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相容れないもの

魔王という名のセイレーン

-相容れないもの-



闇の中に、一軒の家が浮かび上がる。

ふと灯りが絶え、中の青年がマッチを擦った。

ぼわりと再び家が闇に浮かんだ。

「フレア…大丈夫?」

青年が暖炉に向かって言った。

そこには小さな女がいた。

「うん。大丈夫だよ」

真っ赤な髪と、真っ赤な瞳。

明らかにその姿は、人間ではない。

青年は体を毛布で包み、その姿を見つめていた。

「…ホントに、いいの…?」

「何がだい?」

「だって…ミストと会ったら、火の精の君は…」

「ここまで来て逃げるなんて、女がすたるってものさ」

青年は体を寄せ、ため息をついた。

一方、やはり暗闇の中で、足を動かす影があった。

端正な顔立ちの青年は懐中時計を片手に周りを見渡した。

地面に水溜りを見つけ、青年はしゃがむ。

懐中時計を開け、中に水を入れる。

「ミスト…大丈夫ですか?」

懐中時計の中は文字盤の他に鏡がついていた。

鏡には男が映る。

「ああ、大丈夫だ」

青い髪と、青い瞳。

明らかにその姿は、人間ではない。

青年は水をたたえた時計を落とさぬよう、そっと立った。

「…ホントに、いいんですか…?」

「何がだ?」

「だって…フレアに会ったら、水の精のあなたは…」

「ここまで来て逃げるのは、フレアに悪い」

青年は足をはやめながら、ため息をついた。




「あれ?今日も雨かぁ」

ミュージが外を見て言った。

言われて私も窓を覗く。

その空は、昨日と同じく灰色をしていた。

「ああ…そうですね」

「雨の日って、なんか色がいつもより少ない気がするよね」

ミュージは私が座っていた椅子の向かい側の椅子に座った。

「色が、少ない?」

「うん、なんかいつもよりモノクロっぽく見える」

「光の量が少ないからですかね」

「それもあるけど、精神的なものもあるのかな」

言われてみれば、そうかもしれない。

雨の匂いが家の中に充満して、なんだか余計に体も重たい気がする。

「楽譜書くから、少し灯りつけるね」

「あ、はい。わかりました」

ミュージがマッチを擦った。

ランプの中にそのマッチを入れようとした時だった。

「うわっ?!」

ボワッという音と共に光が強くなった。

「ミュージ?!どうしました?」

私がその音のしたほうを見ると、ミュージが尻餅をついていた。

その視線の先には。

「ふわぁぁぁ…助かったぜ」

男口調で話す、小さな女がそこにいた。

その髪は赤く瞳も赤く、輝きを宿していた。

「これは…?」

「わ、わかんない!」

「ああ、こわがるな、あたしは火の精…フレアっていうんだ」

「火の精?!」

私とミュージは声を揃えて聞き返した。

人外のものである私は、存在だけは聞いたことはあった。

けれど実際に見るのは初めてだ。

「あんた…魔王という名のセイレーンだね?」

「!」

その呼ばれ方は、久しぶりに聞いた。

「ここで会ったも何かの縁だ、ちょっと頼まれ事をしてくれないかい?」




フレアと名乗った女は、マッチ棒の上に座って話をはじめた。

「実はね、連れてきてもらいたい人がいるんだ」

僕とシュベルツはランプの受け皿を二人の間に挟んでイスに座った。

机の上で、それはこうこうと燃えていた。

「連れてきてもらいたい、人?」

「ああ、まぁ正しくは人じゃないけどな」

僕が尋ねるとフレアはそう言った。

「私が会いたいのは…水の精。ミストってんだ」

水の精。どうやって連れてくるんだというんだろう。

その前に、気になることがある。

「でも、フレアは火の精ですよね?水の精と会ったら」

シュベルツも同じことを思っていたようだ。

「ああ、間違いなく死ぬ」

「そんな簡単に言わないでください。第一、どうして会いたいんですか?」

「これは…、叶わない恋なんだ」

「恋…ですか?」

フレアが言うには、ミストという水の精には会ったことはない。

話だけを聞いた、ということだった。

「だけど、会いたいと思ってしまったんだよ…その生き様を聞いて」

ミストという水の精は、水の精の中では少し異質であるらしい。

火を消してしまう水。

しかも、ミストはさまざまな水の精に成り代わり自らその命を奪っている。

「自ら悪人になろうなんて、かっこいいと思わないか?」

想いはひたすら募り、胸が苦しくなるほどに、恋焦がれていた。

そういうことらしかった。

「恋なんて…恋で、命を捨てても、いいの?」

