浅葱色の誠〜鬼〜
不定期な更新で申し訳ありません。読んで下さる読者様に感謝致します。
次の日、再び金策のためにみんな別れて行動することになった。総司と平助は噂の立っている大工のいる店の側までやってきた。
「沖田さん、もし……もしですよ?本当に家里さんがいたら……土方さんに教えるんですか?」
平助は総司の様子を伺うように尋ねた。
「そうだよ。なんで?」
総司は平助の方を見ずに歩き続ける。
「今、真面目にやってるなら、そっとしていても良いんじゃないですか?我々の胸に留めておくとか」
平助は総司の顔をのぞき込むように言った。
「なんで真面目にやってるって思うのさ。脱走者なんだよ。平助は楽観し過ぎ」
総司は平助の顔をにらみつけ、急に立ち止まった。
「沖田さん……?」
平助は恐る恐る言う。
「私だって……どうして良いか分からないよ……」
総司は絞るような声を出し、ずっと地面を見つめていた。
目的の店がよく見える所までやってきた二人は、物陰に息を潜めた。
「出てきますかね……」
平助が呟いたが総司は無視した。
その時。一人の女が店を訪ねてきた。
「次ちゃーん!昨日、店に忘れ物してたよー!」
明るく大きな声で店に呼び掛けると、一人の男が出てきた。
「お雪!すまんなぁ。おおきに」
目尻にしわを作りながら男は女に笑いかけた。その笑顔の主は、間違いなくかつての同志・家里次郎だった。
そして女が帰ると、家里は外に木の柱とカンナを持ち出し、木を削りだした。
奥から親方らしき人が現れ、家里に色々と助言をしている。
「カンナは力任せにかけるんやない。力を抜いて、手を滑らせるんや」
親方の言葉どおりに家里がカンナをかけると、長くて薄いカンナくずができた。
親方は満足そうに笑顔でその姿を見ていた。
「あらあら、精が出るねぇ」
通りすがりの人に声をかけられ、親方が
「まだまだ半人前やけど、筋はええんどす」
と答える。家里は頬を赤く染めてお辞儀をした。
「沖田さん……これって……」
平助が総司を見る。
「……平助……、見なかった事にしよう……」
総司は家里から目線を外さず言った。
「家里さんは平助の言ったとおり真面目に生きてた。我々が咎める筋合いは無いよ……」
淡々とした口調を装っているが、総司の声は震えていた。平助には総司の気持ちが分かった。
「そうですね……」
平助は微笑み、総司の方を見て言った。
二人が立ち去ろうとした時、一人の男が家里に駆け寄った。それは……
「さ……佐伯さん……?」
平助が思わず声に出す。そう、金策中の佐伯が家里と親しそうに話をしている。
そして辺りの様子を確かめると、二人は店の奥へと消え去ってしまった……。
「あれ、間違いなく佐伯さんだったよね……?」
総司も動揺を隠せない。
「家里に、佐伯か」
後ろから急に声がして、二人は振り返った。すると、そこには歳三がいた。
「ひっ……土方さんっ!!」
思わず総司と平助の声がそろう。歳三はそんな二人にかまわずに、家里たちが入った店に近付いていく。
「土方さん?一体何を……?」
平助はきょとんとしている。その時、総司が歳三から何かを感じとったのか、後をついていく。
「土方さん、まさかあなたは……」
総司は探るように歳三へ尋ねた。
「だとしたら何だ?」
歳三は冷たく言い放つと総司を振りきって店へと進む。
「沖田さん!どういうことなんですか?」
いまだ訳の分からない平助は総司に聞く。
「土方さんは……」
総司がそう言いかけた時、歳三は刀を抜いて店に入って行った。
二人は慌てて後を追うが、歳三は声を荒げて、
「家里次郎はおらぬか!!」
と叫んだ。
すると奥から総司たちが見た親方が血相を変えて出てきた。
「へぇ、何のご用件で?家里っちゅうんは知りまへん……」
動揺を隠しきれない親方に、歳三は
「勝手に捜す」
と告げ、どんどん店の奥に入っていった。
