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第一話「白羽の日常」

 

 飾紀かざりぎ白羽しらはは今日もいつも通りに外に出た。学校に通うために、一日一時間程度の通学時間が必要となる。

 十字路を右折すると、見通しの良い道が広がっていた。

 ふと、空を見上げると、風に吹かれて気持ちよさそうに接続獣キメラが飛んでいた。

 散歩でもしているのだろうか、いつも通りの光景だ。こんな光景がいつも通りになってしまったのは、どうしてなのだろうか。

 こうなってしまったのは、何故なのだろうかと。

 結論は、出ない。



 私立葛城かさぎ学園高校。

 白羽が毎日通っている高校だ。学校の規模、生徒数ともになかなかのものだと思われる。

 特に何の変哲のない一般的な進学校だが、比較的校則が緩いことが特徴だ。

 携帯電話の持ち込み許可、車での登下校許可、そして――キメラの持ち込み許可。

 ああ、なんでこうなんだろう。飾紀は朝から少しイライラしていた。

 理由は単純なもので、なぜ自分だけが苦しまなければいけないのか、というこの世に対する理不尽のようなものだった。

 もちろん、自分だけが苦しいわけではないのは知っている。ただ、こんな問題で悩まされるのは少なくとも自分だけだろう、という自負はあった。

「おっはよー! 朝から冴えない顔してるねぇ」

 飾紀を後ろから思いっきり叩きながら挨拶を交わしたのは、紹鴎じょうおうかえでという同じクラスの女子生徒だ。

「今日もやられたんだよ」

 白羽は怒りが含まれた声で答える。怒りというか、どちらかというと疲れの割合の方が高い気もするが。

「あー、いつも通りだねー」

「いつも通りとか言うなよ。出来ればこんなこといつも通りにしてほしくないんだけれどなー」

 白羽は、歩きながら紹鴎に沿って歩いている接続獣に目を見やる。相当に懐いているのか、紹鴎にぴたりとくっついて離れない。

 紹鴎のキメラは、猫鳥タイプのキメラという、実にポピュラーなものだけれど、大きい鳥を使っているらしく、羽を広げると全長一メートルという恐ろしいほどの大きさになる。どこにそんな羽を収納しているのかわからないけれど、今は猫のフォルムをして、小さい羽がくっついているだけのようだ。

 そう、接続獣キメラ。こんなものが、いる所為だ。


 別に接続獣自体を恨んでいるわけではない。恨んでいるのは、それを取り巻く環境だ。

 接続獣というのは、ここ十数年で発展したペットのような物の存在のことだ。

 いや、もうペットと言ってもいい。

 そのくらいに人類の生活に干渉してきた。

 それを作ったのは、他ならざる白羽の父親である、飾紀 直史なおふみだ。

 その白羽の父親は、一年前に他界した。それ以来、白羽は困っている。少なくとも、私生活に影響が出るくらいは困っている。


 玄関口で、靴を履き替え、白羽は教室に向かう。学校という公的に安全を確保された場所でなら、白羽の心配も杞憂というものだ。外にいる間ずっと張りつめていた緊張感が体からすっと抜けていくのを感じた。

「おはよー」

「おう、飾紀」

 クラスに到着して、既にいた級友たちといつも通りの挨拶を交わしてから、ずっと背負っていた鞄を机の上に降ろし、ようやく一息つく。

「今日はどうだい、しーらは」

 机の上に置いた鞄をまくら代わりにして、朝一番からホームルームが始まるまで睡眠を決め込もうと思っていた白羽に、頭上から唐突に声が掛った。

「どうもこうもあるか。俺はもう毎日疲れた」

 頭を上げずに質問に回答して、白羽は疲れているオーラを振りまく。

 しかし相手は気にする様子も無く、しゃがんで白羽と目線を合わせてきた。会話をする気が満々なのが見てとれる。

「そう言うなって、しらはよぉ」

 白羽に付きまとっているのは、白羽の友達である古道こどう木金きがね。面倒見がいいという風に捉えるか、うざったいと捉えるかは人次第だけれど、とりあえず好意的に受け取ることにしている。

