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鬼と仏  作者: 快丈凪
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浅葱色の誠〜穏やかな夜〜


 夏にしては涼しく、静かな夜だった。

 琴と歳三は二人で河原に居た。二人の間を蛍が飛び交う。


「話って?」

 琴は歳三の肩にもたれながら尋ねた。


「別れよう」


 歳三は抑揚のない声で告げた。琴は黙ったままだ。



 琴は着ていた浴衣の帯に挟んでいた扇子を取り、ゆったりと扇ぐ。


「所詮、親同士が決めた許嫁なんだし……」

 歳三はぼんやりと蛍を眺める。


「好きな女でも出来たの?」

 琴は相変わらず扇ぐ手を止めない。


「別に。ただ、結婚なんて重荷なだけだ」

 歳三は琴の肩を抱く。


「言ってることとやってることが違うよ」

 琴は扇子で歳三の手を払うと、歳三を見つめた。


「あんた、嘘つくとき眉間にしわが出来るって知ってた?」

 不意に琴に指摘され、歳三は目を見開く。

「私、トシの事、結構知ってるつもりだったんだけどなぁ。でも、別れたいと思ってたなんて知らなかった……」

 琴はそう言うとその場に立ち上がる。歳三もつられて立ち上がる。



「私、トシのこと、分かってなかったかもしれないけどさ、トシも私のこと分かってないよね」

 辺りが薄暗いため、琴の表情はよく分からないが、声は確かに震えていた。


「私、トシと許嫁で良かったって思ってたんだ。だって、どんなにあんたが女にだらしなくても、必ず夫婦(めおと)になれるって思ってたから……」

 琴は指で流れ落ちる雫をすくう。その姿は、いつもの琴ではなかった。歳三の知ってる、気が強くてどこか冷たい女ではなく、弱々しい少女の様だった。


「お琴?」

 戸惑う歳三。しかし琴は躊躇いもせず、キッパリ歳三に言い放った。


「私、あんたが好きだった!」


 そう言うと琴は脇目も振らずにその場から立ち去った。歳三は暫くそこを動けなかった。



 いっそのこと、頬を叩いてくれた方が良かった。


 罵ってくれた方が気が楽だ。


 なぜ……好きだと告げたんだ?


 俺だって……俺だってまだ……。



 歳三は琴の兄から別れてくれるように頼まれた。琴の家は貧しかったため、琴を身売りするか金持ちに嫁がせるかしか一家が生き延びる道がなかった。


「トシ、堪忍してくれ……堪忍してくれ……」

 土下座までして頼む琴の兄に、歳三は我を通すことなど出来なかった。身売りされるくらいなら、幸せに暮らしてもらう方がまだ良いと言い聞かせ、冷たい言葉で別れようと思った。


 それなのに……。


 お琴、おめぇはやっぱり分かってねぇよ、俺のこと……。




 その後、風の噂で琴は金持ちの地主の家に嫁いだそうだ。相手は真面目な好青年らしく、幸せに暮らしているらしい。琴の実家も暮らしが楽になったそうだ。

 歳三は今でも別れを告げたのは間違いではないと思っている。好いた女が幸せならそれでいい。


 ……ただ……、もう人を好きにはなりたくない。一人の女に一生懸命恋をして、傷付くのはもう沢山だ。


 歳三は自分の"恋"という感情に蓋をする事にした。もう二度と、思い出すことは無いだろう。



 それなのに……。出会ってしまった。明里に。琴と瓜二つな女と。

 こうして歳三は悶々とした思いのまま、屯所へ戻ったのだった。




 同じころ、京都守護職・松平容保は頭が痛かった。目の前に居る斎藤の口から、聞きたくなかった事が次々と報告されたのだった。

 壬生浪士組の芹沢とその仲間が京のあらゆる店から金を踏み倒したり、酔った勢いで乱闘騒ぎを起こしていると言うのだ。それもほぼ毎日……。


「それは誠に芹沢がやっているのか?何故、近藤たちは止めようとしない?」 容保は斎藤に尋ねる。すると彼はあっさりと

「近藤は芹沢に反抗出来ません。あの人は気が弱い……二人は正反対なんです」

 すると容保は

「ならばそなたが阻止出来ぬのか?」

 とすがる様な目で訴える。しかし斎藤は冷静に

「奴らには剣の心得がある上、各々が相当の腕です。下手に口を出したら命まで危ないでしょう」

 と言う。


 容保は気が重かった。結局、家臣たちの言うとおりだったのか。あの者たちに力を貸したのは間違いだったのか。



「それから、殿にもう一つご報告が……」

 斎藤は言いづらそうに話す。悪い予感がした。

「斎藤、それは良い話か?悪い話か?」

 容保の言葉に少し躊躇いながら、斎藤は

「悪い方です……」

 と話した。

 容保はため息を付きながらも、

「申してみよ」

 と言った。

「実は、壬生浪士組は既に3名の浪士が死んでいます。それも内部争いで……」

 これには容保も驚いた。


「その様なこと、近藤らからは何も聞いておらぬ。隠しておるのか」

 容保の言葉に斎藤は

「浪士組の中にも詳しく知らぬ者が居ます。内々でカタをつけたのでしょう」

 と答える。


 容保ははじめて、彼らを会津藩お預かりにしたことを後悔した。不逞浪士との乱闘に巻き込まれた訳でなく、内部の争いで3人もの犠牲者。しかも彼らはそれを揉み消そうとしている……。