僕は思わず聞いてしまった。

「確かに恋は、生きていく上で不要ではないかもしれねえ、だけどな」

その次の言葉は、思ったよりもずっと美しく僕の中に響いた。

シュベルツも、多分そうだったのだろう。

「恋ってのは…この世に、色を添えるものだと思わないか?」

シュベルツは、ほうと息をついて、言った。

「ミストは、どこにいるんですか?」

「最果ての地だ。そこにある泉の水を、鏡のあるものに移して運んでくれ」

最果ての地…シュベルツが封印されていたところだ。

「だったら、私が行きます。あんな寒いところにミュージを連れてきたくない」

「ちょっと待って、フレアは、行けないの?」

僕は慌ててシュベルツを止める。

「あたしは、太陽の力を借りてここにいる。それも限界でこの家に寄った」

「太陽の、力?じゃあ、ここしばらくの雨は」

「ああ。あたしがここにいられるのは、三日間限りだ」

「その期間が終わったら…」

「あたしが諦めない限り、世界は死ぬ」



私は身支度を整え、最果ての地に向かった。

世界が死ぬというのは間違いなさそうなことだった。

通り抜けた町は、まったく人の気配がしなかった。

雨のせいだけではない。それは人を眠りに誘っていた。

長く続けば人々はそれを永遠の眠りにしてしまうだろう。

辿り着いたそこは、雨の寒さよりも、さらに冷える地。

私は泉に着くと、ミュージから預かった懐中時計を出した。

開くと、内側には文字盤の他に、鏡がついている。

持ち運ぶことと時間を見ることを考え、蓋のついたこれをミュージはくれた。

「ミスト…さん。いますか?」

泉が青白く光り、私は瞬きをした。

目を開くと泉の上に、青い髪と青い瞳をした男が浮かんでいた。

「僕を呼んだのは、あなたですか?」

「は、はい…私です」

りんとした、声。

芯の通ったしっかりとした声。

「…セイレーン、ですね」

「やっぱり分かるんですか、そうです」

「何か御用ですか?」

なんだか何物も寄せ付けないような言い方だ。

「え、ええと…あなたに会いたいという人がいるんですが…」

「僕に、会いたい?」

「はい…フレアという、火の精です」

「火の精?火の精が、なんで僕に?」

私は、フレアから聞いた話をした。

ミストは一通り聞いて、なるほどと言って黙った。

「ええと…会ってくれますか?」

「…」

「やっぱり、ダメですか?」

「例えば…あなたにとって、恋とはなんですか?」

「え?」

「答え次第で、共に行こう」

困った。私にとって、恋とは。

考えたこともない。

「フレアは…『色』だと言っていたが…」

「色?」

思わず口に出したひとりごとにミストは聞き返した。

「は、はい。それに、殺されても、いいって」

「ふむ…」

ミストはまた黙ってしまった。

やっぱり、ダメだろうか…。

そう思い始めた時、ミストはぽつりと言った。

「一つだけ訂正したいんですが」

「は、はい」

「僕は火の精を消す存在です。しかし、殺すという言い方は嫌いです」

ふわりと私の手元にある懐中時計の上に移動する。

「僕は、命を預かっているのです…そのフレアの命も、預かりましょう」

ぱしゃりという音と共に、懐中時計の鏡に水が張った。



「…くしゅんっ」

僕は今日一日で何回目かのくしゃみをした。

フレアが来て、二日目。

なんだか寒くなってきた気がする。

雨もずっと降り続いている。

「悪いなぁ。涼しいだろ?」

「涼しいっていうか…寒い」

僕はつい正直に言ってしまった。

フレアは相変わらずマッチ棒の上に胡坐を書いていた。

「あたしをその辺の布に落とせば暖かくなるよ」

「…気持ちだけ受け取っておくね」

「はははっ」

フレアは笑った。

笑うとぽわりと髪が明るくなる。

この笑顔が、本当に死んでもいいと言っているものの姿なんだろうか。

「ねぇ、あんたは恋ってしたことないの?」

「恋…最近はしてないけど」

「もしかして」

「…?」

「あのシュベルツってやつ?」

「え、えええっ!違う、違うよ!!」

「なんだ違うのかぁ」

心底残念そうにフレアは言った。

「だ、だって、おと、男同士っ」

「別に無くは無いんじゃね?」

「…!」

「さて、ちょっと暖かくなったろ?」

「あ、ああ」

言われてみれば否定しすぎて顔が熱い。

「…そのために、その話を?」

「いや、あたしの興味だけど?」

「…なんだ…」

いいやつとか思って損した…。

「でもさぁ、だったらシュベルツは、あんたにとって何よ?」

僕にとっての、シュベルツ?

