浅葱色の誠〜噂〜
毎回遅れてしまって申し訳ありません。読んで下さる方々に感謝します。
団子を食べた又三郎は、そろそろ帰ろうと立ち上がり、雪を呼んだ。
「お雪はん、お勘定ええどすか?」
すると、その声を聞いた家里は、
「佐伯さん、もう行くんですか?」
と、少し慌てて言った。
「そろそろ宿に帰らないけまへん。結局は仕事も出来まへんでしたが……」
又三郎は首をうなだれながら言う。
「仕事って金策の事ですか?私で良ければお役に……」
家里がそこまで言いかけると、慌てて又三郎は止めた。
「いけまへん!家里はんは逃亡者どす。まだ捜索は続いてますし、目立った事したら居場所を突き止められてしまうかもしれまへん!」
すると家里はその言葉に身震いして、
「分かりました。お気遣い感謝します」
と頭を下げた。
「はいはい、お勘定ですね〜」
奥からバタバタと雪が現れた。幸い二人の会話は聞こえていないらしい。
「へぇ、えっと……」
と、又三郎が小銭を探していると、家里は雪に
「佐伯さんとわて、二人分を俺が払うわ。いくら?」
と言った。
「……家里はん……」
又三郎は驚いて家里を見る。
「せめて、これぐらいはさせてください」
家里は微笑んで又三郎を見た。
「次ちゃんがご馳走なんて珍しいなぁ。この人、そんなにお世話になった人なん?」
感心するような雪の言葉に、少しはにかみながら家里は、
「おう、そうや」
と、力強く答えた。
その日の夜は、皆で金策の結果報告をした。結局全員が失敗してしまい、続きは明日以降になった。
「別に金策が成功した訳じゃないのに、みんなよく酒が飲めるよなぁ……」
総司は部屋の縁側から庭を見ながら呟いた。この旅館の庭は美しく、手入れも行き届いていた。
しかし、少し離れた芹沢の部屋から聞こえる騒ぎ声が、全てを台無しにしていた。
「しょうがないですよ。芹沢さんはいつでも飲んでますから……それに、近藤先生や土方さんが騒いでるんじゃありませんし!」
総司の隣に座っている平助は、総司を励ますように言った。
「……それはそうだけど……」
総司は頬杖をしながらため息をつく。
「あ、そうそう、金策の途中で聞いたんですが……」
平助は話題を変えようと総司にこう言った。総司は頬杖をついたまま平助を見る。「最近、とても腕の良い若い大工がいるらしいんですよ」
平助がそう言うと、総司は不思議そうな顔をした。
「大工?何が珍しいんだ?」
総司が聞くと、平助は
「なんでも、ひとつき前にやってきたらしいんですが、今まで大工なんて一度もやったこと無いのに何日かで仕事を全部覚えたんですって」
と、少し大袈裟に言った。
「ふーん。ま、それが天職だったんでしょ。元々才能があったんだよ」
総司は興味無さそうに答えた。
「ただ一つ、気になることが……」
平助は急に真面目な声になり、総司を見た。総司はその目を見て、事の重要さを感じた。
「気になること?」
総司が聞くと平助は頷き、
「その人の名前は"つぐお"って言うそうです。しかも、その大工の頭の名字は"家里"らしいです」
と告げる。総司は目を丸くした。丁度ひとつき前に行方をくらませた者の名前が出てくるとは思ってもみなかった。
「この事は……他の人は知ってるの?」
総司の言葉に平助は首を横に降った。
「まだ証拠がありません。顔も見てませんし、会っていません。もしかしたらたまたま同じ名前かもしれません」
平助は冷静に言った。
総司はその言葉を聞いてうつ向き、庭を見た。庭の草木は月明かりに照らされ、とても幻想的に見えた。
その時、辺りは急に暗くなった。意地悪な雲が月を隠した。辺りは闇に包まれた。
「明日、行ってみよう、平助」
辺りは暗くて見えないが、ろうそくの明かりで辛うじて相手の顔は見える。平助は、ぼんやりと見える総司を見た。どこか悲しそうな目をしていた。
「明日、私と平助で家里さんかどうか確認しよう。そのあとで、土方さんに報告するか決めるんだ」
総司の言葉に平助は大きく頷いた。
総司の目は、まだ悲しそうだった。
それは、殿内を斬った時の目に似ていた……。