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鬼と仏  作者: 快丈凪
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破滅と前進〜友〜

「不逞浪士の捕縛と言っても、呆気なかったなぁ……」

 欠伸混じりに呟く原田。


「お前の言うのも一理ある。こんなの大坂の藩士どもでも簡単な仕事だろうに……」

 頷きながら、団子を頬張る歳三。


「まぁ、確実に捕縛せよと言うのが今回の任務でしたから、間違ってはいませんよ」

 微笑みながらお茶をすする山南。



 大坂に来て2日目。実は昨夜、頼まれていた不逞浪士の捕縛が終了し、目的は果たされたのだった。

 勇と源三郎は報告のため、奉行所へ行っている。残りの8人は夕暮れの待ち合わせまで適当に時間を潰していた。



「それにしても……」

 歳三は辺りを見回す。

「総司や平助の姿が見えねぇが……」

 歳三の言葉に、また欠伸混じりで原田が答える。

「あぁ。あいつらなら、芹沢にくっついて行ったぞ。野口や斎藤もだ」

 原田の言葉を聞いて、歳三は悪態を吐いた。

「真っ昼間から酒でも飲んでるに決まってるじゃねぇか!野口はともかく、あいつらまで……」

 山南もこれには暗い顔で、

「大坂でも芹沢さんの京での悪評が伝わりつつあるだけに、これ以上問題を起こすのはマズいですね……」

 とため息をついた。



「……遅いですね……」

「……内山様はお忙しい方なのですよ……」


 さっきから、どれだけ待っているだろう。勇も源三郎も、ただ捕縛の浪士を引き渡し、その旨を報告するために来たのに……。もう、太陽は一番高い所まで昇っていた。


「待ち合わせを夕方にして良かったですね。昼なら間に合わなかったですよ」

 源三郎の言葉に勇も微笑む。


 その時、若い藩士が部屋に入って来た。

「壬生浪士組殿。内山様はお忙しく、今暫くお待ち頂きたい。その代わりと言ってはなんですが……」

 藩士がそう言うと、膳を持った女中たちが中へ入り、勇と源三郎の前に膳を運んだ。

「昼餉をお持ちしましたので、よろしければお召し上がり下され」

 驚いた表情を隠しきれない二人に、藩士は優しく微笑んだ。




「野口!酒がすすんでねぇぞ!」


 野口は芹沢の怒鳴り声で我に返った。

「すみません!いただきます」

 作り笑顔で頬張る酒は、なんて苦いんだろう……。


 野口の頭の中は、罪悪感でいっぱいだった。実はこの座敷、普段は夜からの営業なのだが、芹沢のために昼間から開けてもらったのだ。


 普段はこういう仕事をするのは決まって平間や平山だった。野口は後ろについて、一緒に歩き回って、時々大きな声を出すだけだ。

 しかし、今日は自分以外にそんな事をする人間はいない。総司や平助にそんな事をさせられるはずが無い。自分のそんな姿を見られるのは、真剣勝負で錆刀を持つより嫌だった。


「芹沢さーん、お酌しますよー」

 総司は無邪気な笑顔で酒を注ぐ。芹沢はそれに上機嫌で応える。


 何故、総司はあんな屈託のない笑顔で芹沢と付き合えるのか?自分は芹沢という男に嫌気が差しているというのに……。



「酒が進みませんな」


 不意に右横から落ち着いた声が聞こえた。斎藤だった。

「いえ、飲んでますよ」

 野口は自分に出来る精一杯の笑顔で酒を呑んだ。酒は静に胃へ流れ落ちて行く。

 斎藤はそんな野口の様子をじっと見つめた後、暫く沈黙していた。


「……どうされました?」

 野口が尋ねると斉藤は一言、

「ちょっと散歩でもしましょうか」

 と言って立ち上がった。

「でっ、でも芹沢先生が……」

 野口は慌てて斉藤に言うと、

「沖田さんが見ててくれますよ」

 と言い、斉藤は部屋を出た。野口は少し迷ったが、斉藤の後についた。



 さっきから、斎藤は一言も言葉を発しない。野口の2、3歩先を歩き、晴れた空を眺めている。


「あの……斎藤さん? 」

 野口が声をかけると、不意に斎藤は立ち止まった。そして店の縁側に座り込んだ。野口もそれに続く。


「……沖田さんです」


 唐突に放たれた言葉に驚いて、野口は斎藤をみる。

「沖田さんが……野口さんの様子がおかしいから、部屋から出て話を聞いてくれって」

 野口は面食らった。心臓の鼓動が速くなる。


「い……いつ聞いたんですか? 」

 野口の言葉に、斎藤は微笑んだ。「藤堂さんが。きっと沖田さんから目配せされたんでしょうね。私にそう伝えてくれました。あの二人はやっぱりスゴいですね」

 斎藤は、最後にクスッと笑う。


「……やっぱり……あのお二人には敵いません。剣も、絆も……信念も」


 野口の言葉を、斎藤は黙ってただ、聞いている。


「あの二人は私なんかより高い高い志があって、剣も努力なさって、しかも自分に素直です。特に沖田さんなんか」

 野口は心の何処かで、これ以上話すと今まで自分が積み上げて来た何かが崩れる様な予感がしていた。けれど、気持ちは押さえられなかった。


「あんな無邪気に笑って、剣の腕前も一流で、しかも近藤先生という素晴らしい師匠がいて……なのに、芹沢先生は……」


 野口はそこまで言いかけてハッとした。自分は何を言おうとしているんだ。

 慌てて斎藤を見ると、彼は首を横に振った。

「今のは聞かなかった事にします」

 斎藤はそう言いながら、庭に咲いていた花を一本摘んだ。


「確かにあなたは芹沢派の中では浮いてます。新参者の私が言うのも失礼ですが、あなたは近藤先生の方と合うでしょうに」

 斎藤はクルクルと花を回しながら言った。

「でも、」

 斎藤はその花を野口に渡して立ち上がる。


「あなたは今、芹沢先生が師匠です。彼を否定する事は、自分を否定する事です。それに、あなたは素敵な友をお持ちです」


「友?」

 野口も立ち上がる。


「沖田さんも藤堂さんも、あなたを大切に思ってます。本気で心配していたから、私にあなたのを託したんですよ」

 野口は手元の花を見た。名前も知らない一輪の花。無造作に手折れたこの花は、数時間後に萎れるだろう。けれど水にさせば、わずかでも命を永らえられる。


「沖田さんや藤堂さん……いや、試衛館の方々の絆に、最初から勝ち目なんか無いんです。彼らの過ごして来た1年は、これから我々と過ごす1年より深いんです」

 斎藤はそう言いながら、野口の肩を叩いた。

「所詮我々に入り込む隙なんかないんです。でも、これからいくらだって絆は結べます」


 野口が顔を上げると、斎藤の笑顔があった。普段は寡黙な男だが、笑った顔は穏やかで優しい。


「ま、中途半端な者同士、またいつでも愚痴をこぼし合いましょう。もっとも、私の方が年下ですが」


 そう言って斎藤は、白い歯を見せて笑った。つられて野口も笑った。野口は久し振りに、心から笑えた気がした。



 部屋へ帰ると、芹沢は寝ていた。


「おかえりなさい」

 平助が微笑みながら野口に声をかける。総司も笑っている。


 野口は小さく一礼して笑い、斎藤を見た。斎藤も口元が上った。


「さあ、野口さん、呑んでください!」 総司がいつもの調子で徳利を持って来た。野口は注がれた酒を一口で呑んだ。


 さっきの酒とは違う、甘みのある、優しい舌触りだった。






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