 さっきの紹鴎も含めて、基本的には3人でつるんで学校生活を送っている。


 扉が開いて、明るい声がした。

「お、紹鴎が来たみたいだよ」

 これはチャンスだと思い、自分に付きまとっている古道を今クラスに入ってきた紹鴎の元へ誘導しようとした白羽だが、

「二人とも、おっはよ~。って、さっき白羽には挨拶しちゃったね。おはよう、古道」

 紹鴎から近づいてきてしまったので、白羽のたくらみは敢え無く終了してしまった。

 今は、睡眠欲だけが、脳内を占拠している。どうしようもなく眠い。朝の過剰な運動は、その後の行動に支障を来すといういい例だが、こればかりはどうしようもない。

 白羽は諦めて二人の話に付き合うことにした。



 帰りのホームルームが終わり、放課後を告げる鐘が鳴った。これを機に、一般生徒たちは我先にと部室なり運動場に向かう。何をそんなに急ぐ必要があるのかと疑問に思いつつ、白羽は帰宅のために朝昇ってきた階段を降る。

「白羽、まてよ……ちょ、お前帰るの早い」

 後ろから駆け足とともに聞こえてきたのは、古道の声だった。

 基本的にいつもつるんでいるメンバーと帰るのだけれど、わざわざ待っていると玄関口が込むので、校門の辺りで待っていようとしたのだけれど、その旨を伝えなかったせいか、白羽が先に帰ってしまうと勘違いしたようだった。

「大丈夫、待ってるから、そんな追いかけてこなくていいって」

 さっきまで古道は、クラスの男子と仲良さ気に話していたので、その場にいることが居た堪れなくなってクラスからいそいそと出てきてしまった。

 クラスの男子とは挨拶は交わすが、所詮それぐらいの関係なので仲よく話せるかどうかといったらそれは少しばかり疑問符がついてしまう。

「いやいや、やっぱり友達は大事にしないと。白羽が居難くなったのはすぐに見てわかったし」

 そのためにほかの友達との話を打ち切るというのも、なんだか矛盾しているような気もしないでもないが。

 気配りができるというか、気を配り過ぎているようなこの男は、やはりいい奴なんだろう。

 弱い奴を助けたがる、という様な同情心で気を配られていなければいいのだけれど。

「あれ、紹鴎は?」

 白羽が古道に尋ねると、古道も知らないといったような顔をした。

「あれ、白羽と一緒に先に行ったと思って一生懸命走ってきたんだけれど……」

 口調から察するに、どうやら本当に知らないようだ。

「いや、俺はまだ会ってないよ?」

 だとすれば、ほかの女子と話している――ってことも紹鴎に至ってはないはずだし……。

 まあいいか。

「先に靴だけ履きかえてから、校門のところで待とうぜ。学校から出るからにはあそこを通らなきゃいけないはずだし」

 古道のそんな提案に、白羽は同意して、とりあえず靴を履きかえることにした。

 ホームルーム終了後のもうすぐ人混みで溢れかえるであろう階段でこんな立ち話というのもあまり長くしていたいものではなかったから、特に何も言わなかった。

 それ、俺がしようとしていたんだけれどなー、と白羽の心の中で言うだけにとどめて置いた。


 暫く校門で待った後、向こうからこちらに向かってスカートを靡かせながら走ってくる紹鴎の姿が見えた。

 紹鴎に向かって手を振りながら、片手間で読んでいた軽めの文庫本を閉じた。隣にいた古道は屈んでキメラと戯れていたのを中断して、立ちあがった。

「ごめんね。ちょっとこいつの調子が悪くて」

 そう言って、紹鴎はキメラの首に巻きついているリードをくいっと引っ張る。リードで繋がれた猫鳥のキメラは首をくいっと引っ張られて苦しそうにして少しだけ顔を顰めた。

「調子が悪いって? 接続不良?」

 古道が好奇心ゆえに紹鴎のキメラについて聞く。

 紹鴎は首を横に振って違うという事をジェスチャーで示してから、

「いや……内部原動力抑止部品の欠落、とかいう症状らしいけれど、そんな漢字ばっかり並べられても分からないわよ……それに、内部原動力抑止部品って一体どんな機能があるっていうのよ。なくってもあっても変わらないんじゃないのかしら」

