第二話(上)「白羽の敵対」
白羽は、昨日のことなんて忘れたように、今日もまた学校へ行く。
学校はもちろんのように毎日あるし、それなりの進学校ではあるので、一週間につき六日間の登校を強いられている。
「だるいな……」
今日は木曜日。さすがに、週4日目となるといい加減だれてくる。それに、昨日はあの事件の後始末があったばかりなのに。
後始末と言っても、そんなに大したことはしていない。今一度全スタッフに対しての情報規制の再確認と、それから警備スタッフに対して犯人の特定や、警察とのリンクなど、そんなところだ。
季節は夏に入りかけようかとする少しだけ涼しい6月。今日は雨なんて降ることはないだろうと思わせるような雲一つない晴天と、心地よいくらいの風が吹いている。その風が白羽の頬を撫でるたびに頬の筋肉が少しづつ緩んでいく。
「おはよう、白羽」
半袖に風通しの良いスカートというなんとも元気な格好で、紹鴎は白羽に挨拶をした。どちらもこの学校指定の制服であることは間違いないのだけれど、制服には長袖と半袖の二種類があるが、この時期から半袖を着るような人はそうそう居ない。夕暮れ時には肌寒くなるし、雨が降った時にはめっきり冷え込むからだ。
だが、今日は降水確率は大したことなかったなー、なんてことを考えながら、挨拶を返す。
「おはよう。昨日の今日で紹鴎はいつも元気だな」
若干嫌味に捉えられるかもと思って、咄嗟に言い訳を考えてしまったが、どうやら紹鴎に対してそんな心配は杞憂だったようで、
「昨日の今日だからこそ元気なのよ」
と返事が返ってきた。それにこだまするかのように、紹鴎のキメラが「にゃ~」と声を上げて鳴く。どうやらいつも通り元気そうだ。何を言っているのかはよく分からなかったが。
登校時なので、今は紹鴎のキメラも同伴している。白羽はと言うと、当たり前のようにキメラを連れてきていない。
決して、いないわけではないのだけれど、思うところあって、いつも家に置いてきてしまっている。キメラには申し訳ないなと思う一方、しかしそれはそれで仕方がないなとも思ってしまう。
「あれ、そういえばキメラは企業の方に診断しに行ったのか?」
これは、昨日の話だ。昨日の帰り際に紹鴎のキメラが『内部原動力抑止部品の欠落』と診断されていたのを受けての話だ。
「ああ、そういえば、行くの忘れちゃってたなー……ごめんよピーちゃん」
と、紹鴎はキメラに謝るように頬ずりをする。紹鴎の可愛さとキメラの可愛さも相まって、なんだかものすごい空間が存在してしまっている気がする。なにあれ、可愛い。
内部原動力抑止部品の欠落か……大したことでもないが、それでも早めに修理に出した方がいいと思ってしまう。製作者側からの目線になってしまうが、キメラはそれによって痛みを認識するということはないが、しかし暴発の可能性が危惧されてしまう。
キメラは、動物であるが、しかしまた機械でもある。有機物と無機物のハイブリッドと言ったところか。二つの生き物をひとつに繋げると言う事は、二つの生き物の思考を統一して一つにまとめ上げる工程が必要となる。
内部原動力抑止部品とは、名の通り内部にあるキメラとしての、接続獣としての原動力を抑止する部品――つまりは、キメラをキメラとして、成り立たせるために、2つある意思の、2つある原動力の片方を抑制してひとつの意思として成り立たせるための結構重要な部品だったりする。
この部品が欠落して暫く経ってしまうと二つの意思が噛み合わずに暴発を起こしてしまうという訳だ。
もちろん、その二つの性格の相性が良ければ、そんなことにはならないのだけれど。
