破滅と前進〜紅(あか)〜
藤堂平助は、錯覚かと思って障子を閉めた。
自分の目がおかしいんだろうか。今、芹沢の部屋に、女が居た気がする。しかしそんなハズない。昨夜は芹沢派は屋敷内で飲んでいたし、昼から島原に行ったとしても同衾は無理だろう。
平助の頭がごちゃごちゃに絡まっていると、障子の奥から声が聞こえて来た。
「藤堂!用があるなら入れ!」
平助は体をこわばらせ、反射的に障子を開けた。
そこには、芹沢と一緒にやはり女が居た。昼間だと言うのに毎度の如く酒を飲む芹沢。女はその酌をしていた。
「藤堂、用件は何だ?」
芹沢は顔を赤くしながら平助を見る。
「あ。えっと、前に話していた大坂行きの件です」
平助は我に返って勇からの言伝を話す。
「明後日、大坂へ不逞浪士の捕縛に行きますが、芹沢先生の所は誰が行くか確認したいと思いまして……」
恐る恐る平助が告げると、芹沢は面倒な顔をして
「近藤も土方も山南も行くんだろう?なら新見たちを残らせて俺と野口だけでいい」
と言いながらまた酒を飲んだ。
「分かりました。では、近藤先生に伝えておきます……」
平助は無意識に女を見た。偶然目が合い、女は会釈をしてきた。平助も慌てて頭を下げる。
「あぁ、言い忘れてた。こいつはお梅だ。今日からここに住む。そいつも伝えとけ」
芹沢は不敵に笑いながら言う。するとお梅は平助に向き合って、
「お梅どす。お世話になります」
と言って挨拶をした。
「藤堂平助です。よろしく……」
紅。
顔を上げたお梅を見た平助はそう思った。一番に目に飛び込んで来たのが、お梅の紅い紅い口紅だったからだ。
着物も赤い派手な模様で、かんざしも朱。少し乱れた横髪と白い肌がなんとも色っぽく、平助はその姿に鼓動が早くなっていくのを感じた。
「顔が赤いぞ、藤堂」
からかう様な顔で平助を見ながら芹沢は笑う。平助は恥ずかしくなって急いで立ち上がり、
「失礼しましたっ!」
と急いで部屋を出た。障子の奥では、微かに芹沢とお梅の笑い声が聞こえる。
自分の単純さに嫌気がしてきた平助は足早にその場を立ち去り、勇の部屋に向かった。
「はぁ〜?芹沢に女?」
歳三の素頓狂な声に頷く平助。
「昼間から飲み歩いたり、借金を踏み倒していたと思ったら、今度は女ですか……」
山南はため息混じりに言う。
「それで?どんな女だったんだ?どこから来たと言っていた?」
勇も飽きれた様に平助へ尋ねた。
「詳しくは言っていませんでしたが……紅い口紅をしたとても派手な女でした」
平助の言葉を聞いて、歳三は興味津津に尋ねた。
「美人か?醜女か?名前は?」「綺麗な人でしたけど……名前は確か"お梅"さんでした」
平助の言葉に歳三は
「ほぅ。名前は平凡だが、美人か……」
とにやつく。
そんな歳三を横目に、小さく咳払いをして山南は話し出す。
「とにかく、明後日の大坂の任務に支障が出ない様にしてもらわなくては。女を理由に断るなんてことがあれば……」
山南がそこまで言いかけると、歳三は反撃するかの様に、
「あいつは野口と来るって言ったんだから来るだろう。それに新見が自然と居残り組の局長になるんだから、そんな機会をフイにするはずねぇよ」
と言う。
「そうだと良いんですがね」
山南はそう言うと深いため息をついた。
一抹の不安を残しつつ、時は過ぎてゆく。
この後に待ち受ける困難を引き連れて……。
補足説明
・同衾
→遊女を連れ込むこと