「それでも、その部品が欠落しているから紹鴎のキメラは調子が悪いんだろ?」

 相変わらずまるで他人事のように紹鴎のキメラはおおきな欠伸をした。猫の遺伝子をついでいると言うだけあって自由気ままなところはそのままのようだ。

「調子が悪いって接続獣医には言われたんだけれどね……私にはとてもそんな風には見えないけれど」


 学校にキメラというか、ペットの持ち込みは許可されているが、あくまで学校への持ち込みが許可されているだけであって、教室まで持ち込むことは許可されていない。玄関口でキメラを専門の係員に預けて授業、あるいは部活が終わるまで管理していてもらう。まるで託児所だなと思ったが、その考えもあながち間違っていない。

 今では、キメラは子供のように可愛がられている。

 10年前に接続獣システムというものを創りだしてしまったのがそもそもの発端だった。二つの動物を合わせてひとつの生き物を創りだす。

 生物学上のタブーに触れているのかもしれないこの研究は、しかし止められることはなかった。いくら学者や哲学者からの反感を買ったところで、民衆の心を鷲掴みにしてしまった以上、歯止めが利かなくなってしまったからだ。

 猫と鳥を合わせると、驚くべきほど可愛い生物が完成した。犬と猫でも同様。ネズミだって、イノシシだって、熊だって。どれもそのシステムを持ってすれば、可愛くペットにすることができるのだった。

 いまでは、一人が一匹ずつもっているといっても、過言ではないのかもしれない。

 持っている、ではなく、飼っている、が正確なのかもしれないが。

 企業に依頼すれば、その生き物の特徴を組み合わせて、二つの生き物を接続したような、可愛い生き物が出来上がる。それが接続獣――一般的な、キメラだ。

 それが一般化して、従来のキメラという響きから連想されるおぞましい生き物の姿はどこかに消え去ってしまい、今に至る。

 白羽の学校では、キメラを家で放っておくことができない生徒のためにキメラ保管所と言われる専用の施設がついこの間開設された。そのおかげで学校の倍率がぐんと跳ね上がり私立学校という事もありあっという間にマンモス校になってしまった。

 そのキメラ保管所では、接続獣医と言われる専門医が週に一度くらいの頻度でやってくる。今日はその日で、どうやら紹鴎のキメラがドクターチェックに引っかかってしまったらしい。

「確かに、見た目不具合はないな……」

 そう言うと、紹鴎が目で何やら抗議してきた。何を抗議しているのかわからなかったので、聞きなおそうとすると紹鴎が、

「やめてよ。そんな道具みたいな言葉を向けるのは」

 と言ってきた。

「ああ、悪い。そんなつもりはなかったんだけれど……。まあ、でもちゃんとした業者の方に連絡した方がいいんじゃないか? 接続獣医だって完璧じゃないんだから、念には念を押しておいた方がいいと思うよ」

 親切心でとりあえず言っておく。キメラは普通の動物と同じくらい頑丈だけれど、普通の動物と同じくらい繊細な生き物だ。

「うん……。そうだね。そうすることにするよ。さあ、帰ろっか」

 紹鴎が手で急かすような仕草で追い立てたので、白羽たちは追い立てられるようにして校門を後にした。


 街行く人々とすれ違いながら、白羽たちはいつも通りの帰路をたどる。街行く人々は、全員が全員という頻度でキメラを連れている。キメラを連れているということが一つの常識であり、またそこには人間のプライドというものが垣間見られる。

 連れていないのは、白羽だけ。

 白羽としては、そんなことは気にも留めていないのだけれど、しかし周りから見ると異様なように感じられるらしく、ちらほらと白羽を不思議な、あるいは軽蔑のような視線が絡みつく。

「なんだかなー。流行りっていうものはすぐに廃れるものだと思ってたんだよ」

 歩いてゆく、または飛んでゆくキメラの姿を見て思ったことを口に出した。

 紹鴎と古道は、白羽がそんな視線で見られているのを気にしていないことは知っているし、学校が始まって数か月が経っているのでそんな気を使うことは既にやめてしまっている。