このあたりの事は、基本的に企業が、そして白羽が世間には秘匿しているキメラシステムの中枢部だ。このあたりの仕組みを知れば、それを改造して妙なことをする奴らが絶えないと、そう考えるからなのだけれど。
「まあ、ピーちゃんのためにも、早めに行ってあげな」
ぴーちゃん、という名前のセンスに少しばかり驚くものがあるけれど、「サメカミ」という名前程のセンスの無さではない。
「おう、白羽、それに紹鴎も」
白羽はくるりと後ろを振り返り声の主を確認する。そこには、古道の姿が。古道も、今日は半袖のようだ。ちなみに、男子の制服に半ズボンというものはない。
紹鴎も、白羽につられてくるりと回転する。鞄が遠心力でふわっと回転し、それに少し驚いたのか、紹鴎の猫鳥キメラの鳥の部分が少し反応して羽が少しだけ大きくなって、若干キメラが宙に浮いた。そして、スカートも紹鴎の回転に併せて翻る。
「ああ、おはよう、古道」
「古道じゃん、おはよう」
白羽と紹鴎が口を並べておはようと挨拶するものだから、古道もつられて「おはよう」と答えた。
古道のキメラが紹鴎のキメラに近づいて頭を項垂れた。何をするのかと見ていたら、その上に紹鴎のキメラがちょこんと乗った。なんだ、とても仲いいな。
キメラという生き物は、全てが全て、大した大きさではない。昨日出逢ったあの虎熊キメラでさえ、巨躯と表現するものの、それはこちらのキメラと比べて、ということであって実際には直径一メートルを超えるキメラというものはなかなか存在しない。
それは、可愛さや格好よさを追求するためであったりする。なかなかサイズが大きすぎると人には『可愛い』と認識してもらえない。ここが意外にもキメラ生成の際の難しいところであったりするのだけれど、人が可愛いと思う範囲なんてそれこそ人それぞれなので当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
古道が来たというのにもかかわらず、紹鴎は朝から熱が入っている。白羽に対してキメラトークを繰り広げるばかりだ。熱が入っているというか、熱があるのではないかと思うくらいのその熱弁ぶりに少しだけ昨日のことを後悔している。
古道に助けを求めようとしたのだけれど、その時はもう既に古道はどこかに行ってしまっていた。
あいつ、自分が巻き込まれる前に逃げたな……。
学校に到着した。紹鴎がキメラを預けに行っている間だけが唯一の休息時間だ。羽を大きく伸ばそうとしたが、そんなことをするよりもクラスに先に行って鞄だけ置いて屋上にでも逃げようかと思い、紹鴎を待たずに靴から上履きに履き替える。
白羽はそう決めてクラスに向かう。駆け足で階段を上っていくと、そこには、もう既に到着していた古道がちょうど鞄を机に置いたところだった。
そこで少しだけ紹鴎から逃げる為の口実となってもらうためにいきなり古道の手を掴んで、
「ちょっと、古道屋上行こうぜ」
とクラス内から掻っ攫って行った。
別に、紹鴎とのキメラ談義が嫌なわけではない。それは、いくらでも付き合ってやってもいいと思っている。ただ、クラス内でされるのと、二人の時にされるのではまた話が別だ。クラスには古道もいる。三人で身を寄せ合って休み時間という一人でいるには余りにも悲しすぎるその時間を過ごしているいわば同志のようなものだ。だから、古道をのけものにするようなあの会話はタブーだと思っている。古道に至ってはどんなグループにでも、それこそカースト上位から下位まで違和感なく入っていける素質はあるが。あれ、なんでこいつこんなカースト下位のグループに身を寄せているんだろう、なんかすごい不思議。
そう考えていると、徐々に腹が立ってきたが、そんなことは気にせず、古道を屋上に連れてきた。
「おいおい、何だよ。こんななにも言わずに屋上に連れてくるだなんて……ただでさえ屋上はカップルがいっぱいだって言うのに」
