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鬼と仏  作者: 快丈凪
22/25

浅葱色の誠〜隊服〜


「近藤、(おもて)をあげよ」

 容保の言葉に、勇は顔をあげる。


「どうじゃ、京へ来て一月(ひとつき)が経ったが」

 容保の問いかけに、生き生きとした表情で

「殿のお陰で日々、順調でございます」

 と答える。それに満足そうな顔を浮かべる容保。


「時に近藤、そちたちに任せたい事があるのじゃが」

 不意に容保が勇に話しかける。

「は、何でございましょう?」

 勇が不思議そうな顔をすると、容保は真剣な表情でこう言った。


「壬生浪士組に上様の警固を申し付ける」


 暫くの沈黙。


「……殿?」

 勇はイマイチ状況が把握できない。


「そちたちが京へ来たのは上様の警固である。そして上様は近々江戸へお戻りになるのだが、そのための警固を壬生浪士組に申し付けようと思う」

 容保の言葉の意味が次第に分かり、勇は落ち着きを無くす。

「全力で上様をお守り致しまする!」 勇が深々と頭を下げると、容保はここぞとばかりに話を変えた。


「それでじゃ、近藤。そちたち、揃いの羽織を作れ」


 勇は驚いた。丁度今、先日の金策で得た100両で隊服と隊旗を作らせているところだったからだ。

「殿、実は……」

 歯切れの悪い勇に容保は、

「なんじゃ、不服かの?」

 と聞き返す。

「滅相もございません。実は既に頼んでおりまして……」

 容保は斎藤の報告で既に発注済みなことは知っていたが、自然と金をやるための機会を狙っていたのだ。

「そうかそうか、もう注文しているとは結構。代金はこちらで負担する故、後で知らせよ」

 と笑いかけ、更に

「壬生浪士組には大坂まで上様をお守りしてもらう。警固が上手くいけば俸禄も考えている故、励むのじゃ」

 と勇の肩に手を乗せて言う。ちなみに、これも壬生浪士組に資金援助をするための口実だった。


「ははっ!」

 勇は額が畳に擦れるぐらい深々と頭を下げ、容保はそれを満足したように眺めた。




「……そちの言うた通りにしたぞ。不自然ではなかったか?」

 勇が帰ったあと、容保は斎藤に話す。隣には老中も居る。

「はい、これで壬生浪士組は益々進化していくでしょう」

 容保の言葉に斎藤が返すと、老中は少し不満そうに

「あのものたちに100両ももったいのうございます。更に俸禄のお約束まで……」

 と容保に言う。


「良いではないか。これでかけた金以上の働きをすると斎藤も言っておる。それに……」


 容保は一呼吸置いて続ける。


「近藤の目を見ていたら、あの者には任ても大丈夫そうな気がしたのじゃ」

 と二人に告げる。



 こうして後日壬生浪士組には隊服と隊旗が届いた。形式的には会津藩からの100両で作ったものと言うことになる。


 隊服が届き、早速皆で試着も兼ねたお披露目をすることになった。ちなみに勇と芹沢は警固の打ち合わせのため、容保の元へ出かけている。


「汚ねぇ着物でも上が立派なら、らしく見えるもんだなぁ」

 感心したように自分を見渡す原田。

「なんだか我々には勿体ないですね……」

 源三郎は申し訳なさそうに自分の羽織りを見渡す。

「勿体ないなんてことあるか!我々は会津藩お預かり!これぐらい当たり前なんだよ!」

 平間が源三郎にそう言うと、平山も相槌をうつ。

「ま、とにかく、この羽織りに恥じぬ様、上様にお勤めしなくてはいけないと言うことだな」

 永倉は目を輝かせてそう言った。



 羽織は浅葱色で、袖口は白のダンダラ模様。背中には"誠"の文字が染めぬいてある。


「でも、袖のダンダラ模様が忠臣蔵を参考にしたってのは分りますが、なぜ浅葱色なんでしょうか?」

 不意に野口が隣にいた平助に問いかける。

「そういえば……。江戸で浅葱色は田舎物を示す色ですし……そのことは近藤先生たちも知ってるはずですよね?」

 平助も首を傾げる。



「それは、切腹裃の色だからですよ」


 急に聞こえた声に、一同は辺りを見回した。すると、皆の後ろから山南が穏やかな表情で現れた。


「切腹裃?」

 総司は山南に近寄り、聞き返した。

「そうです。浅葱色は近藤さんも芹沢さんも互いに意見が合ったんです。武士が覚悟を決める切腹の時の様な緊張感を持って、勤めに励む様に……とね」


 山南の言葉を聞き、一同は納得した様に首を上下に振ったり、目を丸くした。


「だからみなさん、このことを忘れずに、上様の警護、立派に果たしましょう!」

 山南が声をかけると、みんな口々に歓声をあげたのだった。




「随分とご立派ですね、山南先生」


 皆と別れて部屋へ帰る途中、すれ違い様に新見が山南に告げた。

「何のことです?」

 山南は不思議そうに尋ねる。

「さっき隊士たちの前で言っていた言葉、まるで局長の様だ。立派なことです」

 新美は皮肉を込めて山南に言い放つ。

「何が言いたい?」

 山南は憤慨した顔で新見を睨んだ。


「我々はあくまで副長。自分の身をわきまえてほしいだけですよ」

 新見は冷たく言うと、そそくさと場を立ち去った。



 山南はもちろん、目立つつもりなど無かった。ただ、隊服の由来を伝えたかっただけだ。それなのに……。


「気にすんなよ」


 後ろから声が聞こえて、山南は慌てて振り返った。そこには歳三が立っていた。



「土方君……見ていたのかい?」

 山南は目を合わせないようにうつむいた。恥ずかしいような、嬉しいような気持ちだった。

「新見は悔しいのさ。あんたに全部持っていかれて。本当はあの男が話したかったんだろ」

 歳三は呆れたようにため息混じりで言った。

「そうだったんですか……そうと知ってれば……」

 山南が言いかけると、歳三は首を横に振った。

「新見が言えば皮肉に、俺が言えば厳しくなってしまう。みんなに伝えるのはあんたが適任さ」

 歳三はそう言って山南の肩を軽く叩いて立ち去った。



 なんて大きな男だろう。土方歳三は……。



 山南は肩に残る少しヒリヒリとした感触をかみしめながら、そっとそこを擦った。



 数日後、壬生浪士組は揃いの羽織を着て将軍・家茂(いえもち)を警固した。彼らの働きが評価され、会津藩から俸禄が約束されたのは言うまでもない。


 更に彼らは帰京するまでの2週間に隊士を募った。大坂での金策で知名度を上げ、将軍警固によって更に壬生浪士組の名は知れ渡っていた。そのため、新たに20名の隊士を仲間にして彼らは帰京した。



 すべてが上手くいっていた。


 このころまでは。





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