 そのくらい気のおける間柄ということでもあるし、その気遣いを白羽がよく思っていないという事もあった。

「なんだ、キメラの事か?」

 確認するように、古道が相の手代わりの質問を繰り出した。

「でも、キメラって言うのは動物の進化形みたいなところがあるからね……。流行りじゃなくて進化だから、流行りは廃れても、進化したものが退化できるわけじゃないからね」

「進化、ねぇ……」

 そう呟いて紹鴎のキメラを見る。首の少し後ろについている小さく縮こまった羽がぴくぴくと動いている。

 猫と鳥が合体したこの姿が進化、とは、流石に思えなかったが、とりあえず流しておくことにした。

「いやまあ、でも可愛いし」「格好いいからそんなことはどうでもいいじゃん」

 紹鴎と古道が打ち合わせでもしていたかのような綺麗なコンビネーションで言葉をつなげた。

 世間にはこういう奴ばっかなのか!? と白羽が二人に向けて若干の非難の視線を送ったが、彼らは気にすることも無く「イエイ」と言ってハイタッチをする。

 いつもの紹鴎と古道のテンションはこんな感じだ。

 やれやれ、といった風に白羽は首を振って、会話の途中にいつの間にか止まっていた足を、再び動かした。


 飾紀家に当たるマンションが、ある程度の存在感を放つくらいの大きさとして認識されるくらいに近づいてきたころに、平和な日常生活とは程遠い存在の奴らが、白羽達に近づいてきた。

 奴らは極めて一般人に近い扮装をして近づいてきたが、しかし悲しいことにこういう事には慣れている白羽には、近づいてくる時点で彼らが何物かは看過していた。

 看過はしていた、がしかし白羽にはやり過ごす術がなかった。

「はぁ……」

 意図したことではないが、口から溜息が出てしまうのはどうしても避けられなかった。

「なんだよ、そんな物憂げな表情で」

 溜息をついたことの感想なのか、古道が冗談半分で笑いながら心配してくれている。これを心配してくれていると取ってもいいのだろうかと疑問には感じたが。

「古道、これは……」

 途端、白羽達の間で流れていた温厚で和やかな空気は突如終焉を見せた。白羽だけでなく、紹鴎も不穏な空気を感じ取ったようだ。

 3人の中で2人の空気が変われば、自ずと他の一人も変わってゆく。人間は流されやすい生き物とはよく言ったものだと思った。

 ここは市街中心地というわけでもなく、だからと言って辺境の地というわけでもない、至極一般的な住宅街だ。そんな住宅街には、当たり前のように通行人が存在する。

 そして、今目の前には、当たり前ではない一般人ではない何者かの姿が、存在した。

「今日の朝にやられてた、って言うのは、こいつらか……」

 納得したように、古道が呟く。勝手に納得するなと思ったけれど、実際に間違っていない。

 白羽がぼろぼろになって学校に来るということは、しばしばあることなので、今になってはもう誰も気にしないような事となっている。それでも、最初期はそのことについて根掘り葉掘り聞かれたものだ。

 そのたびに、キメラに襲われた、という答えを返している。

 嘘はついていない。

 キメラだって、動物だ。犬が人に噛みつくように、熊が人に襲いかかるように、キメラだって人を襲う。

 キメラシステムというものが、いくらキメラを制御しているとはいえ、いくら人に害がない様に縮小化しているとはいえ、それでもキメラは動物だ。

 しかし、キメラが人を襲うというのは、極めてレアケースなことではあるが。

 おかげで、白羽は学校で『キメラに嫌われている人間』という妙なレッテルを貼られてしまっている。

 ちなみに、キメラ同士の戦いというものはよくある。キメラの鬱憤を晴らしたり、ストレスの発散にいいという話だ。ストレスや鬱憤なんて、キメラ自身にしか分からないのだけれど、とりあえず運動することは健康にいい、みたいな感じだ。


 怪しい集団が、白羽達の行く手を遮るように立ち塞がる。今、白羽達とこの怪しい集団以外にはこの道に人はいない。

 人がいなくなるのを見計らって、この集団は白羽達と接触を取ったと言った方が正しいのかもしれない。

「何の用ですか」

 気だるげに、そう尋ねてみる。話が通じなさそうな集団でもないし、集団と言えど、若い男3人組でどの面々も優しそうな成年男性にしか見えないので、どうも迫力に欠けるところがあるが、一般人だと錯覚するラインとしてはいいところだろう。