白羽は何も見ずにとりあえず屋上に行くという事を目標にしてきたが、周りを見渡すと、360度どの角度を見てもカップルが視界に入る。少しばかり妬ましい気持ちもあったが、それ以上に居心地が悪かった。
「あ、なんだ、白羽。もしかして俺とカップルになりたかったのか?」
笑いながら古道はいつも通りの冗談をかましてくる。このシンと静まり返って周りでは恋人たちが愛を語り合っている中でそんな冗談を言えると言うのはなかなか素晴らしい精神力を盛っているなと少しだけ尊敬したが、それはきっちり否定しておく。
「それはないから。ちょっと、紹鴎のキメラトークにな……」
「なんだよ、白羽ならついて行けるんじゃないのか? なんて言ったって」
「しーっ!!」
白羽は急いで古道の口に手を当てる。殴りかかるのとどちらが早くて効果的かを一瞬で逡巡した結果こうなった。
「それは誰にも言ってはならないって言ったろ」
白羽の目の色が変わる。冗談でも言うな、という念押しだ。もちろん、これが冗談という事は分かっている。分かっているが、分かった上で、だ。
どのくらい大事なことだか古道は分かっていない。紹鴎もだ。
分からないように色々隠して話しているのだから、それは当然だ。
しかし、白羽のその目の色に、あるいはいつもとは違いすぎる全力の懇願(懇願というには少しだけ脅迫じみてはいたが)に気押されたのか古道は、
「あ、ああ、分かった。ごめん」
としか答えなかった。
冗談としての空気を、相手が悪いとはいえ、悪気がないのにぶち壊してしまって申し訳ない空気に苛まれながらも白羽は、
「いや……分かってくれればいい」
と、決して謝るような態度は見せずに、そう言った。
この秘密と人とのつながり、要は友達関係を天秤にかけるとしたら、それはこの秘密が優先される。それは、この世界の危機と人脈を天秤にかけるようなものだ。
そして、この秘密をばらされるような事があるのならば、その時は……始末も考えなければいけない。だから、友達なんて、本当は作ってはいけなかったのではないかと、たまに白羽は後悔する。
でも、よくよく考えてみると、これはただ、自分を犠牲にして世界を守っているのと同じようなものなのではないだろうか。たまに、思考がおかしくなって、そう考えてしまうときもある。
でもこれは思考がおかしくなっているとか、そういう事なのか? 実際にそういう事をしているのではないだろうか。
恐らく、100%の確率で、キメラシステムを悪用する人間は出てくる。いや、もう既に出てきているからこそ、白羽をつけ狙う人物がいるのだろう。
そして、それはどんな風に悪用されるのか。
昔、親父が話していた。あれは、親父が死ぬ少し前あたりだっただろうか。全世界で、というか地球全土で『キメラ』という言葉が当たり前になった頃。アメリカやヨーロッパ、そして日本などでキメラの存在が当たり前になった頃。親父と共にキメラを取り扱う会社であり、親父が社長を務める会社である『クアイル』のキメラの危険性を学ぶ集会のようなところに行った事がある。その頃はまだ幼かったが、それでもキメラに関しての一通りの知識はあったし、キメラに関しては親父の次くらいに詳しいのではないかと、子供がもつ独特の記憶力で様々な事を吸収していた。そこで学んだのは――キメラの軍事利用価値についてだ。
親父は、キメラの軍事利用に反対の姿勢を示していた。
人為的にキメラを開発したのにもかかわらず、人為的なことにキメラを使うことに反対するという周りから見れば普通でないことをしていたのかもしれない。
それでも、断固として反対し続けていた。それは、親父が倒れた後の企業でも生かされている。
