第9章
最近わたしは、人生ってなんだか不思議だな、なんて感じることが多い。
わたしは小学六年生の時まで続けていたピアノを、今ごろになってまたはじめていた。理由は何かというと、ユリカが学校祭でバンドをやりたいと言ったのがきっかけ。
そこで、他のクラスのドラムを叩くのがうまい子と、かろうじてギターを弾ける子の四人で、バンド<Star☆Fish>を結成することになった(言うまでもなく、ユリカがボーカル)。
そうそう、このバンド名の由来には、少しだけ面白い経緯がある。
あれからもずっと仲野サユリは、ユリカのことを何かの機会を捉えてどうにかしてやろうといったように、負のオーラを放っていたけれど――それがうまくいかないせいかどうか、ある日突然つかつかとわたしたちの元へやって来て、こう言い放ったのだ。
ちょうど、わたしとユリカとミドリ(ドラムス担当)とルミ(ギター担当)が、廊下でバンド名はどんなのがいいかと、きゃいきゃい騒いでいる時のことだった。
「あんたたちなんて結局、雑魚の集まりなのよ!!見てて、反吐が出そうなくらいほんとムカつく!!ゴミの匂いをこっちまで撒き散らさないように、気をつけてくれない!?」
――その時、学年廊下にいた生徒たちの多くが、突然しんとなった。
わたしはといえば、あまりのことに一瞬唖然とし、そしてこれはミドリとルミもまったく同様だった。唯一ユリカだけがカッとして、ゆるふわカールの髪をなびかせて去る、サユリのことを追いかけようとした時のことだった。
「あっは……あははははっ!!!」
一瞬だけぽかんとしたあと、わたしはそんなふうに大声で笑いだしていた。シーンとしている廊下に、わたしの笑い声だけが大きく響き渡る。
「マリ、何笑ってんのよ!?あんなふうに言われて、黙ってるって法はないわ。あたし、毒ユリに一言いってくる!!」
そう息巻くユリカに対し、わたしは彼女の腕をとって引き止めた。
「だって、ユリカ、思いだしなよ。ザコだよ、ザコ。あたしたちザコなんだって。雑な魚って書いてザコ。ドラマでもないのにこんなセリフ、真顔で言う人、あたし初めて見た。あっはは!!それに、反吐がでるとか、ゴミの匂いとか、だったら香水でもつけろってこと?サイコーじゃん。あたしたち、香水の匂いがするゴミの中で、優雅に泳ぐ魚にでもなればいいんじゃない?仲野さんってマジで面白!!」
わたしがそのあとも、ツボにハマったようにゲラゲラ笑い続けていると、何故か周囲の生徒たちも笑いはじめ、最後には怒っていたはずのユリカまでもが、大声で笑っていた。
「マリ、あんたってほんと、サイコー!!もしあのままサユリと言い争いになってたら、あたしあの女の思う壺だったと思うもん。ザコで結構!同じグループの友達にまで、毒ユリって呼ばれて怖がられる女より、ずっといいわよ」
もちろん、ユリカのこの言葉を、仲野サユリ本人は聞いていない。
彼女はわたしの「マジで面白!!」という言葉に対し、キレそうな顔をしながら、その場をとっくに去っていたから……。
そんなわけで、再びバンド名を何にするかという話しあいが再開された時――なんとかFishとか、Fishなんとかっていう名前にしたらいいんじゃない?と、わたしたちは相談した結果、海から手の届かない星を眺める魚、という意味で、<Star☆Fish>というバンド名が決まったのだ。