 普通に歩いている分にはどの人物も一般人だ。ただ、3人で黙々と歩いているとやはり怪しげな雰囲気が付加してしまう。

「単刀直入に言わせてもらいます。私たちは、貴方様の身柄を保護しにまいりました」

 あーあ、と白羽は内心で呟く。

 怪しい、と感じていたときからやはりなとは思っていた。

 朝にも接触を試みられたが、しかし登校時は白羽一人だけだったので、なんとか逃げることで対処ができたし、向こうも話す事無くいきなりの攻撃だったのだけれど、今回は人を連れているということで紳士的な態度で来たのだろう。

 白羽は、この三人とは無関係だし、初対面だった。そして、それは古道にも紹鴎にも同じで、紹鴎と古道は顔を見合わせて「誰?」とでも言いたげな顔をしている。

 それでも、直感なのか古道も紹鴎もいい奴とは思わなかったようで、二人の後ろではそれぞれのキメラが主人を守ろうと、あるいは主人の代わりに戦おうと臨戦態勢でスタンバイしているのがわかる。

 なんだろう、凄い懐いているな。

「保護……される覚えはありませんが」

 無難に対処できないものかと、一抹の望みに掛けて穏便な話し合いに持っていこうとした。ただ、やはり一縷の望みというものは叶わないもので、怪しい人物の後ろ側で待機していたキメラが、のっそりと顔を出した。

 白羽は、若干驚いたように、あるいはその大きさに引いたように、上半身を仰け反らせた。

 虎と……熊のキメラ。

 なんでその二つを組み合わせようと思ったのか、甚だ疑問でしかない。

 グルオォォォォォ、という自らを奮い立たせるかのように「!」マークまではつかないまでもそれなりに恐ろしい咆哮を上げた。

 容姿は巨躯ではあるものの、恐ろしい容姿ではなく、むしろ格好いいといった言葉がしっくりくるようなものだった。熊の前足のとんがり具合は安全の確保のためか消えているが、体はすらりとして、顔は熊と虎のハイブリッドという事がわかるようにそれぞれの特徴的な部分を抽出して生成されている。

 まあ、分かりやすく見るならば虎と熊を足して2で割って格好よさを重視したようなものだ。

「いいえ、保護をしに来ました。大人しく保護されてくれれば、私どものキメラも大人しくしたままなのですが」

 ははは……なんというか、古い脅迫だな。

 言葉には出さなかったが、ついつい口元が少し緩んでしまった。

「何ですかあなた達、白羽君に何か用があるんですか?」

 白羽の口元の緩みを恐怖のあまりに出てきたものと勘違いしたのか、紹鴎が血気盛んに相手に突っかかる。

 相手が半ば脅迫のような事を言ってきた時点で穏便にやり過ごすことはできなさそうだと判断したのだけれど、もういよいよ収集がつかなくなってしまいそうだ。

 このまま、誰か人が通るのを待つか。いや、そんなことがない様にあらかじめ手を回しているんだろうな。

 逃げるしかないのだろうか。

 相手のキメラが威嚇代わりに低い声でウルルルルと唸っている。紹鴎と古道のキメラも、負けじと目で睨みつけて威嚇の体勢を取っている。

「白羽君に……そうだね。色々とね」

 何の用があるのか、軽々と無関係な人物に言わないあたり、一応弁えているのだろう。そこだけは少しばかり安心した。

 しかし、内容を言わない怪しさが紹鴎と古道にはより怪しく見えたようで、

「キメラ、行っけー!」

 と、二人はキメラに攻撃を命じていた。

 二匹のキメラが、同時に相手の熊虎キメラに襲い掛かる。紹鴎のキメラは、縮小化していた羽を大きく広げてふわっと空に浮き上がる。猫と鳥の接続獣とだけあって、多少のアンバランス感は否めないが、それでもその姿は奇怪という訳ではなく、荘厳というに相応しい格好だった。