そして、それは白羽がキメラの秘密を守り続けていなければいけない理由と密接に関係している。秘密は、誰にも漏らさないからこその秘密なのだ。
どこから伝わるか分からない情報というものは、だからこそ取り扱いに注意をしなければいけないという、親父から何回も言われた言葉が体に沁みわたる。
朝のホームルームが開始されるチャイムがもうすぐなりそうな時間になって、ようやく白羽と古道は自分達のクラスに戻る。古道とは、あの後は普通に話して、仲が悪くならないように取り繕ったつもりだが、どこまでフォローできたのか若干怪しいところがある。
階段を下っている途中に、何人もの生徒が走るように階段を駆け下りて行く。遅刻になるかならないかギリギリのゾーンに登校する人たちだ。もう少し早く登校すればいいのにと毎回のように思ってしまうが、電車など公共交通機関を使う人はそうもいかないのだろう。あとは、睡眠欲との戦いなのだろうが。
「さて、教室には紹鴎が居るんだろうなー」
白羽は溜息をつくのかという勢いで、愚痴るように呟く。
「嫌なわけじゃないんだろ? 俺の事は気にするなって」
もちろん、古道にはさっき白羽が抱えている懸念を説明してある。古道だけ除け者になってしまうのではないかという懸念だ。
「だからと言ってな……」
「お前はお人好しなんだよ。他のみんなは普通そんなに人のことばっかり考えてないぞ? 自分のことで手いっぱいだ」
「お人よしだなんて、そんなお前に言われたくないよ」
お人好しというのならば、古道の方が断然お人よしだ。レベルで例えるなら、きっと100はあるだろう。
そうこう言っているうちに、教室のドアが見えてきた。と、同時にチャイムが鳴り始める。階段を上っていく音は、さっきよりも一層、力強く鳴りわたる。大小様々な音が、一斉に同じ方向へ向かって鳴りわたり、それが廊下というコンクリートで囲われた空間によって反響することによってまるでなにかしらの音楽のような美しい音色を奏でる……訳ではなく、ただただ煩いだけだ。
ガララララという音と共に、学校特有の横開閉式ドアが開く。チャイムが鳴ったせいか、朝の退屈な時間をMP3プレイヤーやスマートフォンを使って過ごしていた人たちもそれらをポケットにしまっている。
白羽と古道の後ろから担任教師が続いて入ってくる。その後ろから、今まさに階段を駆け上がってきたばかりだというような遅刻寸前の生徒が息を切らしながら教室に入ってきた。
紹鴎は白羽が教室にいないのを見てキメラの話をすることを諦めたのか、紹鴎の席に座っていた。きっと、本を読んだりして時間を潰していたのだろう。
やがて、教室に響いていた喧噪がチャイムの音が消えるとともに静寂に変わり、担任教師による今日の連絡が始まる。
とはいっても、それは白羽達には基本的に関係のない委員長タイプの人間に対する連絡や白羽達には関係のない部活動をしている連中に対する連絡ばかりだ。
昨日、あんな事件があったということがあるが、それに関しては学校側は全く関係がないという姿勢を貫くようで、新学期始って3日目くらいで白羽が襲われてぼろぼろになりかけて学校に来た時もそういう態度を見せていた。
裏から色々回しているおかげでもあったりする。
色々なところに面倒を掛けるのは、とても面倒くさいが、それ以上に面倒くさいことだってある。深くかかわらせてはいけないというのが情報を漏洩しないための第一歩だ。
そして、休み時間。白羽は、次の授業の準備をするべく、鞄から教科書類を取りだす。紹鴎は、きっと来るのだろうなと諦め半分だ。
「ねえ白羽! キメラの全身構造と接続点についての話を語りあおうよ!」
