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鬼と仏  作者: 快丈凪
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壬生の狼〜真の目的と脱退〜


 騒ぎが終わり、歳三は部屋に戻った。部屋は勇と同室だった。

 部屋に着くと勇はまだ酔いが覚めていないのか、少し顔色が悪かった。


「ったく、酒が飲めねぇくせに寝るほど飲んでんじゃねぇよ」

 歳三は疲れて布団に座り込んだ。

「すまなかった……でも、さすがに断れないじゃないか。今日から共に住むんだし……」

「けっ、俺はあんなのが試衛館に居なくて良かったと思ったよ。どうせ奴も金目当てなんだろ」

 歳三がダルそうに言うと、勇は真面目な顔で歳三を見た。


「俺は違うと思う。芹沢さんは俺らと同じ様に上様のお役に立ちたくて浪士組に志願したんだ」


 歳三はその表情に怯んだ。……どうして勇は奴の肩を持つ?


 歳三がそう思うのには訳があった。京都へ来る途中、芹沢たちとはいざこざがあったからだ。

 勇は浪士たちの部屋を確保する"先番宿割"という役目をしていて、その際芹沢の部屋だけ足りなくなるという事態が起こった。それに怒った芹沢は、宿泊先の村のど真ん中で焚き火をし、結局勇が謝りその場は収まった。

 しかし、歳三はその出来事以来、勇に恥をかかせた芹沢たちを良く思えなかった。だから、勇の気持ちが今ひとつ分からなかった。


「芹沢さんはな、さっき酔いながらも自分の考えを言ってたさ。あの人は国を心配している」

「へっ、口なら何とでも言えるさ。本当に国を思って上様に尽す奴なら他人に迷惑かけるほど酒なんて飲まねぇよ」

 そう言いながら歳三は横になった。

 勇は小さくため息をついて、自分の布団へ横になった。


「京都は物騒な所だと聞いたが、そんな感じは無いな。人も優しいし、飯もうまいし」

「……そう……だな」

 歳三は言葉を濁した。勇はそれに気づかずに、うとうとしはじめた。


 歳三は京に近づくにつれて人々が自分達を歓迎していないと感じていた。京の人々は長州びいきだ。その上、将軍警固の為に田舎侍がぞろぞろとやって来ては良い印象は持たないだろう。


