質問で無いのは、白羽だって理解している。これは、相手に降伏を命じるようなときの言葉だ。最大限に威圧感を盛り込んで、人を恐怖によって服従させるために使うような言葉だ。少なくとも、それ相応の破壊力を持っている。

 白羽にとっては、確かにこの秘密は、生きるか死ぬかの賭けと同じくらいに重いものだ。いや、欠けそのものと解釈する事も出来るだろう。

 やはりどうにも生きにくい。

 そう白羽に思わせるような原因でもあったりする。

 しかし、苑座はそんな圧力に屈するようなそぶりを見せずに、むしろあっけらかんとした教室での空気を取り戻したかのように、

「信じてもらうよ、代わりに、私の秘密も言うから、ってさっきも言ったじゃない」

 と、言った。


 それでも、白羽の秘密と相対するくらいの大きな秘密を、苑座は持っているのだろうか。



 キメラシステム。

 キメラは機械によって二つの生物を合成することによって生まれる。

 しかし、その機械を造る機会は存在せず、一つ一つ人間が手作りで造っている。そして、それには設計図が存在しない。全てが人の頭の中に叩き込まれている。

 だから、だからこそ。

 苑座が話した秘密は、あまりにも予想していないものだった。

「私は、キメラシステムの内部構造を全て知っているわ。これでも、名の知れたハッカーだからね」

 苑座は、スピーカー越しにそう言った。言われた言葉の意味がわからなかったのは、ほんの数秒。ヘルメットだからと言って、誰にも見られていないことをいい事に、白羽は口を開けっぱなしにしてしまった。

「それは、ないよ」

「私は、白羽君が気になっていたのよ。キメラを連れてこないこととか、挙句の果てには、キメラを素手で(・・・・・・・)倒してしまうこと(・・・・・・・・)とか。普通なら、そんなことは絶対にあり得ない。一体、どんな特訓を積んでいるのかと気になっていたのよね。そして、つい昨日。そんなところに、君があの町に現れたのよ。偶然にも、私と同じビルに予定があるみたいでね」

「昨日……駅であった、あの日か……」

「そう、君は、確かに私と同じビル――『クアイル』のビルから出てきた。詳しい事は知らないけれど――君は確実にあの企業と何らかの関係性があるんじゃないかな。私はそう思って、君にとうとう話しかけた。それが昨日のことだよ。そして、今日は興味本位で付き合ってもらっているわけだよ。是非とも、君と話がしたかった」

「話がしたいだけなら、学校でも……」

 そういいかけて、白羽は言葉を打ち切った。

 少し考えるだけで分かる事を、わざわざ言おうとしていたということに気がついたからだ。

「そう、そんな話は学校じゃ出来ないよね。まあ、話をするものなんだしと思って、せっかくだから私の家に誘おうと思ってね。それでこんなに回りくどい形をとらせちゃったんだ。だから、いつも歩いてきているんだけれど、今日は特別に、ほら、愛用のバイクで来ているからね」

 そう言って、苑座はエンジンを2回ほど噴かす。ある程度大きな幹線道路で、時間も時間なため歩道には誰もいなかったので、なにも注目される事も無く、今までより速度をさらに出して猛スピードで突っ走り始めた。

「まあ、歩いてこれる程度の距離だから、そんなに大したことはないよ。ほら、あそこさ」

 そう言って、苑座はハンドルから肩手を少しだけ放して、右斜め正面に見える建物を指さす。辺りには低い建物しかなく、精々高くても4,5階くらいのビルしかなかったので、その少しだけ遠くに見えるその建物は、とてもよく見えた。

 指さされた先に見えたのは、大型の高層ビル。およそ60階はあるのだろうと思われる、周りにそれと言った高層建築物がないのでより目立って見える灰色の建物だ。ここ周辺ではきっと有名なビルなのだろうが、生憎白羽が住んでいるところは反対方向なので、この建物を知る機会はなかった。

 そんなことを考えているうちに、気がつくとバイクの前方がガクンと傾いて白羽の体は前に座る苑座に思いっきり体重をかける姿勢になってしまった。

「着いたわ。地下駐車場よ」

 前に座る苑座は、白羽の体重が掛ったことを気にもしていないようで何事も無かったかのように受け答えする。

 そして、ガクンと言う衝撃がバイク全体を襲い、平行に戻った。

 地下駐車場に入るための斜面を下っているみたいだったが、ずっと委員長の背中に掴まっていたから、わかんなかったな……。

 バイクは少しだけ蛇行運転をして、動きを止めた。止まった瞬間に、バイク特有の唸りが消えた。

「さあ、降りて。ここの最上階が私の家よ」

 苑座はそう言って、白羽がバイクから降りるのを待っている。それを感じて、白羽は急いでバイクから降り、慣れない手つきでヘルメットを外す。

「最上階に家があるのか……」

 悪戦苦闘しながらもどうにかしてヘルメットを脱ぐと、ちょうど苑座がヘルメットを外したところだった。ヘルメットの中から、苑座の長い髪がするりと下に流れていくのが見えた。その流動は、まるで美しい川のように、白羽の目を奪っていった。