やはり来るだろうなと思っていたのだけれど、やはり来た。しかも、前置きも何も無く、素人の耳だったら一体何を言っているのかよくわからないような専門用語を使いながら。
紹鴎は、何も言わなければ普通に可愛い女子生徒だ。だが、キメラがすき過ぎる故に、若干クラス内で浮いてしまっている。好き過ぎて、それを友達と話そうとしたのだろうが、その中身が専門的すぎて誰もついていけなかったというのは、今ではクラスの伝説だ。
そして、紹鴎がキメラの話をするときは、いつものお淑やかな姿はどこへ行ったのやら、態度が豹変するという事も、周知の事実であったりする。
「お、落ち着け。ここはクラスだぞ」
その言葉の裏には、また新学期初めのように痛い目を見るぞというニュアンスもあったのだけれど、紹鴎はそれに気がついていないのか、興奮しすぎているのか、全くその真意に気が付いていない。
しかし、クラスだぞというのは聞いたのか、声を荒げるのは止めて、いつもの大人しい紹鴎に戻った。しかし、戻ったのは声だけで、やはり中身は一緒だったが。
白羽は諦めて、その話に付き合ってやることにする。これも親父の功罪だよな……とか、そんなことを考えつつ。
古道は、その間、スクールカースト頂点に属する奴とか、女子のグループとかに行ったり来たりしていた。そのコミュ力を少しだけでいいから分けてほしいと何度思った事やら。古道曰く、紹鴎といつも話していることで女子が警戒せずに集団に入りやすいとか。一応、キメラが好き過ぎるという欠点さえなければ、紹鴎だって普通の女子なのだ。
そんな感じで、気がつくと昼休みになっていた。授業は簡単とは言わないが、しかしあっという間に終わってしまう。
昼休みは皆で弁当を持ち寄って教室で机を寄せ合って食べる。その光景はどこでも見られるが、白羽達のクラスは、食堂に行く人が割と多く、昼休みになるとクラスが閑散としている。流石に古道は昼休みでは他のグループを行ったり来たりというわけにはいかず、白羽達と一緒に食べる。
「やっぱり、ここが一番居心地がいいな」
机を寄せ合って、白羽が手を洗って戻ってきたときに、古道はそう言った。
「そう言ってくれると、俺もこの空気をつくっている甲斐があるな」
「白羽は何もしてないでしょ……」
紹鴎がいつものお淑やかな状態で突っ込みを入れる。
「いや……してないとも限らないさ。ほら……窓開けたり」
「それは違う意味でじゃない」
紹鴎がくすり、と笑いながら受け答えする。
ただ、窓を開けると言う事は、比較的ハードルが高い。大抵後で何か言われるので、集団で集まっている時じゃないと出来ない雰囲気がある。
そう、休み時間の間に一人だったという共通点が、白羽と紹鴎を引きつけた、唯一といっていいくらいの共通点であったりする。
そんな二人して互いに孤独な高校生活を送ろうとしていたところに、白羽と紹鴎を引き合わせたのが古道だ。紹鴎もコミュニュケーション能力がないわけではないのだけれど、それでも苦手なようで、こうして休み時間は3人で駄弁っている。
「なんだか、急に白羽との距離が近くなったみたいだわ」
紹鴎が、前の話とはまったく脈絡も無く、白羽の目を見てそんなことを言い出した。因みに、その前の話題は『どうやったら心地よく学校で寝ることができるか』だった。一通り話し終え、唐突に訪れる静寂に空気が支配された後のこれなので、ついつい口に入れたばかりのミートボールを噴出してしまうところだった。
隣では、古道がにやにやした目つきで見てくる。
「なんだ、いきなり」
白羽が、嫌なものを見るかのような目で古道を見ることで、視線による効果で古道を封じ込めている間に、紹鴎の真意を聞こうと話を続ける。