「土方さん!何の真似ですか?」
総司は止めようとするが、歳三は辺りを捜す。そして遂に縁側から外に出て、大きな蔵の方へと歩きだした。
「土方さん!これ以上は組に咎が……」
平助は説得を試みるも、歳三の耳には届かない。
歳三は勢いよく蔵の扉を開けると、まるで二人の居場所を知っているかのように真っ直ぐ奥に進んだ。
そして一番奥の米俵の前で足を止めると、
「家里、佐伯、出てこい」
と語りかけた。
すると物陰から、のっそりと二つの影が現れた。蔵の中は暗かったが、影は怯えているように感じられた。
「家里次郎、謀反と脱走の罪で処罰致す」
歳三は二つの影の右側にそう告げた。 するとその影はその場に崩れ落ちた。
「お願いします……お願いしますから……堪忍して……もらえませんか……?」
家里は魂の抜けた様な声でそう言った。彼の涙が一筋、頬を伝う。
「それは出来ない」
そう言うと歳三は刀を持ち直した。ぎらりと、刀が反射する。
涙も刀も、蔵は薄暗くて相手の顔も見えないはずなのに、なぜかはっきりと周りに居た者たちの目に写った。
カチャッ。
歳三は刀を構える。
「言い残すことはないか?」
歳三の言葉に家里は少し微笑むと、
「こんなことになるなら……お雪に、好きだって言うとけば良かった……」
と言うと、震えながらその場に正座した。
斬っ
例えるなら風。無駄のない動きで確実に相手の急所を仕留めた。
家里は無言のまま、そこに倒れた。
総司も平助も、佐伯でさえ声が出なかった。歳三は既にいつもの歳三ではなかった。
「佐伯」
不意に歳三が名前を呼んだ。総司や平助は訳が分からない。しかし佐伯はその場に正座した。
「覚悟は、良いか?」
再び歳三は刀を構える。
「土方さん……?」
平助は今にも泣き出しそうな声をだした。
佐伯はひどく落ち着いた声で、
「覚悟なら、入隊したときから出来てます」
と告げ、目を閉じた。
「佐伯又三郎、謀反の罪で処罰致す」
風の剣は佐伯の左胸を斬り裂き、体は家里の上に倒れた。
懐から布を取りだし、歳三は刀に着いた血を拭き取る。
「なん……で……ですか?」
平助は大粒の涙を流し、歳三に詰め寄った。
「家里さんは何の問題もなく暮らしてたじゃないですか!家里さんは生きたがっていた。見逃してやるべきではなかったのですか!」
平助の言葉に歳三は動じる様子はない。
「佐伯さんは、家里さんと話をしていただけじゃないですか!死ぬ必要なんてなかった!」
悲しみに満ちた目で平助は声を荒げる。
「うるせぇ!お前も斬られたいのかっ!!」
歳三は平助を怒鳴りつけた。平助はビクッと体をこわばらせた。
歳三はそれ以上何も言わない平助から目線を外し、方向を変えて蔵を後にしようとした。しかし、目の前には総司が居た。
「なんだ、総司」
歳三が無理矢理通ろうとしたが、総司は動かない。
「なぜ……殺したんですか……?」
総司は穏やかに、全てを受け入れたような口調だった。
「お前までそれを言うのか?」
歳三はうっとおしそうに頭をかいた。
「誰よりも仲間割れを恐れていた土方さんが、なぜ自ら傷口を広げたんですか?」
総司の言葉に歳三の動きが止まった。平助の涙も止まった。
「……分かったような口をきくんじゃねぇ」
暫くの沈黙のあと、歳三は口を開いた。
「おまえらに何が分かる?」
歳三はそう言うと、総司と平助をにらんだ。
「いいか?俺たちは浪士じゃねぇ。百姓でもねぇ、武士だ。会津藩お預かりの武士なんだよ!」
歳三の目は暗がりの中でも、ぎらぎらと光っていた。
「腰についてる刀は飾りじゃねぇ。武士の証なんだ!その証を飾りにしないためには、鬼になるしかない」
歳三は怒鳴ると、蔵の外へ出ていった。蔵には血生臭い臭いが立ちこめ、総司と平助は暫くその場から動くことが出来なかった……。
4月、大坂にて、家里次郎・佐伯又三郎、粛清。