「のう、斎藤……私は間違っていたのかのう……。じいたちの忠告を聞けば良かったのかの……」


 容保はふと外を見る。彼の心のなかとは違い、穏やかな夜……。


「しかし殿、彼らは必ずしも悪い者ばかりではありません」

 斎藤は初めて壬生浪士組を肯定した。それに容保は驚いた。


「殿、先日彼らは大坂へ行きました。その時に同士が2人死にましたが……」

 斎藤はひと呼吸置いて、

「そのものたちを斬った本人はその後、何度も大坂へ足を運んでおります」

 と言う。容保は意味が分からず、

「なぜじゃ?」

 と聞き返した。

「死んだ男の一人は隊を脱走して大坂に隠れ住んでおりました。そして彼には新しい生活も、好いた女子(おなご)もおりました……。斬った浪士はそれを分かっていて、斬った後で現場の片付けを手伝ったり、死んだ男の世話になった者たちへ一人一人詫びの言葉をかけたそうです」


 斎藤は一気にこれだけを言うと、急に神妙な顔付きになった。

「殿、斬ったそのものは迷ったのではないでしょうか。しかし脱走を許せばこれからも似たような者が出るかもしれない。そのために心を鬼にし、同士を斬ったのではありませんか?」


 容保は言葉が出なかった。まさか浪士組の中にそれほどまで隊を思い、相手にも自分にも厳しく振る舞う者が居ると言うのか……。


「それも一つの武士道かの……。信念を貫くには己にも厳しく……と……」

 呟くような容保の言葉に、斎藤は改めて頭をさげた。

「殿、もう一度あの者たちに機会をお与え下さい。自分も今まで以上にお役目果たせるように致します」

 斎藤の言葉に容保は

「顔をあげよ、斎藤。そなたの申したきこと、よう分かった。それに……」

 と言うと、穏やかな笑顔で

「そなたが誠に危ないと思ったら、誰であろうと命がけで止めるはずじゃ。それが無いうちは大丈夫だろう」

 と優しく語りかけた。久々に見た容保の笑顔に斎藤は、

「ありがたき幸せにございます」

 と再び深々と頭をさげた。




「そう言えば、何故近藤らは大坂に行ったのじゃ。同士集めか?」

 容保は気になっていた。隊の上役たちが揃って大坂に行くことが不審だったからだ。


「それは殿、金策にございます」

 斎藤はあっさりと告げる。

「金策じゃと?!」

 予想外の答えに驚く容保。

「殿、壬生浪士組は貧しいのです。彼らの着物は京に来てから変わらず、既にボロボロ。生活一般も八木家に頼っているのが現状なのです」

「そうか、そうだな、分かった。どうにか致そう。しかし、壬生浪士組は目立った働きをしておらぬ。それなのに突然に金を与えるなど……」

 容保が弱気に言った。

「殿、壬生浪士組に俸禄をお与え下さい。ひとつきに5両……いや、3両で良いです」

 斎藤の言葉は驚くべきものだった。

「斎藤、何を申すか……3両など……」

「お気持ちは分かりますが、ここで殿が俸禄を授けて下さるなら、彼らは実力以上の働きをするでしょう」


 容保は考えた。壬生浪士組は今のところ、目立った働きをしていない。しかし、それがもし貧しい為だったら……?ここで助けてやるべきではないのか?

「殿、一つだけ。壬生浪士組は今、隊服と隊旗を作らせております。大坂の金策もその為に行ったのです」

 容保は斎藤の言葉に閃いた。


「斎藤、決めたぞ。隊服と隊旗の金を近々工面致す。臨時の手当ても致そう。そして次に何か大きな働きをすれば、月3両を約束しよう」

 これは会津藩が壬生浪士組に出来る、最善の措置だった。斎藤はこの言葉を待っていた。


「皆、喜ぶでしょう。そして更に活躍致します」

 斎藤が頭をさげると、容保はため息混じりに

「壬生浪士組の真の局長はそなただな」

 と言った。斎藤は、

「私よりも、土方歳三の方が秀でております」

 と言う。

「土方……それは?」

「大坂で同士を斬ったものです。副長ですが、あの者には近藤とも芹沢とも違う野心があります」

 斎藤の言葉に容保は驚く。斎藤にここまで言わせるとは……。


「土方……か。一度ゆっくり話をしてみたいの……」

 容保は頬杖を付きながらまた外を眺めた。相変わらず穏やかな夜だった。




補足説明

・3両

斎藤の提示した3両は、当時の俸禄(給料)にしては高額。(ちなみに1両と少しあれば5人家族がひとつき生活出来た)

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