古道を冷たい目で見続けるも、効果はだんだんと薄れてくる。あいつは、この視線の呪縛から逃れた瞬間に「お熱いですね御二人さん」とか笑いながら言うに決まっている。そうなる前にどうにかして紹鴎になにか言わせないと……。
というか、そんな関係ではない。そう断っておきたいが、それによって紹鴎に妙な気を使わせるのは煩わしく感じた。紹鴎は天然でこういう事をたまに言うような奴なので――もちろんそれは古道も知っているし、知っているうえでからかってやろうかと思っているのだろうが、主に被害はこちらに来る。紹鴎は、そういうからかいには不慣れなようで、照れて顔を赤くして下を向くという、スタンダードな照れ方をするものだから、見ていてこちらが恥ずかしい。
「いや、白羽って、割と不良っぽいというか、不真面目な人かと思っていたけれど、そんな事無い真面目な人だったんだなー、って思ってね」
「なんでそこからさっきの距離が近くなったに繋がるんだよ」
そんな突っ込みを入れなければいけないほど話が飛んで行ってしまっている。これも天然のなせる業なのだろうか。いや、天然というより、これは紹鴎の独自性だろう。
古道は何も言わずに事態をにやにやしたまま見守る。その口がいつ開くか不安でたまらない。その口が開いた瞬間、この一見午後の楽しいおしゃべりの時間帯が古道にからかわれる時間になってしまう。そうなっては最後、紹鴎との会話も期待できない。
それはそれで、通常の休み時間のキメラトークが減るというのならば、それも甘んじるが……それはそれ、これはこれで、結局キメラの話となると人が変わったように話し始めるから関係ないんだろうな……。
「なんだろう……今日の朝話してみて、ようやく本当の白羽が見えてきた気がして……それまで不真面目に見えていたってわけじゃないんだよ? そんなことはないんだけれど、ちょっと雰囲気が……ね。なんだか今の古道君――というか、クラスの他のみんなとおなじような感じだったから」
今日の朝話したことって言ったら、それこそキメラ談義か? はなしてすぐに中断してしまった気がするけれど。あの一瞬で何を見抜いたっていうんだよ紹鴎……。
「それって、遠まわしに古道や他のクラスメイトを不真面目って言っているようなものなんだけれど……紹鴎の不真面目の概念が大きすぎる」
「ああ、他の人が不真面目だとか、そんなことは思ってないよ? でも、なんだか私とは雰囲気が全然違うなーって」
あなたと雰囲気が違う人は全員不真面目の雰囲気を漂わせているんですか。そんなにこの国は腐っちゃいないと思うけれど。というか、あなたほど自分を前面に押し出せる人はそんなにいないよ……。と、白羽は心の中で毒づく。
もしかして……紹鴎って前から特殊だなぁとは思っていたけれど、キメラを中心に考えていないか?
「紹鴎、考えを改善した方がいいぞ……それだと、世界の総人口9割9分9厘が不真面目になるから……それは不真面目じゃなくて、一般の人だよ」
「一般の人っていうと、なんだか他の人を見下している感じになるから嫌だけれど……たしかにその量じゃそう言えなくはないわね」
「紹鴎……」
上から目線というか、これも含めて天然なのだろうけれど、友達ができない理由が何となくわかった気がする。
紹鴎の芯と呼べる部分の中枢に、キメラの存在が絡んでしまっている。なにが原因でそうなったのかは知らないが、キメラについての知識で、人を判断しているということだ、今日になってようやくわかった。
意外といえば意外なのかもしれないが、なんだか紹鴎だと納得できてしまうのが怖い。
とりあえず、苦笑いで誤魔化しておいた。
そこに、どうやら弁当を食べ終わった古道がすくっと立ち上がり、
「お熱いですな、御二人さん」
そう紹鴎に聞こえるように言って、教室から去って行った。
言い逃げだ!!
