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収穫祭 Itoh harvest festival

作者: tetsuzo

抜けるような蒼穹には鱗雲がかかり、用水の水は深い藍色を呈している。草原の緑は未だ勢いをたもち、濃い黄色の菊や女郎花に混じって、鮮やかな曼珠沙華が紅い色を際立たせていた。日差しは強く汗ばむが、冷風が時より吹いて、日影に入ると忽ち汗は引いた。田園の稲穂が頭を垂れ、豊穣な黄金色の稔りを見せている。久しくこのような秋晴れに恵まれなかったので気持ちが弾んでいつまでも土手の道を歩いていた。もう直ぐ刈り入れ。この時のため一年中働きつづけたのである。寒気に震え、冷水に身も心も縮んだ日々。吹き募る強風や洪水を恐れた日。激しい暑熱に身体中の水分を奪われ、倒れそうになった日。凍った大地を懸命に掘り起こし、代掻きから始めた。生まれて初めて、最初から最後まで稲を育て育んで来た。ついに稔りの秋を迎えた。喜びが身体の底から湧きあがってくる。可憐な稲穂の群れを見ると歓気の叫びと共に涙が滲んでくるのを禁じ得ぬ。一弥は自分を誇らしく思った。自分だけの腕と脚で苛酷な労務に耐え、見事に米を生み出したのである。豊熟した稲穂を剥くと、大きく育った真っ白な米が顔を出した。ぷう〜んと独特な香りがする。豊かな大地の育んだ芳醇な香りを思う存分嗅ぐと、風に乗って遠く太鼓の音が響いてくる。秋祭りの準備に若者がバチ捌きを習っているのだろう。収穫祭を催そう。村中の美女を集め、農場で取れた秋の味覚を楽しもう、そう決めると嬉しくなった。


「収穫祭は阿弖流為ヲバ祭神とし、新嘗を寿ぎ、奉納舞は鬼剣舞と致す」

「若殿。そのような堅苦しい催しでは若い女性など誰も参加しません。9月3日東京ガールズコレクションというファッションショーが代々木体育館で開かれ、蛯原友里、押切もえ等CanCamのモデルが従来のショーの常識を打ち破り、お洒落で可愛い日常の服を着て喝采を受けました。若い女性2万人が集まり大盛況。こうでなければなりません」

「し、しかしエビちゃんやモエちゃんがこんなド田舎に来てくれるわけもないだろう」

「若殿。二人共猛烈にカワユイんでガスよ。是非呼びましょう」

「そりゃ、あんな二人が来れば東北は勿論全国のギャル達が集まるのは必定。問題は如何にして彼女を呼ぶことができるかだ」

「こういうことに関してはB山老人の知恵を借りねば始まりません」「又B山か。仕方あるまい。早速連絡をとれ」


「若殿。モオB山老人より収穫祭の企画書が届きました」

「そうか。見せろ。ナニナニ・・総予算三億円。バカな。しがねえ農民にそんな大金払えるわけあんめえ。そのうちエビちゃん、モエちゃんの招聘費用が一億。無理じゃ。絶対ありえん」

「そう決め付けるのは早すぎるンじゃ無ェですか。本年のファーム純利益が約三億五千万。若殿の生活費が五千万でがす。三億払ったとしても暮らしていけるんじゃありやせんか」

「しかしなぁ。必ず美女をゲットでける保証は無ェ。よし。こうしよう。エビちゃんとヤれ、其の後彼女と付き合えるンなら、この企画はGOだ」


暁闇より早稲の刈り取り。はざがけして乾燥。脱穀。今年から用水路に設けた七重連の巨大水車で精米する。夫々の作業は一時も気を抜くことは出来ぬ。田植え以上の労働の日々だ。鋤、鍬は勿論、稲穂の刈り取りは鎌、はざがけには竹と縄、脱穀の千歯、杵、唐箕全て道具は自分の手で拵えた。鍛冶、縄細工、竹細工、木工。農民は自分で何職もこなさねばならぬ。全ての産業の基は農業にあるわけであるからして、やむを得ぬ。現代の農民がそうした作業から疎外されたのは、決して進歩では無かったと思う。自ら苦労して作った道具で米を育て上げる。だから喜びも大きくなる。水車で搗いた米は機械搗きとはまるで違う本来の粘りのある温かい米を作り出す。杵で叩く脱穀は機械では決して出せぬ味わいを醸し出す。手作りに勝るものは無い。精米され銀白色に輝く米。いとしい。この米を炊き、秋野菜、薩摩芋、里芋、牛蒡、南瓜、蓮根、人参、椎茸、シメジ、蕪・・・三陸で揚がる鮭、秋刀魚、平目、蟹、蛸、烏賊、カサゴ、鰯、鮪・・・和賀山塊の猪、鹿、山鳥、猿・・・水沢の牛、豚、鳥、馬・・膨大な岩手の産物を一挙に集め、盛大な収穫祭を執り行う。B山老人の尽力で蛯原友里、押切モエ等カリスマモデルの参加が決定した。膨大な可愛いギャル達が蝟集してくる。一弥は労働の苦悩を忘れ意気が上がり、武者震いした。


パンパカパ〜ン。ファンファーレが鳴り響く。強烈なスポットライトを浴び、数多のフラッシュがたかれる花道に、蛯原友里、押切モエの美女モデルに両肩を抱かれた一弥が登場すると、会場を埋める五万の観衆は大喝采を浴びせた。司会の高島彩アナウンサーが紹介する。

「お待たせ致しました。愈々彼のカリスマファーマー、カズ・イトオの登場でございます。カズは幾多の苦難を乗越え日本のチベットと蔑まれた、このイースト・ノースを世界に羽ばたく流行の発信源としました、ヒーローでございます」

「カズの作るじゃが芋は一個五千円も致します。しかし飛ぶように売れ生産が間に合いません。他の野菜も皆そうです。通常の野菜の千倍の価格なのに買い手が殺到、常に品薄の状態です。このカズが心血注いで満を持して本日皆様に食べていただくのはお米です。全て彼の手作り。心行くまで召し上がってください」

仙台フルキャストスタジアムのフィールド全体に数百の竈がおかれ夫々に調理人が伊藤農場の食材を使った料理を作って振舞う。

「Itoh harvest festivalにようこそ。私がカズ・イトオです。今日は思う存分私の作った作物を召し上がってください」

カズ、カズという大歓声があがり女性たちが少しでも近づこうと殺到する。興奮のあまり失神する女性。悲鳴が上がる。大変な騒動だ。恐らくこれだけの若い女性が東北に集結したのは、歴史上初めてのことであろう。カズがエビちゃんを引き寄せキスをすると、会場は羨望の声が充満し大音響のスピーカーの音も掻き消され、騒然となる。






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