「ヘルメット」

 苑座にそう声を掛けられて、ようやく自分の意識が苑座の髪から戻ってきた事を白羽は確認して、苑座にさっきまで自分がかぶっていたヘルメットを生返事をしながら返した。

 苑座はバイクに付いているボックスにヘルメットをしまうと、こちらを振り向いて、

「さあ、案内するよ、ついておいで」

 と言って、てくてくと歩き始めた。

 どこまで行っても、苑座は自分のペースで進んで行くようだ。



 エレベーターのボタンを見る限り、このビルの地下駐車場は地下4階まであるみたいだ。そして、ランプが点灯しているのは……65階。このビルの最上階であろうそのボタンに、オレンジ色のランプが点灯している。

 体には、急激に上昇することに対する圧力がかかって、少しだけ息苦しい。飛行機の離陸部分の疑似体験をしているような気持ちにすらなってきた。

「あれ、そういえば、委員長は眼鏡じゃなかったのか?」

 エレベーターで上昇中に間が持たなくなりそうだったので、委員長に眼鏡の理由を聞いてみた。今日、バイクに乗るまでまでは確かに眼鏡だったはずなのに、気が付いたら眼鏡をはずしていた。

「ああ、眼鏡? 今はコンタクトの時代だよ」

「え、じゃあ学校では何で?」

「なんか、委員長っぽいじゃん? キャラづけと言うか……」

 キャラづけとか言うなよ……。最近は眼鏡ひとつとってもおしゃれに結び付けられるような時代なのか……。

「って言っても、別に裸眼でも見えない事はないんだけれどね」

 こんなことをしてたら眼鏡の人に失礼かもだけど、と苑座は付け加える。

「もともとは、授業中に黒板の文字を見る用の眼鏡だったんだけどね。気が付いたら常に掛けててね。こういうのは一回慣習化するとどうにも元に戻しにくいからね」

「まあ、分かるけれどね」

 適当な同意で自分から持ち出してきた話に収集を付けたところで、目的地である最上階に到着した。

 最上階のエレベーターホールは、天井までの高さが3メートル弱有り、恐らく他のフロアとは違うのであろう高級感を醸し出していた。

「さあ、私の家はここよ」

 そう言って、苑座は65-1と書かれた扉に鍵を差し込んでドアノブを捻り扉を開けた。

 そこには、一般家庭に見間違うことのないような高級な家具の数々が、広いリビングに綺麗に並べられている。

「うわぁ……」

 ついつい白羽は感嘆の声を上げてしまった。声はあげるつもりなんて全くなかったがあまりにも素晴らしいものには反射的に声が漏れ出てしまう。

「さあ、そこで靴を脱いで、座って」

 玄関をくぐった先はすぐリビングが広がっていて、苑座は白羽にそこのソファーに座るように指示した後、お茶を入れにキッチンに向かって行った。

 白羽は、それに従ってふっかふかのソファーにゆったりと座る。苑座はその前にある低めのテーブルに冷えた麦茶を置いて白羽の隣に座った。

 座った瞬間に、ソファーが少しだけふわりと揺れて、それもまた高級感を醸し出す一つの要因となっている。


「さて、じゃあ、わざわざこんなところまで来てくれたんだ。色々話そうよ。」

 苑座は顔を白羽の方向に向けて嬉々として話しだす。それを見て、目があってしまった白羽は少しだけ視線を逸らして話題を切り出す。

「両親は何をしているんだ?」

 こんな質問はご法度なのかもしれないが、こんな高級な家具に囲まれているという時点で少しだけ気になってしまった。ただの高校生のしょうがない会話だ。

 ところが、返ってきた答えは、白羽が思っていた答えとあまりにもかけ離れていて、そしてそれは、とても現実離れした――言ってしまえばフィクションの世界でよくあるような。

「両親はどこかに行っちゃったよ。今ここにすんでいるのは私だけだし、両親の仕事なんて、分からない」

 それは、重く、好奇心で聞いてしまった事を後悔させられるような答えで。

 いわば、ギャルゲーの主人公のような生活環境に、苑座 鹿波は置かれているのであった。




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