……尚、そのあと白羽は俯いて恥ずかしがる紹鴎を宥めることに四苦八苦した。
心の中で、小学生か、とか毒づきながら、最終的に自分が宥めるのは逆効果なのではないだろうかと思い直して放置しておくことにした。
立ち去る時に少しだけ、制服のワイシャツが引っ張られるような気がしたような気がしたが、きっとそれは気のせいだろう。
そして、放課後になった。
放課後は掃除がない日は決まって早めに教室を出る。そうでなければ、教室の前後のドアに他クラスからの訪問者という、ただただ普通に帰りたい白羽にとってはとても邪魔になる存在が現れてしまい教室から物理的に出にくいということがしばしばある。
前のドアから白羽が出て行くのと同じタイミングで教室後方の扉から紹鴎が出てきた。ホームルームが終わってすぐのことなので、きっと紹鴎も同じような考えをしているのだろう。古道はそんなことをお構いなしに出てくることができるから関係ないようだけれど、小心者にとってはしんどいものがある。
「白羽、帰ろう!」
紹鴎が後ろからそんな声をかけてきた。白羽はそれに対して振り向かずに「ああ」とだけ軽く返して少しゆっくり歩いて紹鴎が追いつくのを待ち、古道は教室の中で会話に勤しんでいるようだから少しだけ校門の前で待つことにする。どうせ紹鴎がいるのだからキメラの話を嬉々としてするんだろうな……。古道も道連れだな。
階段を降りるときは、紹鴎は通常通りの御淑やかな感じを保っていた。今日の朝に爆発して以来、紹鴎は御淑やかな雰囲気を保っているけれど、その奥には並々ならぬ我慢をしているのが目に見えてわかる。
「じゃあ、私、ピーちゃん連れてくるね」
紹鴎はそう言ってキメラ預り所にとっとこ走って行ってしまった。きっと朝みたいに撒かれないように早めに待機しておくのだろう。朝のようなことがあったから。内心どう思っているのかは知らないが、あれが意図的なものだと知られているのだろうか。
「じゃあ、白羽、頑張ってな。俺は一足先に撤退しておくわ」
後ろからいきなり声が掛かるともに肩に手が乗っかる感覚がして、白羽は驚いて振り向いた。ただ、内容から鑑みてその人物に心当たりはあったので、然程その点に関しては驚かなかった。
「なんだ、古道。いたのなら声をかけてくれよ」
「俺が居ちゃ気を使わせるだろ? それに、初めて紹鴎がそういう話をできるやつが見つかったんだし、友達としてはそれを邪魔するわけにはいかないだろ?」
「別に古道が居ても気を使わないだろ。朝の紹鴎を見ればわかるだろ?」
「違うって。俺が気を使うんだよ」
古道は、なんでこんなにも鈍感なのか、と言う風な顔で見てくる。気づかなくて悪かったよ。遠まわしな遠慮だったんですね。
「そうかい。わかったよ。じゃあ見つからない様に早めに帰った方がいいぞ。紹鴎に見つかると拘束されるぞ、俺みたいに」
「残念ながら俺は白羽ほど素質があるやつでもないからそんなことはないな。残念だったな、道連れにしようとしていた奴に逃げられて」
道連れにしようとしていたことが読まれていた。いや、道連れ云々の前にそう、これは何でもないただの会話なのだ。そこに苦痛を感じる要素は何もない。
「ってなわけで、俺はお先に退散させていただくわ。じゃあな、白羽」
「おう、またな」
それだけ話して、古道はすたすたとキメラ預り所に歩いて行ってしまった。白羽は、そこには用がないので、直接玄関口に行って靴を履きかえる。
「さあ、白羽、帰ろっか」
まるで語尾にハートマークでもつけたような、そんなご機嫌なテンションで紹鴎が白羽の目の前に立っていた。顔は今までに見たことのないレベルでニコニコしていて、心なしか浮き足立っている。
心が音を立ててトーンダウンしていく様子を白羽は感じた。キメラ自体は好きでもないし、嫌いでもないのだけれど、そういうものの話を長時間、ましてや聞く立場になるというのは大変苦しい。それに、白羽には未公開情報を言ってはいけないという枷もついている。なので、間違った情報も正してはいけないし、なんというか生き地獄のようなものではないかと内心怯えてしまっている自分がある。
校門を出て、早速紹鴎のトークが炸裂するのではないかと戦々恐々としながら歩いていたのだが、そんな紹鴎の口から出た言葉は
「話が長くなりそうだから、どこかに行こうか?」
……夢であってほしかった。
上下に分割してしまいました。
申し訳御座いません。
第二話がこれだけだと、あまりにも話が進んでいないなぁと思ったりだとか、プロット進行予定上、流石にまずいかなぁと思った結果が分割です。
今回はキャラクターを掘り下げる回になってしまいました。