「…僕の、存在を肯定してくれる存在、かな?」

「ほお…まぁ大事なものには変わりねぇってとこか?」

「だ、だからって、恋じゃないよ!」

「愛にはいろんなカタチがあるだろ?友情だって愛だろうが」

「友情が、愛?」

「あたしは、そう思うなぁ」

そうか。そういう考え方もあるのか。

素直に、僕はそう思った。

今、シュベルツは、何をしているのだろうか。



雨が冷たくなってきた。

段々と、厳しさを増しているような気がする。

私は懐中時計を開く。

文字盤を確認すると、フレアと出会って二日目だ。

文字盤の反対にはミストがいる水面が映る。

「随分と、焦っていますね」

ミストがそう言った。

「だって、世界は終わってしまうんですよ?」

「セイレーンのあなたは、人間界はどうでもいいのでは?」

「そんなことはないですよ…だって、ミュージが」

「ミュージ…あなたの、大切な存在」

「はい」

ミストは私の迷いのない言葉に自嘲的に笑った。

「何か、おかしいですか?」

「いえ…愛しているのですね」

愛している?私が?

「ちょっと待ってください。ミュージは、男ですよ」

「それも一つの愛の形だ」

「で、でも」

「…羨ましい」

そう言ったミストは本当に寂しそうだった。

「ミストは…誰かを愛したことはないんですか?」

「昔は…そんなこともあった」

「昔…その人は、今は?」

「いない。僕が殺しました」

「殺した?」

「ああ、唯一殺した、自然の摂理に反する行いです」

自然の摂理。水が火を消すのが、そうだとミストは言った。

じゃあ、自然の摂理に反することとは。

「僕の方を見てくれなくなったから命を奪ってしまったのです」

最も自分勝手な理由だと思う、とミストは言葉を結んだ。

「それからは、自然の摂理に則ったことだけをしたくて」

「自ら命を奪う役を?」

「はい、自分への、罰も兼ねて」

「じゃあ、今は?何故フレアに会いたいと?」

「…自分でも、少し分からないのです、だけど」

「だけど?」

「こんな自分を愛してくれる人がどんな人なのか見てみたくて」

「殺してしまうとしても?」

言った後に、しまったと思った。

ミストがこちらを睨むように見たから。

だけど、また寂しそうに俯いた。

「…すみません」

「あなたはセイレーンなのに殺すことに戸惑いがあるのですね」

「はい…でも」

私は今家にいる存在を思った。

「そんな私を必要としてくれる、存在がいるのです」

ミュージは今、大丈夫だろうか?



三日目。

空がずっと暗くてよく分からないが、もう夕方のはずだった。

だいぶ家が冷えてきた。

ふと、目をつぶりかけて、体が揺れた。

ぱきっという音がして、はっとした。

火が随分と小さくなっていた。

フレアの姿も見えない。

「ふ、フレア!」

急いでマッチを擦った。

最後の一本だった。

「フレア、大丈夫?」

「あ、あぶなかったぜ…」

「ごめん…でも…」

「ああ、もうそろそろ限界だな」

シュベルツ、ミスト、間に合わなかったのか?

その時扉が開いた。

「ミュージ、フレア…」

「シュベルツ!」

そして…。

シュベルツが懐中時計を開けた。

「ミスト…」

水をたたえた鏡の上に、浮かぶ男。

「あ、ああ!」

フレアがマッチ棒から離れ宙を飛び、よろけた。

ミストも水面から離れ、フレアのもとへ飛んだ。

「会いたかった…」

「僕もです…」

「あたし、あなたのことが、す…」

フレアの体が透き通っていく。

「…僕のことを愛してくれてありがとう」

ミストの体もなんだか消えてかかっている。

「僕も…一緒に…」

二人がもつれ合って、何かがはじけた。

僕とシュベルツは目を閉じた。

目を開けたその時に二人は消えていた。

「え…どういうこと…」

「わ、分かりません」

「二人とも、二人とも消えちゃうって、どういうこと?!」

僕は、がくがくと膝が笑っているのを感じた。

「…ミュージ!外を…」

窓から光が差し込んでいた。

そして外には。




「虹だ…」

ミュージが呟いた。

「…綺麗ですね」

「うん…太陽が戻ったんだ」

「知ってますか?虹は、水と太陽…つまり火があって存在するんです」

「じゃあ、二人は…」

「二人は一緒に空に昇ったんですね」

そうだと思いたい。

そうだと…信じたい。

「色が、溢れだした…」

「なんて…カラフルな世界なんでしょう…」

私とミュージはしばらく外を眺めていた。

「あのさ…音楽もさ、恋と同じじゃない?」

「恋と?」

「うん、シュベルツにとっては違うけど」

「…もしかして、『色』?」

「そう!人生に『色』を添える存在!」

「私も…」

そういえばと思った。

「ただむさぼるように歌ってた時よりも今の方が楽しいですよ」

「『色』が、溢れてる?」

「はい」

私は笑った。ミュージも笑った。

「あ、今の気持ち、歌にしたい!」

「じゃあ、私が歌いますね」

「そうだなぁ曲名は…」

「私も思いついた言葉があります」

「一緒に言ってみる?せーの、」

「『カラフル』!」



20100727

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