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鬼と仏  作者: 快丈凪
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鬼の回想〜再会〜


 薬売りはカラスの鳴き声に目をさました。辺りは夕焼け色に染まっている。

 彼は大きな欠伸をし、商売道具をまとめ、河原を後にした。



 薬売りは古ぼけた道場の前で足をとめる。


『天然理心流剣術道場・試衛館』


と書かれた看板が立ててあり、男はその道場の中へ足を踏み出す。


「おや、土方さんですか?」

 薬売りは庭を掃いていた腰の低そうな30代ぐらいの男に声をかけられた。

「源さん!今日も掃除かい?相変わらずだねぇ!」

 薬売りは懐かしそうに答えた。

「ご無沙汰ですね。しばらく顔を見てませんよ?」

「ちっと忙しくてね。遠くまで行商やってたんだが今日の昼ごろに戻ってきた」

「そうなんですか。若先生なら総司に稽古をつけてましたよ。多分まだ中でやってます」

「そうか。ありがとう源さん!また後でな!」

「はい、それでは」

 源さんと呼ばれた男は優しい笑顔で言った。


「エッ!オー!!総司、もっと素早く動くんだ!」

 威勢の良い掛け声が2人だけの道場に響きわたる。


「はいっ、若先生!」


 道場には竹刀のしなる音。

 荒い呼吸。


 今日こそは……今日こそは一本、若先生から取ってやる!!


 総司と呼ばれた若者は、相手と少し距離を取る。


「はぁぁぁぁー!!」


 次々と攻撃を繰り出す。すっかり総司のペースである。

「くっ……」

 さっきの勢いは無くなり、防御しか出来ない相手。

 表情が歪む。


 もらった!!このままならついに一本取れる!


 総司がトドメを繰り出そうとしたその時……彼はあるものが目に入った。


「と……歳三さん?」

 道場の外から、こちらを睨む男。正に鬼のような形相である。

「なっ……何で……」

「スキありぃ!!」

 よそ見をした一瞬の間に、総司は頭から竹刀をまともにくらった。

「いっ……痛たい…」

 防具の上からとはといえ、竹刀はまともに食らったら痛い。

 総司は頭をさすりながらその場に座り込んだ。


「総司、修行がたりんぞ。なぜ最後で一本が取れない?」

「そっ……それは……歳三さんが……」

「なにっ?トシが?」

 防具を外し、キョロキョロと見回す。


「馬鹿野郎!オレごときに気をとられてるんじゃねぇよ!だからお前はツメが甘いんだ!」

 いつの間にか薬売りは道場に入ってきた。


「トシ!久しぶりじゃないか!」

 パッと明るい顔になり、薬売りに近付く男。

「よぉ、かっちゃん!久しぶりだな!」

「今はかっちゃんじゃないんだ。"勇"に改名したのさ」

「改名?勝太じゃねぇのかい?」

「4代目の襲名が正式に決まったんでな、勢いで改名したんだ」

「そうかい。ま、かっちゃんはかっちゃんだけどな」

 薬売りはニヤッと笑う。


 薬売りは、名を土方歳三(ひじかた としぞう)という。

 彼は、姉の嫁ぎ先である佐藤道場で出稽古に来ていた勇と出会い、それがきっかけで試衛館に入門した。今はとある事情から、家業である石田散薬を売ったりもしている。


 最近改名した若先生と呼ばれる男は近藤勇(こんどう いさみ)という。

 彼は試衛館の4代目であるが実は養子で、農民の子である。養子になる前は島崎勝太で最近までは近藤勝太と名乗っていた。


 歳三と勇は年齢が一つ違い…という事もあってか、お互いを"かっちゃん"、"トシ"と呼びあう仲だった。


「若先生!悪いのは歳三さんですよっ!久しぶりにやってきたと思ったら、外から私を睨むんだもの!」

「アホッ!お前は戦の時もオレが見てたらスキを作る気か!そんな事では生き残れんぞ!」

「……歳三さんの意地悪……」

 プイッとそっぽを向いたこの少年は沖田総司(おきた そうじ)という。

 年齢は勇よりも8つ下で、幼い頃に内弟子として試衛館に入門し、若いながらもメキメキと腕をあげて10代にして免許皆伝の腕前だった。


 ちなみに先ほど庭を掃除していた男は井上源三郎(いのうえ げんざぶろう)

 彼は歳三や勇の兄弟子にあたり、人柄が良く真面目で努力家だ。総司とは親類で、内弟子の話を持ちかけたのも彼だった。



「さて、それはさておき……」

 歳三は再び勇に向き合う。

「長い間、顔見せなかったから薬も切れてるんだろ?やるよ」

 ゴソゴソと薬を探る歳三。


 すると勇は意外そうな顔をした。

「あれっ?会わなかったか?昼ごろに買ってきてもらったんだ。だからお前が今日にでも来ると分かってたんだが……」

「は?誰でぇ?新入りかい?」

「新しい入門生さ。食客としてだかな。これがまた学のある人で、俺より一つ上だ」

「そうかい……」


 歳三は、またか……と思わずにはいられなかった。

 勇は農民の子……という生い立ちに引け目を感じているのか、家柄が良い者・学がある者を好む傾向があった。


 その時、勇は外を歩いていた男を呼びとめた。


「おーい、山南さん!ちょっと来て下さい!」

「山南?」

 聞き慣れない名字から、この辺りの人間ではないと思い、声の方を見ると……


「はい、なんでしょう?」

 色白の穏やかな顔付きの男が来た。

「おっ……お前っ!」

 歳三は思い出した。この男は昼間、薬を買いに来た男だ!


「おや、昼間の薬屋さん」

 色白な男も歳三を思い出したらしく、驚いた様な顔をした。

「トシ、紹介するよ。この人は山南敬助(やまなみ けいすけ)さん。北辰一刀流を極めた偉いお方だ」

「近藤先生、よしてください。私はあなたとの勝負に敗れ、食客になったのですから」

 ばつの悪そうな山南。

「そう言わんで下さい。理由はどうであれ、もうあなたはこの道場の一員です。山南さん、こちらは土方歳三です」

 山南に歳三を紹介する勇。


「山南敬助です」

 山南は歳三に向かって手を差し出す。

 歳三はためらったが、

「土方歳三」

とぶっきらぼうに言って、その手を握り返した。

 この時、鬼と仏は初めてお互いを知ったのだった……。





補足説明

・試衛館

当時市ヶ谷にあった、天然理心流の道場。

・天然理心流

通常より太い竹刀や真剣を用いて稽古をする、実践的な流派。


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