壬生の狼〜京でのこれから〜
「……という訳で、他の仲間は江戸へと立つのですが、我々は引き続き京と上様の警固の為に残ることになりました」
勇は今、源之丞氏と話をしている。浪士組を離れた事により、自分達だけが京へ残ることになったのだが暫くは八木家の世話にならねばいけない。
「そら、かましまへんが……兄さんらだけが残っとっても大丈夫どすか?」
「はい、確かに幕府の後ろだては無くなりましたが上様と京の平和のためにも我々が決めたことですから……」
そして勇は慌てて付け加える。
「それと、我々にかかった費用は、後で必ずお返し致します。なので暫くは勘弁してもらえないでしょうか?」
すると源之丞は少し笑って、
「分かっとります。兄さんらが落ち着くまではこちらでお世話させて頂くつもりどす」
それを聞いて勇はパッと顔を明るくさせ、
「ありがとうございます!このご恩、忘れません!」
と深く頭を下げた。
「しかし、いつまでも八木さんのお世話にはなれませんね……」
山南がため息混じりに言った。
勇たちの部屋へ試衛館の面々は集まり、今後のことを話し合っていた。
「でもさ、他にアテはないよね、皆……」
いつも脳天気な原田も深刻な顔だ。
「住むところはまだしも、せめて金はどうにかならないものか……」
勇はうつ向き気味に言う。
その時、山南がある事を思い付いた。
「私たちで浪士組を作り、それを幕府の預かりにしてもらう……というのはどうでしょうか?」
「それって、どーいう事だよ」
歳三が身をのりだして聞いてきた。
「つまり、我らで清河さんたちとは別の浪士組を作るんです。もし我らが幕府の役に立つ……と分かれば、幕府側が資金などの面で援助して下さることでしょう」
山南の言葉の後で、源三郎が少し不安げに言った。
「しかし、そう上手くはいきますかね?我々はここの人間ではないですし……」
すると山南は、
「京都は長州の尊皇派が過激さを増しています。それに、もし警固の手が間に合っているのだとしたら、我らが江戸から警固に来なくても良いのではないでしょうか」
「つまり、京では過激な攘夷派に手を焼いている……と言うことですね、山南さん」
永倉が納得したように言う。山南は深くうなずき、近藤を見た。
「どうでしょう、先生」
勇は腕組をして少し考え
「ここは同志の芹沢さんたちも聞こう」
……と、少し弱々しく言った。
「……という話になったんですが、どう思います?芹沢さん」
ここは芹沢の部屋だ。他に新見も一緒に話を聞いている。試衛館側は勇の他に、歳三と山南も居た。
「俺はどっちでも構わねぇや。幕府の預かりにならなくてもここの家が世話してくれんだろ?」
それをしたくないから幕府に頼むんだよ……!と、その場に居た試衛館の3人は思ったが、必死で押さえた。
「私は賛成です。ただし、浪士組を作るなら、人数は多い方が良いかと」
新見は相変わらずやる気のなさそうな顔をしていたが、意見は的を得ていた。
「何人ぐらい要ると思う?」
歳三が新見に聞いた。
「集められるだけ多い方が良いでしょうな。その方が幅広く動けます」
新見はすらすら言う。歳三はなぜか、その姿が気にくわなかった。
「じゃあ、いっそのこと、浪士組の役職を決めようじゃねぇか」
歳三は少し挑戦的な態度で新見を見ながら言った。
新見は薄笑いを浮かべ、
「ならば局長は芹沢先生だな。清河に発言されたし」
「それなら、ウチの近藤先生の方が早かった。なるなら近藤先生の方が道理にあう」
いがみあう二人。
その時山南が慌てて言った。
「芹沢先生と近藤先生に、お聞きしてみては?」
その一言で、皆の視線は芹沢にいった。
「俺は局長で良いぜ」
続いて近藤を見る。
「……私は何だって構わない。平隊士でも良い」
その言葉を聞いた新見は勝ち誇ったような顔で
「決まりだな」
と告げた。
歳三は何とか勇を局長にする手段を考えた。
そのとき、不意に山南が声をあげた。
「局長を二人にするのはどうですか?そして、筆頭局長を芹沢先生にしてもらうというのは?」
新見は少し顔を歪めたが、言葉は出なかった。山南の意見は一番中立だ。
「芹沢先生はいかがですか?」
新見が芹沢に尋ねる。
「意義なし」
芹沢はそう言うと、いきなり立ち上がり部屋の戸を開けた。
「どちらへ?」
山南が尋ねる。
「もう必要な事は決まったろ。俺はこの辺を見てくるよ」
そう言って芹沢は部屋から出てしまった。
芹沢が外へ行ったのを確認しながら歳三は
「筆頭局長がアレで良いのかよ」
と、ため息混じりに言った。
外では総司と平助、芹沢一派の野口が談笑していた。
「なら野口さんは私たちと年が変わらないですね」
平助が野口に言った。
「そうですね。でも、沖田さんはお若いのに塾頭でしょう?すごいですよ」
野口は感心したように言う。すると総司は頭をかきながら、
「そんなことありませんよ。今度、是非手合わせお願いしますね」
と言って笑った。
野口と平助も笑った。
生まれも育ちも違う3人は、こうして仲良くなった。
時は3月のはじめ。……まだ春は少し遠いが、暦の上では春。正に出会いの季節であった。
八木家の屋敷を出た芹沢は、門の辺りで大きくのびをした。
すると、向かいの家から女が出てきて玄関先を掃除しはじめた。
不意に、芹沢と女は目があった。女は会釈する。……立ち振る舞いが、どこか艶っぽい。
芹沢は目をそらし、別の方向を向く。
すると、女の出てきた方から男の声で、
「梅!中におってくれ!頼むさかい!」
と聞こえた。
芹沢がもう一度振り向いた時、女の姿は無かった。
「お梅……か」
芹沢はそう呟き、屋敷に戻った。
やはり春は……出会いの季節。
いかがでしたか?最後は余韻を残した終わり方でしたが、それぞれの出会いは後々重要になってきます。お楽しみに!(笑)
さて、この小説の終わりを色々考えていましたが、最近ようやく決めました。詳しくは明かせませんが『鬼か仏のどちらかが亡くなる』時が最終回です。……新選組を知る方なら分かるかもしれませんね(苦笑)。最終回が無事に迎えられるように執筆に励みます。それではまた次回、お会い出来ることを願って……。