 歳三は横で寝ている勇を見た。

 歳三は浪士組参加にあたって、一つ決意していたことがあった。それは……近藤勇を武士にする事。


 勇は今まで百姓の子だとさげすまれてきた。それは道場主になっても変わらず、本人も引け目を感じていたのだった。


 しかし、今回は絶好の機会だ。京で活躍して名をあげて幕府の役に立てば……幕臣に取り立ててもらえるかもしれない。武士になれるかもしれない。

 歳三はそんな思いを抱き、布団に入った。



 次の日、顔を洗いに行ったら山南がいた。

「おはようございます。昨日はあの後、大変だったみたいですね。平助から聞きました」

 山南は平助と同室だった。

「まあな。芹沢が一番厄介だった」

 歳三は水を汲みながら山南に言う。

「でしょうね。……あ、朝食後に清河さんから今後の事について皆に話があるので新徳寺へ集まれとの事です」

「そうか、分かった。じゃあまた後でな」

 山南と歳三はそう言って別れた。



 新徳寺へ面々が集まると、既に他の浪士たちが集まりつつあった。皆、有名道場の道場主やその門人など、ざっと200人ぐらいの人々がひしめきあっていた。


 しばらくすると、清河八郎がやって来た。顔はなにやら誇らしげだ。


「諸君、京までの長旅はご苦労であった。早速だがこれからの事について説明をしたいと思う」

 清河は遠くまでよく響く声を出し、話を続けた。


「皆を集めたのは他でもない。浪士組の新の目的を伝えるためだ」


 皆、ざわめきだした。新の目的……?何を今さら……。


「浪士組とは、尊皇攘夷の先駆けとなるべく結成した集団だ。そのためこの組は幕府ではなく、朝廷のお役に立つために働く。そして浪士組は、江戸へ帰る事になった」


 浪士たちは騒ぎだした。

 ……話が違うではないか!浪士組は上洛する上様をお守りするために結成したはずだ。それでは何の為に自分達は京へ来たのか……。


 しかし清河はそんな言葉など無視して、持ってきた筆と巻紙を取り出した。

「これから諸君の名前を、この紙に書いてもらう。私がそれを建白書として朝廷に提出する」

 清河はそう言うと、最前列の者に紙と筆を差し出した。

 彼は道場主なのだろうか、書こうかどうかを迷っている。そして彼を門人らしき人々が見つめている。


 すると清河は意地悪そうな笑みを浮かべ、彼らを見ながら言った。

「言い忘れたが、名を書かないということは浪士組を脱退することになる。こちらはそれでも構わんが、その場合は金は出さないし諸君はまた、ただの浪士になる……という事だ」


 その言葉を聞いた道場主は筆を取りだし、自分の名前を書きだした。様子を見ていた門人たちも名前を書く。


 その後も順に名を連ねていき、いよいよ試衛館の番になった。

 筆を受け取った勇は、皆に目配せする。

 歳三は長年の勘から、勇がこれから何をするつもりか分かった。


「清河殿、よろしいですか?」


 勇は立ち上がり、清河を見た。

 清河は驚き、皆はざわめきだした。


「私は上様の警固の為に京へ来ました。しかし、やっと着いたと思えば浪士組は尊皇攘夷の為に出来たと申される。それは道理に合わないのでは?」


「ほぉ、あなたは確か試衛館道場の近藤殿でしたな。ではあなたは京に残り、お一人で上様の警固をすると?」

「一人じゃないぜ」

 歳三が立ち上がった。

「我々は京に残り、上様をお守りします」

 永倉も立ち上がって言った。

「試衛館は近藤先生について行きます!」

 総司が勢いよく立ち上がる。平助も少し恥ずかしそうに立ち上がった。

「ま、そういう事だよ。清河さん」

 原田と源三郎も立ち上がる。


 それを見た清河はさらに腹を立てて言った。

「勝手にするが良い!……あなたもですか、山南さん?」


 皆ははっとした。山南は清河と同門…という間柄のため、浪士組の話を持ってきた。つまり浪士組を抜ける事は、昔の仲間より今の仲間を選んだ……という事になる。


「山南さん……?」

 総司が心配そうに尋ねる。


 山南はしばらく考え込んだ。そして立ち上がり、言った。

「清河さん、あなたは我々を騙した。その様な方については行けない。私は浪士組を抜けます」


 試衛館の面々は顔を見合わせて喜びあった。山南は試衛館を選んだのだ。


 清河はそれが更に気に入らないらしく、声を荒げて言った。


「他に抜けたい者は居ないか!抜けるなら今、出ていってもらおう!」


 ざわめいてはいたが他に意思表示をするものは無い。


 その時、大きな声が聞こえた。


「俺たちも抜けさせてもらう」

 立ち上がったのは芹沢だった。酔っているのか、足元が少しおぼつかない。


「芹沢殿……」

 清河はまた驚いた。

「聞いていれば、明らかに筋が通ってるのは近藤殿の方だ。悪いが、俺は正しい方に行く」

「……では、君たち5人も……?」

「脱退だ。文句あるか?」


 そう言うと芹沢は手下を引き連れて出ていった。それを見て試衛館の面々も部屋を後にした。

 部屋には悔しそうな清河と他の浪士たちが残った。

 結局、浪士組を抜けたのは近藤や芹沢たち13人で、残りの浪士と清河は建白書を提出した後、横浜で異国の襲撃に備える為に江戸へ帰ったが、清河は江戸へ帰還後、幕府の手により暗殺された。


 かくして、試衛館8人と芹沢一派5名の13名が京へ残る事になったのだった。




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