 対して、古道のキメラは狼鮫キメラだ。鮫という海洋生物を合成に持ってくるという意外性が見られるが、単に格好いいと思われる動物2体をチョイスしただけなのだろう。狼という陸で歩くことができる動物をベースとして接続されており、4本足は狼のものを丸々使っているようだけれど、その胴体はなんとも格好いい仕上がりとなっている。鮫肌と狼の毛むくじゃらな表面は足して割ることができないのではないかと思うが、いざ接続してみると、いい感じにトリミングもしてある所為か元の動物の良いところを最大限引き出した見た目になっている。

 しかし、相手のキメラは一体だけではなかった。

 怪しい人物3人組の残りの二人も同様に、熊と虎をベースとしたキメラを後ろから登場させた。白羽がキメラを連れ歩いていない分、2対3と数の不利がある。

 が、しかし、古道のキメラも、紹鴎のキメラも果敢にその巨躯に立ち向かう。

 その光景を、白羽はただただ、見ていることしかできなかった。


 キメラ同士の戦いには、人は手を出してはいけないという文言が、取り扱う際のルールとして、公式に存在する。キメラの戦いは、動物である以上必然的に起こるもので、そこに人の手が加わる余地はないということなのか、キメラ同士の戦いに手を出した人間は、両方のキメラに襲われることとなる。それは、たとえ飼い主であったとしても、だ。

 だから、キメラが果敢に戦う中、白羽だけでなく、紹鴎も古道も、見ていることしかできなかった。

 ただ、このキメラ同士の戦いが、白羽たちのこの後の命運を決めることになるのは火を見るより明らかだ。残ったキメラたちに余力があれば、キメラたちは主人に従って白羽を攫ってゆくのだろう。

 だが、なぜこんなにも白羽がのんびりとしていられるのかというと、紹鴎と古道が強いと思われる人物に食って掛かっているのかというと――。


 それ以上に、紹鴎と古道のキメラが強く訓練されているということに他ならない。


 熊虎キメラ3体が、同時に雄叫びを上げる。それは、最後の咆哮だったのかもしれない。それを最後に、キメラたちが争う音はばったりと止み、代わりにドサッと巨体が倒れる音が3つ続いた。

 そして、その激戦に勝ち残った2体のキメラが負けたものの屍の上に君臨していた。

 いや、死んだわけじゃないんだけれど。

 倒れてしまったキメラは、一度公的な業者に見てもらわなければいけない。だから、当分あの怪しい奴らは白羽たちを、ひいては白羽を襲ってこないだろう。

「よくやったぞー、サメカミ」

「おかえり、ピーちゃん」

 紹鴎と古道が、戦いで傷つき帰ったキメラたちを迎えている反対で、怪しさ満点の三人組が重そうに熊虎キメラを抱えて帰ろうとしていく姿があった。

 放っておいても別によかったのだけれど、白羽に用があるようだったので、何が目的なのかを聞くことにした。

 聞かなくても、わかっていることだけれど。

 しかしそれでは、後ろの二人の探究心の矛先が白羽に向いてしまう。それだけは避けたかった。古道と紹鴎に根掘り葉掘り聞かれてしまうと、とても心が持たない。

「さて、で俺に何の用だって?」

 こういう時は、強気に、上から。

 昔、親父に言われたっけ。

 なつかしい記憶を蘇らせながら、古道は彼ら三人に詰め寄る。狩りをするときのライオンの態度に似ていると、見ていた誰かが思ったかもしれない。そのくらいの迫力を出しながら、白羽は一歩ずつ近づいていく。

「あ、い、いや……」

 しどろもどろになりながら、彼らは何かを言おうとする。しかし、何も言えない。キメラが想像以上に重たいのか、動くことができないようだ。しかし、それでも本能なのか、どうにかして逃げようともがく姿は見ていて少しだけ哀れだった。



「はぁ……」

 結局、彼らは警察に連れて行かれた。

 白羽は、その疲労のせいか自然とため息が出る。なぜ疲れているのか、自分でもわからない。少なくとも、彼らから逃げてきた朝の時ほど疲れてはいないのだけれど、この後追われることになる処理を考えると頭が痛くなる。

