壬生の狼〜会津藩お預かりへ〜
結局その後、歳三と新見たちの激しい議論により、13人の役職が決定した。
筆頭局長に芹沢鴨、局長に近藤勇。
副長は土方歳三、新見錦、山南敬助の3人。
副長の手助けをする副長助勤に残りの沖田総司ら7名が付き、平間は勘定方についた。
「……という事です。どなたか質問は?」
山南は役職を記した紙から顔をあげて皆を見渡した。
若い総司や平助、それに原田は、一緒になってワクワクと楽しそうだし(原田は年上だが子どもの様だ)、永倉や源三郎は必死で理解しようとしている。
「でも、どうして近藤先生は筆頭局長じゃないんですか?」
沖田は山南を見ながら聞いた。
山南が苦笑すると横から歳三が、
「いずれは近藤先生が大将だ。目標があった方が良いだろ」
と総司に怪しげな笑いを浮かべる。
「トシ、俺は別に筆頭局長じゃなくても良いんだよ……」
勇が気弱そうに言うと、歳三は勇を睨みながら、
「道場主が水戸の不良侍に劣ってたまるか。ここまで来たらあんたも上を目指せよ」
と、こづいた。
「んで?これから何をすんのさ?」
原田は身を乗りだして尋ねてきた。
「とりあえずは同士を集めます。今、声をかけているんですが正式に入隊してくれるかどうかは……」
山南は少し残念そうに答えた。
「だから仲間に出来そうな奴には声をかけていくんだ。清河の浪士組はまだ帰っていない。清河に不満がありそうな奴を見つけてどんどん仲間を増やしてくれ」
歳三は言い聞かせるような口調で話した。皆、その後は解散して、部屋には勇と歳三と山南が残った。
「声をかけたって何人だ?反応は?」
歳三は声をひそめて山南に尋ねる。
「一応10名ほど……しかし、快い返事は誰からも聞いていませんね……」
山南はうつむき加減で言う。すると勇は明るい声で、
「まあまあ、二人ともそんなに悩むことないじゃないか。まだ始まったばかりだろ、トシ!山南さん!」
と言いながら歳三と山南の背中を軽く叩いた。
「あのなぁ、アンタはもう局長だ。俺のことは土方君と呼べ。トシなんて言うな」
歳三は冷たく言い放つ。
「なんだ……?気に入らんか?……最近お前は俺のことを"かっちゃん"と呼ばんが、それも何か理由があるのか?」
勇は不思議そうに歳三を見る。……なぜ歳三が怒っているのか分からないらしい。
「理由ならさっきから言っているだろ!大将を"かっちゃん"なんて呼べないんだよ!とにかく、俺は近藤さんでアンタは土方君。たった今からそうしてくれ」
勇は府に落ちない様な顔をしつつ、
「分かった」
と答えた。
その後、何人かが仲間に加わり、結果的に勇や芹沢らを含む23人の浪士たちが京に残る事になった。
会津藩の藩主・松平容保は京都の守護職も兼任していた。
「殿、よろしいでしょうか?」
会津藩の家臣へ手紙を書いていた容保は手を止めて、声の方を向いた。
「なにごとだ?」
すると声をかけた老中は、
「お話していた者たちが参りました」
と、少し飽きれ気味に言った。容保は老中と対照的に嬉しそうな顔をして、
「左様か、ならば広間に通せ。私も直ぐに参る」
と、明るい声で言い、すぐさま部屋を出た。
「誠にあの様な者たちを会津藩お預かりになさるのですか?」
はや歩きで広間へ向かう容保に追いつき、少し息の上がっている老中は尋ねた。
「今さら何を言うか。あの者たちは幕府に尽そうと遥々こちらへやって来て、例の清河に騙されたそうではないか。それではあまりにも哀れだ。それに、これは幕府からの指示でもある」
容保は真剣な表情で反論する。
「しかし、本当に信用しても良いものか……かえって会津藩の質を落としてしまうのではないでしょうか……」
老中は溜め息混じりに言った。
「だから今から直々に会うのではないか。じいは心配症だのう」
容保は再び歩き出す。
「そんな事はございませぬ。当然の心配です」
老中は憤慨したように言った。容保はそんな老中を横目に、広間に入っていった。
部屋には、平伏した2人の男が居た。
「苦しゅうない。面をあげよ」
容保の声に従い、2人は顔をあげた。その時容保は、初めて近藤勇と芹沢鴨の顔を見た。
2人ともやる気に満ち溢れた、良い顔をしているではないか。やはり、じいの取り越し苦労じゃ。
「近藤、芹沢、頼んだ」
容保は一言そういうと、部屋を立ち去った。勇と芹沢は、
「はっ!!」
と、去っていく容保に向かってもう一度平伏したのであった。
勇たちと別れ、じいをかわし、ようやく一人になれた容保は部屋に戻るなり、
「斎藤」
と呟いた。
「お呼びでしょうか?」
何処からか、1人の男が現れた。すると容保は、
「先程、例の浪士組を会津藩のお預かりにした。私は、あの者たちは信頼できると思っているが、じいがうるさくてな……」
と言いながら頭をかく。すると斎藤と呼ばれた男は、
「私にその浪士組に入れという事ですね?」
と、淡々と言う。
「そうなのじゃ。そなたの事は私も、じいも信用しておる。じいは、斎藤が入隊するのなら会津藩のお預かりを許す……とまで言っておる」
容保は溜め息混じりに言い、斎藤に近寄った。
「そなたにしか出来ない事じゃ。浪士組の動きを私に伝え、もしも良くない方へ向かっていたらば、そなたが正しい方へ導いてやってくれ」
すると斎藤は、
「承知致しました」
と告げ、立ち去ろうと戸を開けた。
「斎藤、そちに託したぞ」
去る斎藤に容保が言うと、彼は大きく頷いて部屋を後にした。
こうして、浪士組は正式に会津藩お預かりとなり、それ以後彼等は"壬生浪士組"と名乗る様になった。
そしてその翌日斎藤一という若い男を仲間にするのだった。