 場所は家の近くの大手コーヒー店のチェーン店だ。そこには、疲れ切った紹鴎と古道も一緒だ。さすがに、こういう食べ物を提供する店ではキメラは連れ込み禁止らしく、預ける場所が店舗の隣に隣接している。それでも、純粋にコーヒーだけを飲みに来ている人はわざわざキメラを家から連れてくることはないのか、店内の混雑っぷりに対してキメラ預かり所の中は閑散としていた。

「でさ、結局あれは、いつものか?」

 コーヒー店はあまり静かなところという訳でもなかったが、それでも事情を意識したのだろうか、古道が声を潜めて話しかけてきた。

 やはり来たか、と白羽は内心思いながら、コーヒーを啜る。カフェラテの仄かな甘みが口の中に充満することによって、癒されるような気分に浸りつつ、答える。

「そうだよ、いつもの」

 紹鴎は今のところ口を出すつもりはないのか、白羽と古道の話に聞き入っている。

 古道は、クラスの情報通のようなポジションにいる。それは、クラスでの立ち回りがどうとか、そういう話ではなく、単に野次馬根性の賜物なのだろうと思う。好奇心が人より2倍3倍強かったりするのだろうか。どんなこともとりあえず聞いてくる。厄介ではあるけれど、その情報は基本的に古道の中だけで処理されることが多く、以外にも口が堅いというところにギャップがある。

 なので、事情を聴かれるのは火を見るより明らかなのだけれど。

 しかし、こんな状況になったのは、今が初めてという訳でもない。

「まあ、お前も毎回大変だよなー。で、結局いつものってなんなんだよ」

 古道は質問をやめない。まあ、相手は古道と紹鴎が倒したわけだから、彼らは聞く権利があるとはもちろんあると思うのだけれど、だからと言ってそうそう簡単に教えてやれるかどうかと言ったら、それはまた別の話だ。

「あれ、前に話さなかったっけ?」

「その時は、権利がどうのこうのとか言って、ごちゃごちゃした話が多くてよくわからなかった」

 言い切ったな……。というか、それをもう一度したところでわからないものはわからないんじゃないのだろうか。

「私も気になるなー。その時にいたけれど、一応、もう一回」

 紹鴎も白羽にもう一度の説明を促してきた。古道だけならどうにかして言い逃れはできたけれど、紹鴎はさすがに厳しい。ただでさえこういうところの機転の良さと利発的行動に定評がある紹鴎に言い訳、もとい言い逃れができるとは考えにくい。

 仕方なく、諦めて白羽は話すことにした。自分が置かれている境遇を。

 それでも、情報に線引きはするし、嘘も多少交えていく。隠し通さなければならない、と言う程のものでも――あるのだから。

 白羽は一度だけ、ため息をついて、話し始める。

「今までは少しだけしか話してなかったけれど――」

 古道と紹鴎は、白羽の身の上話を身を乗り出すようにしながらながらコーヒー片手に興味深げに耳を傾ける。

 うわっ、話しにくいな……。そんなに興味を持つことでもないだろうに。

 そうは思っていても、どうしてもそうなってしまうのは仕方がないことだと、白羽自身理解している。何の変化のない日常に、少しだけのスパイスが欲しいのだろう。

 だから、白羽は話した。紹鴎と、古道を信じて。彼彼女には、きつく口止めをしつつ。


 皆には言っていなかった、秘密がある。

 白羽の親父が、キメラの創始者だという事。

 そして、白羽がキメラシステムの総指揮官にしてシステムの全権利を持つ権利者だという事を。

 そして、それが故に白羽の命が狙われているという事を。

 しかし、紹鴎たちはそんなことを関係なしに、白羽のことを気遣ってくれていた。


 今だって、大したことは言っていない。むしろ、隠してある。

 白羽がすべての権利を一括して持つということを知る人が増えれば増えるだけ、白羽を襲う人は増えることになってしまうだろう。

 だから、白羽は紹鴎たちに対して『キメラシステムに関する権利の一部を親父が持っていて、その所為で子供の自分のところにその権利を狙うもの達がやってくる』と伝えておいた。

 多少の虚偽が含まれているが、だいたい合っている。

 キメラシステムに関する権利であることは間違いないし、親父が持っていたものを、白羽に譲渡したのは正しいとは言い難いが、結果的には白羽に権利が属するので、これも間違いとは言い切れない。そして、その権利を狙うものがやってくるというのは、間違いなく真実だ。

 嘘と真実をどのあたりで混ぜ込むか、瞬時の判断を迫られたが、我ながらよい方だと、白羽は思った。


「……なるほど、壮絶だな」

 白羽の話をある程度聞いた後に答えた、古道のリアクションだ。

 対して、

「嘘嘘嘘嘘!?!?!? 白羽が!? キメラシステムの関係者なの!?」

 というのが紹鴎のリアクション。

 あ、もしかしたら紹鴎に話したのは間違いだったのかもしれない。

 紹鴎は白羽がキメラシステムの関係者だという事を伝えた瞬間から、態度が一変した。いつものおしとやかな性格はどこに行ったのやら、涎を垂らしかねない表情で目を輝かせてこちらを見てくる。

「関係者だけど、詳しい事までは知らないよ……」

「それでも、詳しくないところまでは知っているのね!?」

 詳しくないところ、っていう区切りがよくわからないが。嘘に嘘を塗り固めるのは少しだけ息苦しい。

「そうだね……普通にキメラの事を知れる範囲のところまでくらいなら勉強したよ」

 白羽が、なんとかこの会話を打ち切ろうともがく。自分の嫌な顔がわからないように営業スマイルでにっこり対応して、事なきを得ようとどうにか試みる。

「じゃあ、キメラの生態とか、生成方法とか……」

「いや、普通に知れる範囲だって」

 それでも、紹鴎の質問攻めは止まらず、白羽は懇願の目で古道を見る。

 不幸なことに、4人席のテーブルで、対岸に古道、こちら側に白羽と紹鴎という配置になってしまっていたので、白羽は紹鴎に手を取られて、身動きが取れない。

 紹鴎のきらきらした探究心に溢れた目を見ていると、もう心が折れてしまいそうだ。こんなところで罪悪感を感じたくはなかったのに。

 古道は、白羽の懇願の目に気がついたようで、

「ほら、紹鴎、白羽も困ってるんだから、その辺にしとけ」

「えへへもう白羽ったらそんなにキメラについて知っているのなら私といつでも談義ができたのに~」

 紹鴎のクラス内にいるときの静かなキャラからは最早想像がつかない。友達として暫く話しているからこそ、この位何も思うところはないが、しかし出逢った当初だったらきっと距離を置いたんだろうな。

「紹鴎、聞こえてるか……ああ、駄目だ。すいません、店員さん、氷をビニール袋に入れて持ってきてください」

 古道が鮮やかに店員さんから氷を受け取って、紹鴎の頭の上に氷が入ったビニール袋を乗っける。

 手慣れてるなぁ……。

「悪いな……」

「いや、古道が謝る事じゃないさ」

「俺が早めに止めに入らずに面白かったから様子を見ていて」

「うん、それは本当にもっと早く止めに入ってほしかった」

 それでも、古道が謝ることではないのだけれど。


 その日は、紹鴎の意識がまともに戻った後、珈琲店を後にして、各自自分の身に気をつけながら解散ということになった。

 その日の返り、古道と別れてから紹鴎が、

「あの、さっきは本当にごめん、白羽。私……キメラの事となると、ちょっと好き過ぎて……」

 紹鴎のキメラがにゃ~、と鳴く。まるで紹鴎の弁護をしているようだ。その可愛さに、ついつい心を許してしまいそうだ。

 いや、心は最初から許しているけれど。

「大丈夫、それに、キメラの事について話せる人がいて嬉しいよ。こんなに近くにこんなに詳しい人が居ただなんてな」

 詭弁だ。そんなの分かり切っている。しかし、社交辞令だと割り切って白羽は話を続ける。

「そうね!! そうよね!! 嬉しいわ! キメラの話を私がすると、皆いつもどこかへ逃げちゃうのに……」

 この反応を見ると、社交辞令と考えて自分の心を誤魔化すのは厳しくなってくる。


 白羽が、何故今までこの事を隠していたのか、二人は話さずとも理解してくれたようだ。それだけ、少しだけ安心する。


 そして、白羽は紹鴎と別れ、自分一人の帰路につく。

 自己嫌悪と、後悔を伴って。


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